03話 進展
…………納得がいかねぇ、だってそうだろう?
異世界に現れた主人公は新しい特殊能力や特技を駆使して冒険者として世界を駆け巡り魔物や盗賊を倒し、町や村、国を守り、果てには世界を守る。
そこには、愛があり涙があり、友情があるもんだろう?
なのに、なのに……
「なぜ異世界に来て、こんなアルバイトをしないといけないんだぁ!!!」
「うるせぇ!! なに叫んでんだ!! 口動かしてねえで、さっさと体動かせや馬鹿野郎!!」
「……すんません」
ちくしょう、ちくしょう……。
今まで我慢してきたけどよう、これじゃあ日本でやってた引越しのアルバイトと変わらねぇじゃねぇか、俺が求めたものと全然違うじゃねぇか。
こんな軽い木材やレンガ運んでは積んで運んでは積んで。
どれだけ持って往復し続けりゃあいいんだよ、荷台にごろごろ乗りやがって……
あぁめんどくせぇ、一気に持って行ってやろうじゃねぇか、これくらい。
「どぉりゃぁぁあああ!!!」
「おいお前、何やってんだぁ、そんなの持てるわけが……」
くっそ、黒野は情報や準備が大事だとか言いやがって。
違うだろ?大事なのは勇気だろ、努力だろ、友情だろ。
異世界だぞ、夢にまで見た世界だ、それも俺の大好きな小説世界。
こんな事やってる場合じゃねぇんだよぉぉおおおお!!!
「おら、これでいいんだろおっさん!」
「おいおい、お前化物か? これ今日一日かけて運ぶ予定だったんだぞ」
「じゃあ一日分の給料くれ」
「お、おぅ、まぁそうだな……」
「よしおっさん! 他にやる事ないか? 俺は金が必要なんだ、これからやらんといけない事があるからな」
「いや、俺だってそんなに金なんてもってねぇよ、金が欲しかったらもう一回ギルド行くしかねぇな、それと給料はこれ持って行け依頼達成報告書だ、それギルドに持っていって金受け取りな」
「そうか、なら仕方ねえお金ありがとな!」
「おう、なんかしらねぇが頑張れよ」
っしゃあ!これで銀3枚なんて俺だけで稼いでやるよ、黒野とあかりをおどろかせてやるぜ。俺は英雄になってやるんだ!!
「ぐうぅぅぅぅ」
……だがその前に飯だな。
ギルドで金を手に入れ、適当に飯屋に入って一気に3人前の料理を頼む。
「あんた、一人でそんなにも食べるんかい」
「あぁ昨日の昼から何も食べてないからな」
十数分後大量の飯が運ばれてきた。
よし、やっと飯が食える……ん?
…………なぜか向かい側で俺の飯を食おうとしている男がいる。
「あんた誰だ?」
「ん? 私か?」
「そうだよ、なんで俺の向かいに座っているんだ? それもなぜ食おうとしている」
「まぁいいじゃないかそんな事、それより早く飯を食おう、飯は出来た手が一番だ」
「これは俺の飯だ」
「私が手伝ってやるよ」
「手伝いをしたいなら厨房で皿洗いでもしてこい」
俺にとって食事は聖職者の祈りに近い、それだけ神聖な行為だ。
それを邪魔するものは許さん、向かい側の謎の男を睨みつける。
「悪かったよ、そんな怖い目で睨みつけないでくれ俺は喧嘩しに来たわけじゃないんだ。こんな量食べきれないと思っただけさ、駄目なら大人しくしているよ」
男はフォークとスプーンを机に置いて手を上げてもう何もしない事をアピールする。
「じゃあ飯を食いながらで良いんだ。私が一人で喋るから聞いてくれるだけで良い。質問をするから肯定なら首を縦に、否定なら首を横に振ってくれ、いいかな?」
まぁ飯の邪魔さえしなければ俺は全然構わないさ、俺は首を縦にふる。
「ありがとう、じゃあ質問をするよ、先程大きな荷台を持ち上げて数キロ先の場所まで持っていったのは君?」
そんなに大きかったか?と思いながら、俺は首を縦にする。
「やっぱりそうか……じゃあ次の質問、その依頼者のおじさんに聞いたんだけど出来るだけ早急にお金が欲しいんだよね」
俺は首を縦に振りながら何を考えているかわからないこの男の事を少し考えてみたが、俺は黒野じゃないしわかるわけが無いな、そんなことより飯だ。
「君は何か格闘技を習っているんじゃないか?ただ鍛えただけじゃそんな身体にはならないはずだ」
まぁ隠す事じゃない首を縦に振る。
「じゃあ最後の質問だ。君はギルド以外でも金が手に入れば仕事を引き受けてくれるか?」
男は銀貨を数枚を机に置く。
「簡単な依頼内容は、裏通りの奴らを粛清する。不審に思うなら金は前払いでもかいい、今の君には受けられないギルドランクDからC相当の依頼内容だ、悪くは無い話だと思うが」
「……その話のった」
ちょうど飯を食い終わって、名前も知らない男の依頼を請け負う。
こいつが何を考えているかわからんが、内容も良いし金がもらえるならそれでいいさ。
ついに異世界らしくなってきたじゃねぇか、やってやるぜ!!
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まぁなんて速さで走ってくのかしら、たー君ったら。
多分、黒野の行動があまりにも慎重でずっと気持ちが抑えつけられていたのでしょうね。
真っ先にギルド行って森に向かおうぜ、とか言っていたし、あれは冗談じゃなかったのね。
でも、たー君を抑えつけていたのは私のせいでもあるのよね、私がいなかったら、あの二人寝ずに夜から動いていたでしょうし、私のために寝ないで守ってくれたし……。
「はぁ、このままだと私ただの足手まといじゃない・・・」
黒野も眠いとかまだ早いとか言っていた割にすぐに居なくなっちゃたし。
責任感が強くて意外と負けず嫌いだからね、黒野も。
「負けてられないわ、今日この世界でお金以外の何かを手に入れないと」
私だけ守られたばかりなんて、絶対嫌だわ。ならまずは速く目的地に着かないとね。
歩いて数十分が経って目的地と思われる場所に到着する。
「まず目的地に到着ね、この中で医療事務のアルバイトって聞いたけどここが病院?」
「そうよ、貴方があかりさん?」
「ひゃあ!」
「何よ、いきなり叫んじゃって貴方じゃないの? あかりさんって」
「すみません驚いてしまって、はいあかりは私です」
「まぁいいわ速く行きましょう、今は一秒でも時間が惜しいの」
「は、はい!」
――――戦争は終わっていなかった。
私は、覚悟したつもりだった。
ここは日本じゃないし、そもそも地球ですらない。
ここでは、簡単に人が死んでしまう。
少し前まで殺し合いが長い期間にわたって行われていたと言う事を。
理解していたつもりだった。
でも、違ったそれは知識として知っているだけだった。
覚悟なんて決まっていなかったし、理解すらしていなかった。
「あかりさん! いつまでも吐いている場合じゃないわよ、水と布、それとこの人はもう駄目だわ、ベッドから退かして2つ隣の身元確認班の所に移動させてちょうだい」
「は、はい! すみませんでした、今から向かいます!」
ここは戦場だった。
戦場から帰って来た人達の治療室という名の遺体整理場での戦い。
何十人もの怪我人が運ばれて、その場で生死の判別をしなければならない。
「あかりさん、この人はまだ大丈夫よ、治療室に運んで」
「もうベッドが足りません!」
「仕方ないわ、床に布を引いて、そこに寝かせて」
「はい!」
ただ逃げ出したかった、簡単に目の前で人が死ぬ。
常に響き渡る悲鳴や悲痛の叫び、医療班の駆け足の音。
この世界の医療は発達していない、ただ傷を縫合して消毒し、包帯を巻くだけ。
私は、始めてみる赤と黒に染まった肌に消毒をし、包帯の様な布を巻きつける。
怪我人や瀕死者がどんどん運ばれてくる。
他の事など考える事なんて出来なかった、急速に時間が過ぎていく。
「あれは……」
数時間過ぎた頃、数人の聖職者の様な女性達が現れる。
「中央都市から来ました聖歌隊です、怪我人はどちらでしょう」
聖職者の様な女性の一人が声を上げた。
「良かったわ、これで今までの倍以上の人数は助かるわ、こっちに来ていただけませんか」
「はい、かしこまりました、全力で取りかかります」
私の指示をしていた女性が聖歌隊を治療室につれていく。
治療室に入り数人の白魔道士が怪我人を囲むように壁近くに均等に並ぶ
「では、今から範囲系の共鳴歌を合唱します、第二章五十八小節目から」
「はい!!」
隊長と思われる者の声で他の聖歌隊の者達は返事をした。すると部屋を取り囲むように移動し、チューニングを開始する。
そして隊長と思われる者が手を挙げて指揮を取る。
――――その瞬間部屋に響き渡る歌声と共に白く光った。
その歌は全く理解が出来なかった。この歌詞に意味があるのだろうか?今まで聞いた事のない言葉と発音で私は意味を理解する事は出来なかった。でも何故か自然と涙があふれてきた、意味は理解できなかったがこれが何を言おうとしているのか分かった。心に直接訴えてくる。
「さぁ聖歌隊の人達も歌い続ける事は出来ないのよ、早く手を動かしなさい」
依頼者の声で私は何もしていなかった事に気が付いた。早く怪我人を運ばなければ、と思い部屋を見渡した。するとベッドで横になっている怪我人の小さな傷が綺麗に塞がっていくのがわかった。
衝撃的だった。絶望的だった私の世界が歌声で希望に満たされていく。そして、聖歌隊の活躍で今までの数倍の命が助かったのだった。
「今日は終わりよ、はい、これが契約書よ、これをギルドに持って言ってお金をもらいなさい」
「すみません、明日もこの仕事をさせて頂けないでしょうか」
「あら、こんな仕事普通一日で居なくなってしまうのに、意外と根性あるのね」
「はい、それと聖歌隊の人に会わせて頂けないでしょうか」
「会うだけなら、私に聞かなくても良いわ、もうそろそろ治療室から出てくる頃でしょう」
その声と同時に治療室から今まで歌い続けていた聖歌隊が出てくる。
「いきなりですみません! 聖歌隊の皆さま私にその共鳴歌を教えて頂けないでしょうか!!」
なりふりなんて構っていられない、私も強くならなきゃ。
絶対に今日の様に見殺しにさせない、二人を絶対にそんな事はさせない。
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は、速え……。
この世界に来てある程度の肉体強化はあったみたいだな、流石に忠則だとしてもあの速さはあり得ない、100m6秒くらいに見えたぞ、世界新かよ。
あ、此処は地球じゃないからな、世界新がどのレベルかわからんか……。
ヤバい、くだらない事言ってる場合じゃないな、俺もちょっと走るか。
どれくらいの自分の能力が上がったのか気になるし。
…………そして十数分後
「はぁはぁ、能力上昇には個人差があるのか、それとも忠則が化物なのか」
……そこまで上昇した気がしないぞ。
まぁ、本当なら此処までたどり着いてなかったと思うし、上昇したんだろうな……多分。
そうだ俺は体力以外の違うものが上昇したんだな、多分そうだ、うん、そうであってくれマジで。
「よし、そんな訳で目的地には着いたわけだが・・・」
目の前には、いかにも怪しげな雰囲気の漂う家。
やばい、ミスった、いきなりこれはマズイ。
特にこれからやりに行くのは賭けだ、アルバイトじゃない。
すでにもう帰りたくなったが仕方ない、もうどうしようもないからな。
それに帰る家ないし……。
「お邪魔します、ギルドにある依頼を受けやって来た黒野です」
「あぁん? 知らんぞそんなもん、間違えてないか?」
「いや地図ではあっていますよ、依頼書ではここで魔法使いの実験の手伝いとの事で伺いました」
「……おまえさん、もしかして10年以上前の依頼書じゃねえか、それ」
「はい、その通りです」
「そりゃ、いつまでも依頼破棄しないわしも悪いが、おまえさんも頭大丈夫か?」
そりゃそうだ、誰だって10年以上前の依頼を受けに来ました、なんて言われたって頭のおかしい奴か冷やかしに来た奴だろう。
だけどそんな事はどうでもいい、俺がギルドで受けられるランクはE~Dの雑用と初級討伐の簡易依頼のみ、その中で一つしかなかったこの、魔法使いという単語。
俺が、これからこの世界で生きてく上で絶対に必要な戦術、今は出来るだけ早く強くならなければいけない。
だからこれは賭けだった。
「すみません、本当はギルドからの依頼なんて口実に過ぎないです、どうでもいいんです」
「……どう言うことだ?」
「私はどうしてもこれから強くならないといけません、ですが剣術や体術は俺は無理ですってか嫌です。」
「嫌ってお前さん……」
「ですから雑用でもなんでもします、俺に魔法を教えてください!!」
「あんたは魔法使いになって何をするんだ?」
「俺は仲間と冒険に向かいます、その時仲間を守るために使います、綺麗事は言いません、仲間を守るためなら人も殺す事になっても構わないと思っています」
「ほう、殺すか……」
「ですが俺はまだ人も殺したことも戦場に行ったこともない、人が死ぬ恐怖、人を殺す恐怖も知らない無知です、ですが行かなければなりません」
「なぜそんな事を話そうとおもったのじゃ? 嘘をついたって良かったろう」
「俺のような未熟な人間が綺麗事を並べたところで嘘なんて簡単にばれてしまう、さらに綺麗事だけでは生きていけないです、特にこの世界では」
「ふむ……」
正直この魔法使いと思われる老人には駆け引きなんて出来る気がしないし、最初からそんなつもりはなかった。
「と言っておりますがどうしますか? お嬢様」
「…………え?」
「お主、ただの使用人に何を言っておるんじゃ? まぁ見ていて楽しかったから良かったが」
あれ?なぜか老人の後ろの方から声が聞こえてくる、だが誰の姿も見えない……
「どうします、使用人を主人と間違えるような奴ですが?」
え?何これ俺、使用人に魔法教えてくれって言っちゃったの?
…………やばい穴があったら入りたい、いや、もう元の世界に戻りたい。
何ですかこの恥ずかしさ、忠則とあかりが見ていたらもう自殺してる。
「そうじゃなぁ恥ずかしい奴じゃが、さっきの会話に嘘偽りは無かったからな、合格じゃ」
そして、老人の後ろからピョコっと現れたのは魔女……いや、魔法少女だった。
「……えっと魔法使い様ですか?」
「お主、私の事をちっちゃいとか思ったのではないか?」
「いや、魔法少女?」
「魔法少女とはなんだ、私は立派な魔女じゃ」
「いやいや流石にこの展開は、無いだろ……」
魔法使いが少女……「The earth without the end」ってこんな小説だっけ?
「なんじゃお主、私では魔法を使うなんて無理だとでも言いたいのか?」
魔法少女は少し怒った顔をする。全く怖くない、むしろ可愛い……。
いや、待ってくれ一応言っておくが俺はロリコンではない、断じてないからな。
はぁ誰に言っているんだ、俺……。
「いや、こんな展開は相当な魔法使い様でしょう、もうこの巡り合わせは奇跡だ、もしかして、あの魔法使いの国ウェザンドの出身ですか?」
そう、突然現れた魔法少女が弱いわけが無い、そう逆だ最強だろう。
この世界に唯一の魔法使いだけが住む国ウェザンド。
魔法少女さんはその国の出身だろう。
「ほう、先日まで異世界に居たのに物知りなのじゃのう」
「はい……え?」
あれ?何て言ったこの魔法少女。
「何て顔をしておる、あんなに大量にこの世界に転移しよって、何をしようとしているか知らんが私の目を欺けると思うなよ、そりゃあんな最上級精神操作術式は初めて見たけどのぅ」
…………どうやらこの賭けは大当たりだったようだ。
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――――夕日の沈む少し前のギルド前
「おう遅かったな、二人とも、何か顔が死んでいるが大丈夫か?」
「そうね、もう限界ただただ早く寝たいわ」
「あぁその事なんだが、宿は2人でどうにかしてくれないか? 俺は住み込みでバイトに行く事になってしまった」
「あらそう、ならよかったわ、本当は私もそのつもりだったの、ちょっと私も明日も同じバイトで立て込みそうだから仕事場近くの宿屋に泊るつもりだったの」
「おいおい……お前ら、金はちゃんと集まるのか?」
「あぁそれなら何とかなりそうだ」
「そうね、でも私は後10日間は頑張らないといけないわ」
「そうか、じゃあ俺もその10日間は勝手にやらせてもらっても良いか?」
「あぁ俺もなんとか10日間で終わらせてみるよ」
「じゃあまた10日後に」
同時に別れを告げる声を上げる3人。
3人は集合の日に向けて様々な思いを込めて自身の戦場に向かう。