06話 剣士
戦争予告になった依頼書を見た後、直ぐにギルドから出て飯を食って宿を借りた。
俺が何かを考えるのは似合わない、でもこれははっきりさせておかないと気持ちがすっきりしねぇ。
「だめだ、こんなモヤモヤした気持ちでいると何もできやしねぇ」
宿の庭を借りて身体を動かすことにした。長剣が手元にない為、木刀を振っていたが、考え事をしていたらやはり集中が出来ない。
気持ち悪い汗が邪魔で上半身裸になり、服で汗を拭う。
「しかし、あいつは主人公なのか?」
俺は、小説を読んでも主人公の名前を簡単に忘れてしまう、だからこの小説の話も昔の主人公の特徴や物語も曖昧で微妙だ。
だが、俺のその曖昧な記憶が正しければあいつはこの世界を舞台にした小説「The earth without the end(果ての無い大地)」の最初の主人公だ。
俺は曖昧な記憶を探り小説の冒頭を思い出す。
――――主人公の本当の名は自身が消したはずだ。
それは主人公の旅の始まりだった。
主人公は戦争が盛んな大国の貴族の息子だった。貴族の長男として、幼いころから戦術を学んだ。
この大国は力がとても評価された。平民でも数々の勝利を治めればそれ相応の地位を得られたのだ。主人公の父親も平民上がりの貴族だった。
主人公はひたすら父に戦術を学び、年齢が一回りも違う戦士達と渡り合う様になるまで成長した。
主人公は父を尊敬していたし、父の戦果を誇りに思っていた。
自分も沢山の戦果を得たいと毎日戦術を学び力を付け続けていった。
そして主人公はたった14歳で戦場の最前線に立ち、何十もの敵兵を倒し圧倒的な力を見せつけた。
――だがそんな主人公を変えたのは一人の小さな女の子だった。
主人公はその日も広場で特訓を重ねていた。
すると小さな女の子が主人公に話をかけた。
「ねぇお兄ちゃんはそんなに剣を振って何をしてるの?」
主人公はいきなり話しかけられた事に驚いたが、無邪気に質問をしてくる女の子に胸を張って答えた。
すると少女は少し嫌な顔をした。
主人公は困惑した、毎日特訓しかしていなかった為子供の相手なんてした事が無かったからだ。
主人公は少女に訪ねた。
「君は戦争が嫌いなのかな?」
「うん、戦争は大っ嫌いだよ、ママとパパを奪っていったんだもん、私のママとパパだけじゃないよ、皆のママとパパを殺しちゃうんだよ」
少女の言葉で主人公は言葉が出なかった。
今まで全く考えたはいなかった。戦争で勝利を勝ち取ればそれはとても良い事だと常に親に聞かされていた主人公は、心の一部が崩された気がした。
当たり前だった、戦争は人が死ぬ。死ねば悲しむ人がいる。
誰でも知っている事だった。だが主人公にはその言葉で初めて戦争が恐ろしく感じたのだ。
その日何故か主人公は少女の住んでいる孤児院を訪ねる事にした。
何故主人公は孤児院に行こうと思ったのかは解らないが、戦争とは何かを確かめたかったのかもしれないし、自分が何をしているのかの答えを探していたのかもしれない。
そして主人公は戦争の怖さを認識した。
戦争は自分が輝ける場所だと思い疑わなかった主人公は今では戦争に対してどう考えれば良いかわからなくなっていた。
まだ15歳の主人公にはこの問題は大きすぎたのだ。直ぐに答えが出せるはずもない。
主人公は特訓をする理由に疑問を持ち、全く上手くいかなくなっていった。そしてその頃から同時に主人公は都市を見て回る事にした。
その時初めてこの国のこの世界の状況を知った。
戦争は人が死ぬ、そんな簡単な事すらちゃんと理解していなかった事に主人公はショックを受けた、今まで自分が輝ける場所だと思っていた所は地獄だったのだ。
その日から主人公は戦わなくなった。戦場では後ろで指揮に周り人が死なない戦い方を常に指示した。
主人公は戦場で戦果を得られなくなったが、その死傷者の数の減少により、多くの兵士に慕われるようになった。
だがそれをよく思わなかったのは両親と国だった。
両親は主人公と何度も口論をした。両親の事を尊敬していた主人公はとても苦しかった。だが主人公は既に戦争で沢山の人間を殺す事は出来なかった。
主人公は政治学を学んだ。外交を執り行う事によって戦争をしない国にしようと考えたのだ。だがこの国は戦争で築き上げた国、簡単に他国との友好関係が取れるわけがない、更に王が戦争で得る事の出来る莫大な金に飢えていたのだ。
主人公は諦めなかった。3年かけて交渉し次の戦争で戦果を治める事が出来たらその戦争を最後にし、政治や外交に専念する平和な国を目指そうと公約を交わした。
そして、主人公は最後の戦争で最高の戦歴を治めた。
それは敵中隊を無傷での捕捉、そして軍の隊長のみを狙った討伐による最速の戦争終了。
主人公は今までにない傷だらけの体でその戦争を終わらせたのだった。
そして、最後の戦争を終え、これから平和になるはずのこの国を静かに見守るはずだった主人公に絶望の依頼書がギルドに撒かれる……。
それが物語の始まりなのだ。
「何で今まで気が付かなかったんだ俺.……一致するんだよな、金持ちのところといい、自分の名前を言いたがらないところ、更に子供好きなんだよな」
そして今回の展開、戦争開始宣告ともいえる徴兵の依頼書……。
今回の依頼書は特別だったはずだ、事前に誰も知らされずいきなり発行された特殊なケース。
それで慌てて城に飛び込み依頼書の説明を求めるがその時の国の対応で主人公が国に裏切られたことに気が付くのだ。
そして俺は重大な事件に気がつき急いで出かける準備を始めた。
「やばい! だが、それなら今から向かえば間に合うはずだ!」
俺は小説の冒頭を思い出した。
それは国に裏切られた主人公が次の日、孤児院に行くと何者かによって火が放たれ何人もの子供達が死んでしまうという悲劇だった。
その犯人は主人公の手により捕まえられ一度牢獄に閉じ込められていた者だったはずだ。
その為、主人公は今現在の所持金を使用し、子供達を違う国の孤児院に住まわせてこの国から旅立ち冒険が始まるのだった。
「国に裏切られるのはもうどうしようもねぇ、だが子供たちが死ぬのは間違っているはずだ!」
俺は宿から飛び出し直ぐに孤児院へ向かって走り出した。
まだあいつが主人公と決まったわけじゃねぇし、この国が主人公の故郷で物語の始まりの時代かどうかもわからないが、俺の行動によって沢山の小さな命が救われる可能性があるなら動き出すしかねぇだろう!!
俺は、木刀を持って孤児院までに戦闘態勢に入れるように準備を始めた。
「よし、まだ何も起ってないな」
俺は孤児院に到着し木刀を地面に突き刺し安心した。
だがその瞬間、こっちに近づいてくる気配を感じ取った。
「来る!!」
何者かが背後から一瞬で近距離まで迫られ攻撃を仕掛けてきた。
それは俺が両手で防がないと一瞬で膝をついていただろう、完璧に急所の狙った綺麗な攻撃だった。走っている途中で意識を戦闘態勢に切り替えていなかったら防ぐ事は出来なかっただろう。
俺は攻撃をしてきた敵を視覚で確認しようとしたが直ぐに次の攻撃を仕掛けてきたので直ぐに防御態勢に入り次の攻撃を迎え入れる。
相手の攻撃は一撃一撃が正確で破壊力があり、短時間で6撃もの拳を放ってきた。
俺は全て防ぐことに成功したが、こちら側の掌がしびれつつある。
「くそ、こいつは強い! 今まで戦ってきた中でお前の様な奴は初めてだぜ」
俺は相手との距離を何とか取って、反撃の機会をうかがう。
攻撃力は俺の方が強いはずだ、だが体格的な差で攻撃速度が確実に相手の方が早い。
相手の攻撃を受け流すのは、もう少し相手の動きを見ないといけないだろう、あの動きは何処かで見た事がある気がするが、まだどのような攻撃が来るか予測できない。
俺は様々な武術を思い出し、戦況にあったスタイルを導き出す。
木刀は相手に蹴り飛ばされ取りに行く事は不可能になっていた。
武器が無く相手の攻撃の方が早いならやり方は決まっている、出来るだけ相手の攻撃を自分の急所に当てない様に回避しながらカウンターを狙うだけだ。
既に相手はこちらに近づいてきている、俺は相手の攻撃を受ける覚悟でカウンターを狙う。
だがその時、俺と相手の男は孤児院からの悲鳴で動きが止まった。
相手の意識が孤児院に向かっている事が先に気付いた俺は孤児院に向かって走り出した。
すると俺の後ろから直ぐに相手が追ってきた。俺は追いつかれる前に言葉を吐き捨てた。
「くそ、お前以外にも仲間がいたのか、子供達を殺してお前らに何の得があるんだ!」
「……は? それはどういう事だ? お前がこの孤児院を襲った奴の一人では無いんか!?」
そして俺ら二人は大きな勘違いをしていた事に気が付き2人で孤児院に向かった。
孤児院の門に到着し男は俺に声をかけてくる。
「俺は子供達を救出する、お前は孤児院を襲った男を探して捕まえてくれ」
「俺はお前を信じて良いのか?」
「俺は日本人だ! お前と同じこの世界に召喚された男だと言えばもうわかるだろ、目的はお前と一緒だ!」
「そうか! 分かったじゃあ子供達を頼む!」
俺は孤児院の裏口あたりに居た男を見つけた、手にはナイフを持っており孤児院の子供と思われる子が抱えられていた。
「てめぇ、この頃あいつの依頼を受けていた小僧だな、何故ここに来ることが分かった?」
「うるせぇ、さっさとその子を放して大人しく俺に捕まれ」
「何を言ってやがる、この子がどうなってもいいのか? さっさと俺を見逃してお前も逃げな、そろそろ此処にも火が回ってくるぞ」
「てめぇ既に火を放ったのか?」
「そろそろ俺の仲間が日を放ってる頃だ。残念だったなお前は何も守れねぇよ」
――――ブチッ
俺は頭の中の何かがはじけ飛んだのがわかった。
俺は何も守れないだと?ふざけるなよ、俺はこれからこの世界を周り沢山の命と仲間を救う旅に向かうん。、いきなりお前なんかなに否定されてたまるか。
そして俺の行動は最速の域を達した。
通常15歩程度の距離をたった3歩で相手に近づき一瞬で腕を折り武器を薙ぎ払った。
「お前、俺に何て言った? もう一度行ってみろよ」
武器を薙ぎ払われた男は一瞬で何が起こったのか分からなくなっていた。
尻もちをついて子供を抱えていた腕の力が緩み子供が解放された。
「本当はもう拘束するだけで良いんだけどな、すまん一発殴らせてもらうぜ」
俺は一撃で震えあがった男を気絶させ拘束し捕まっていた子供と一緒に裏口から脱出した。
孤児院の門まで向かうと子供達と孤児院の院長が集まって身を寄せ合っていた。
その前には先ほど別れた男が俺の顔を確認して手を振る。
「おう大丈夫だったか? こっちにも一人火を放とうとした奴がいたが上手く不意を突いて倒したんだが」
「あぁこっちも無傷で救出出来たぜ、この通りだ」
俺は捕まえた男と投げ捨て、助けた女の子を解放した。
女の子は他の子供達のところへ走っていき泣いている。
「本当にありがとうございました。このお礼は必ずさせていただきます」
院長らしき人が俺達に頭を下げる。
「いいさ、お礼なんて」
「あぁ俺達が助けたくて助けたんだ、孤児院も燃やされずに済んだみたいだしな」
「だが院長、貴方達はこれから別の国に住み着いた方が良い」
もう一人の男が院長にこの国の危険性と明日来る筈の男に今日あった話をしろと喋っていた。
明日来る男とは主人公の事だろう、こいつはどうやってこの国のこの年の孤児院に主人公が来る事を知っていたんだろうか?
多分すごいマニアか頭の良い奴なんだろう。
男は色々と喋り終えた後、俺に話しかけてきた。
「おい、お前さん良く見れば黒野とかいう坊主の仲間じゃないんか?」
「黒野を知ってるのか? あんだ誰だ?」
「あぁ俺は柴田って言うんだ。丁度最初の夜に坊主が起きておってな、少しだけ話したんだ、見た所坊主は見当たらないようだが?」
「柴田……そういや最初の日にそんな男と会話をしたとか言ってたな黒野、今は黒野とあかりとは別行動だぜ」
「ほう、お前さん坊主より頭が良いんじゃないか、たった数日で此処までたどり着くなんて」
「いや、俺は偶然だ。丁度主人公に依頼を持ちかけられてな、それが無けりゃ此処に来てねぇよ」
「そりゃ主人公に認められたってことかお前さん。俺の攻撃を受け止めるしすげえじゃねぇか」
「まぁ俺はなにも反撃できなかったから褒められてもあまりうれしくねぇよ」
正直俺はこいつほど強い奴はあまり見た事無い、たった一瞬やり合っただけでも武道の師範大並みの強さを感じた。
「お前さん、これからどうする? 俺はもう少しこの孤児院を見回る事にするが」
「じゃあ俺は帰らせてもらうぜ、正直あんたの攻撃が腕に来てるんでな」
「そうか、良かったあれだけの攻撃を与えて防がれたとしても何もなっていなかったら俺はもう年だと思わんといかんからな」
俺は豪快に笑うおっさんに孤児院を任せ宿に帰る事にした。
次の日、目が覚めたら目の前に例の主人公がいた。
「……俺はそんな趣味はねぇぞ」
「どんな趣味だ、何を言っているかわからんが私だって無い」
主人公は俺が起きて着替えるまで宿で待っていた。ってかこいつ何故俺の宿を知っているんだ?言った事ねぇのに……。
「で、朝から何の用だ?」
「まず、お礼が言いたい。俺がこの都市を離れている間に孤児院を守ってくれたんだろ?」
俺の目の前で礼儀正しくお辞儀をするその男は、やはり貴族だったんだと思うほどの綺麗な姿勢だった。
「あぁ俺だって子供は好きだからな、それに依頼の分はちゃんと働かないといかねぇからな」
「ありがとう、俺はあと少しでこの国に対して絶望するところだったよ」
「そりゃよかったぜ、絶望なんてしても良いこたねぇよ……それで?」
「それでとは?」
俺はもそもそとベットから起き上がる。
「お前、そろそろ旅に出るんだろ? そうしないとわざわざ此処まで来ない筈だ」
「わかってるじゃないか、あぁ私はこれからこの国を離れて世界をこの目で見てみようと思う、お前と同じようにな」
「先を越されてしまうのは嬉しくねぇが、頑張れよ」
「ありがとう。君には感謝しきれないよ、金はそこの机上に置いておいた。少し早いがこれで依頼達成だ、今までありがとう」
「あぁまた何処かで会えると良いな、なぁ最後に聞いて良いか?」
「ん? なんだ?」
「お前の名前だよ」
「あぁ俺の名前はライオル、この名前で俺はこの世界を旅するんだ」
こうして、忠則と第一章の主人公、剣士ライオルは別れた。
残りの二日間は剣を振り続けるだけとなったが忠則の長いアルバイト生活は終了した。