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In The Fantasynovel  作者: kurora
序章
2/20

00話 日常

 大学の講義が終わり、レポートを提出しに行く。いつも直ぐに大学を出るのだが今日は少し遅かった。

 もうすぐ夏休みになる時期だ。楽しそうに予定を話し合っている声が聞こえる。俺はこんな熱い中で良く喋っていられるなぁと思いながら大学を出る。

 俺がこれから向かうのはドーナツ店だ。大学からは近くない、わざわざ電車に乗って何駅か通過しなければいけないのだ。特に珍しいドーナツがある訳ではない、チェーン展開された普通のドーナツ店だ。


「黒野今日は遅いわね」


 奥の席から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる、その声の主は今では珍しい三つ編みで、丸いメガネの地味な女性だ。


「……なんか変な事を思ってない?」

「気のせいだ。君の様な文学少女に、変な事なんて思う訳ないさ」

「うーん、なんか釈然としないけどまあ良いわ」


 俺の心を読むような発言をした女性がこちらを見る。この女性は宮本あかり、先ほどの会話通りの文学少女だ。

 俺はドーナツ店なのにコーヒーしか頼まない。その為喫茶店の方が良いんじゃないか?と交渉しいるがことごとく却下されている。あかりは交渉を却下し続ける張本人でもあるのだ。

 あかりは約2年間欠かさず一週間に一回ドーナツを訪れて、その度にドーナツを3個も食べていて「ダイエットしないとやばいわ」と馬鹿な事を言っている。俺と同じ大学の3年生で同じ年齢だ。


「それで今日は何で遅れたの?」

「今日中にレポートを提出しておきたくてね」

「……なんでもう提出しているの? 写させてくれる約束は?」


 あかりは首を傾けて何故?と真剣に不思議がっている。だが俺はそんな約束をした記憶は無いし、するつもりもない。あかりの頭の中では良い様に記憶の改変が施されていたようだ。


「約束はしていない。レポートを写すと俺まで評価が下がるだろ。自滅行為じゃないか」

「そんなぁ私に単位を落とせって言うの~」

「自分でやればいいだけだろ」

「待ってよ、私に物語以外の文章を書けって言うの? 鬼、悪魔」

「たかがレポート作成がどれだけ苦痛なんだよ……」


 くだらない会話をしていると、身長2m近くもある大きい男が入店する。その男は肉まんを何個も買ってこちらに向かって来る。


「たー君はいつ見ても大きいわね、入って来て直ぐにたー君ってわかるわ」

「そうだな、俺はいつも大きいぞ、毎日トレーニングを欠かさないからな」

「トレーニングを欠かさないとそんなに大きくなるのね」

「待て、その理論は可笑しいぞ。全ての体育会系の人間は2m近くになる」

「それは怖ぇなぁ、俺の大学の奴ら皆2m超えるやつばかりになるな」


 男は軽快に笑いながら俺の隣に座る。こいつはたー君こと田中 忠則。

 同じ高校だった体育学科のある大学に行った元同級生だ。

 柔道や剣道、ボクシングなんかを手当たり次第に手を付けては中途半端に強くなって飽きてしまう、もったいない奴だ。

 本人曰く、どれも県大会優勝レベルまでは成長出来るが、コーチや先生に認められて期待されるとやる気をなくしてしまうらしい。

 それでもまだ強くなりたいらしく、今ではテコンドーと少林寺を経て空手に至っている。

 俺は一度なぜそんなに強くなりたいのか聞いてみた時があった。


「だってよ、いつ異世界に飛ばされて勇者として駆り出されるかわからんだろ?」

 

 当たり前だろ?と同然の様に言いやがる正真正銘の中二病の馬鹿。

 だけどこんな性格の奴が漫画やゲームのファンタジーの主人公になるんだろうな、と思う俺もまだ中二病を完治していないと苦笑いをした事を覚えている。


「そういえば今日は仲良しな兄妹は来ないのか?」


 肉まんをくわえた忠則はモゴモゴと口を動かしながら俺とあかりを見る。


「そういえばメールが来てたわ、今日は仲良く家族で出かける見たいよ」

「兄妹だけじゃなく家族とも仲が良いんだな、流石だぜ」

「……さっきから当然の様に仲が良いとか言ってるが、あれは仲が良いのか?」


 仲良しと話題に上がっていた兄妹の名は、佐藤 咲子と佐藤 直人。

 咲子は高校2年生の女子高生で直人は大学1年で皆と違う大学。

 このドーナツ店で行われるサークルのメンバーで、いつも口喧嘩の絶えない仲の良い?兄弟だ。


「さて今日は久しぶりに3人だけど集まった事だし始めましょうか」


 あかりの声で始まる俺たちのサークル活動。

 だが、まず俺達のサークル活動を語るについて話さないといけない事がある。

 俺達がサークル活動を始めた理由なのでこれだけは外せないのだ。




 ネット小説投稿サイトに掲載されている、イロアス先生の小説「The earth without the end~果てのない大地~」

 この小説は約10年も続いており、そしてその10年間ランキング上位から離れた事の無い長編小説だ。


 オンラインゲームの様な完成された世界観や、素人とは思えない表現力。

 イロアス先生は毎回約10,000文字の物語を、週に1日のペースで書き続けている。単純計算で1年52万文字、10年で520万文字になる。

 20万文字を長編小説1冊と計算しても約26 冊。この量だったらたとえ名作だと言われてもさすがに手は出せない。だが、この小説は1章ごとに完結される主人公達の物語なのだ。

 最初はだれも思わなかっただろう。一つの作品が綺麗に完結したと思ったら、次の週の小説の更新日に全く同じ世界で、別のキャラが主人公としてほぼ同じ時系列で別の物語が始まるのだ。

 どの物語から読んでも違和感もネタばれもない。その一つ一つが優劣の出来ないような物語。剣士、魔法使い、狩人、商人やメイドの物語でさえ、独立した完全な物語になっている。

 そして物語が進むにつれて交差される主人公達や重要な人物の交流も一つの楽しみにもなっているだろう。




 なぜ俺がこの「The earth without the end~果てのない大地~」について熱く語っているのかは理由がある、俺達はこの小説のファンクラブみたいなものだ。

 あかりがこの小説が好き過ぎて勝手に非公式HPを作成したのだ。そして同士を募ったのが始まりだった。当初は結構人気のHPとして軌道に乗っていた。だがやはり思いつきで作った簡易HPなだけあって、訪問数は日に日に減り掲示板の書き込みも著しく低下していった。

 俺とあかり、忠則は一緒に作った一人として週に1度イロアス先生が更新する日は欠かさずチェックしていたし、数少ない常連さんと意見交換を繰り返していた。

 だがある日、あかりがまた思いつきの提案でオフ会をやろうと言いだした。すぐさま掲示板で俺達の周辺の同士を募った。俺は来る筈が無いと思っていたが、常連の中に俺達と会いたいと直ぐに連絡が来た。

 俺が驚いている間にどんどん話が進み、一度のだけだった筈のオフ会が週一で行われるようになったのだ。そして数ヶ月がたち、オフ会だった筈があかりがサークルと言い張るようになったのだ。




 話は戻り、あかりがサークル活動開始宣言と同時に話を始める。


「今回の物語は結構前作の作品と比べて何か違ったよね?」

「そうだね、何かいつもの様に物語に引き込まれる力とか、次話への期待度なんかは常に進化している気がするけど少し違和感があったね」


 俺達のサークル活動は、実に簡単なものだ。

 前日に更新された「The earth without the end~果てしない大地~」の感想、これからどうなるかについて意見交換や激論が繰り広げられる。それが終わると自作小説の状況報告や、今読んでいる小説の感想や評価、感想文創作バトル何かを繰り広げたりする。


「今回は小説家だろ? 俺はバトル要素があまり無くて物足りなさがあったが、そんな事は無かったと思うけどな」

「忠則、お前は基本的に主人公が戦士じゃないと物足りないとしか言わないじゃないか。」


 忠則は見た目の通り戦いが好きだ。小説も戦い以外あまり深く読まないし基本流し読みなのだ。俺は忠則の言葉を無視して話す。


「俺は小説を書くところを更に小説で表現するところや、全体的に舞台が自身の書斎だったのが違和感の原因の一つとは思うな」

「うーん、本当にそれだけなのかしら? 何かもう一つある気がするのだけどなぁ」

「そうなんか? 今回も全く変わらんと思ったんだけどな……」

「もうお前は良いよ」


 今回の議題は、今週連載終了した第10章の小説家の物語についてだ。会話の通り今回は少しだけ良く分からない違和感があった。それは小説家という職業のため、バトルや他国との交流の機会が最も少ない作品になっていた事が主の理由に見えたが、何かそれだけでは納得がいかなかった。

 この後も色々と議論を交わしたが途中で次の作品の主人公について話が移り変わり結局うやむやのままで終わった。

 そして、次の主人公が誰かを次の集会でドーナツをかけて今回のサークル活動は終了した。




――このときの俺達は今日の賭けが全くの無駄になるなんて思っていなかったのだ。

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