13話 集合
「遅いわよ」
10日前に約束していた集合場所に到着すると懐かしい声が怒鳴ってきた。
俺が到着する前にギルド前には忠則とあかりが俺を待っていた様だ。忠則はでっかい焼き鳥の様な物を食べていつもの様に笑顔で何を考えているか分からないが楽しそうだ。
だがその隣にいるあかりはあまり機嫌がよくない様だ。
「時間は指定していなかったんだ。それにまだお昼じゃないか遅くは無いと思うぞ」
「知ってる? 女性が怒っている時にそうやって言い訳を持ち込むと嫌われるわよ、ちゃんと謝らないから黒野は彼女出来ないのよ」
「ご、ごめん」
これはとても怒っている状態のあかりだ。何故こんなに怒っているか分からないが、これはまずい。俺は何故こんな状態になっているのかアイコンタクトで忠則に尋ねようとするが、忠則はこっちを見ていなかった。あかりに直接聞くと逆鱗に触れそうだ。
俺はあかりを対処しつつ何気なく忠則に近寄って今の状況を聞く。
「なぁ忠則、何であんなにあかりはご立腹なんだ?」
「ん? おぉ黒野、久しぶりだな。何時来たんだ?」
「質問を質問で返すな、と言うか俺が来た事に気が付いてなかったのか……」
「すまん、すまん。この串焼き鳥が上手くて夢中になってたぜ」
忠則と通常の会話を行うのは少し時間が掛かるのは前からの事だ。忠則と会話するにはある程度忍耐力が必要だ。高校時代忠則との意思疎通の困難さをこの忠則で学んだ俺は大抵の人との会話が可能になった気がする。
「まぁ此処に居ても意味が無いし、今日は宿を探して今後の話をしないか?」
まだあかりがイライラしているが、この場であかりの機嫌を取るのは難しいだろう。それなら適当に場所を移してあかりの好きな甘い物でも餌付けすれば大抵上手くいく。
俺はまだぶつくさ言っているあかりと串焼き鳥を食い続けている忠則を何とか行動に移させて宿を探す。
この世界は旅人や商人。雇われ戦士が多いため宿屋の数は多いがやはりこの世界に俺以外にも何人もの召喚された人がいるため満室の宿が多かった。
俺が宿屋を探している間、あかりは予想に反して愚痴を言わず、何故か少しずつイライラが収まってきている様だった。基本的に爆発的に起こってストレスを貯めない性格のあかりは別に珍しい事ではないが、理不尽に怒りを押しつけて来たのは納得がいかない。俺は歩きながら少し時間をかけて忠則との対話に成功させた。
「なぁ、さっきなんであかりはあんなにご立腹だったんだ?」
「あれだ、俺が来た時に男が集まってたんだ。依頼系ギルドは圧倒的に男が多い、その前に一人で立ってたら声掛けられて当たり前だな」
「そういう事か、この世界にも難破する人間は居るよな、まぁ男に言い寄られて喜ぶ人間じゃないからな、あかりは」
あかりは俺と忠則以外の異性とはあまり会話をしない。そもそも基本的に人間より本が好きなのだ。人見知りと言うより他人と関わるのが好きじゃない。
多分、一番に来て俺と忠則が何時までたっても来ない不安な状態で寄って来る男をあしらうのに疲れてイライラしていたのだろう。
俺がギルド前に集合場所を決めたのでイライラの矛先が俺に向かったのか……。一応納得の理由が見つかったので少しだけだがスッキリした。その後、忠則とくだらない会話をして数分歩くとやっと空いている宿屋が見つかった。
「2人部屋をふた部屋取ろう、荷物を置いて明日の準備が出来たらあかりは俺達の部屋に来てくれ、今までの話とこれからの話をしたい」
「分かったわ、でも少し時間かかるわ色々やりたい事あるから夜になるかも」
「じゃあ俺達も先にやりたい事やっておくよ」
「そうだな、俺も飯食った分身体動かさないといけねぇしな」
俺らは宿で部屋を取った後直ぐに解散した。俺は忠則と2人で部屋に入り手荷物を置いて部屋から直ぐに出た。忠則は行く所があるらしくまだ俺が行った所の無い方向へ走って行ってしまった。
一瞬追いかけようと思ったが忠則に追いつくには残念ながら能力値が足りない。確実に見失って迷子になってしまうのが落ちだろう。
俺はどんどん小さくなって見えなくなる忠則を見守ってから行動に移すことにした。昨日までの10日間俺は少女師匠の家と商店街を行き来するだけでこの世界の情勢について全く理解していなかった。せめてこの国の事を知らないといけない。
一度ギルドに戻ってこの国の事を詳しく聞いてみるのも良いだろう。俺は今日来た道を戻ってギルドに戻る事にした。
「マジか……」
ギルド前ではあかりのイライラの対処だけで精一杯だったため気が付かなかったが、この国は第一章初代主人公の母国だ。既に主人公はこの国を旅立ってしまっているが、たった数日前までこの国に居たのだ。
もっと早く気が付くべきだった。主人公は旅立つ前に仲良くなった孤児院の子供達を殺されてしまう。俺以外にこの事実に気が付く人はいるだろうが、誰か主人公と孤児院を見つけて助かっていると良いんだが……。
だが既に事が起きた後だ、もう俺がそんな事を考えていても何かが変わる事ではない、今考えるべき事はこの事によって分かる情報だ。
――この国は後1年の間に崩壊する。
今まで東の国を攻めていったこの戦争国リーディアは、他国との物流に関して積極的に行っていた。リーディアの特産品は戦争の国にしては鉄や銅などの金属ではなく種類豊富な野菜と家畜などの食材なのだ。そのため武器などの元になる鉄鉱石などの金属は保存のきく食料との交換で賄っていたのだ。だが今回戦争はその物流を断ってまでその国に攻めると言うものだった。
前回の戦争が短期間で終わった事を良い事に武器の在庫や保存食が多かった事と、次の戦争も短期決戦で終える事が出来ると思った事が原因だった。
だがそんな考えは甘く、前回の戦争で勝利を治めた要因でもある第一章の初代主人公、ライオルは既にこの国からいなくなっていた。
ライオルは指揮官としても最高の逸材だった。兵士達の中にもライオルに尊敬の意を示しておりライオルの居なくなった理由を知った数人の優秀な兵士達は戦争を放棄した。さらにライオルが率いていた隊は国の中で最も強靭な隊だった。その隊はライオルがこの国を見放した途端直ぐに国を去り、更にライオルの父も既に兵隊を引退しており、既に今回の戦争が敗戦になる事を感付いて国を去っていた。
王はライオル一人がいなくなる事による弊害がどれほど大きなものか分かっていなかった。戦争が始まって直ぐに前回の戦争とは全く違う事に王は気が付くが既に遅かった。リーディアは直ぐに攻め込まれたった数カ月の内に崩壊に至ってしまうのだ。
「戦争が始まる前にこの国を出た方が良いな」
戦争が始まると国の出入りが厳しくなる。偵察と間違われる可能性がある、ギルドで必要なカードでは身分の証明にはならない。このカードが証明できるのは依頼系ギルドと銀行で物を預ける時と引き出す時だけだ。
ギルドは様々な種類の物があるが、この世界で大きなギルドは俺がいるこの依頼系ギルドと商業系ギルドだ。依頼系ギルドは俺達の様な安定した職業の無い者が唯一稼げる方法であり戦士達の実力を示す所でもある。
この依頼系ギルドが成立するのは商業系ギルドが存在するからだ。商業系ギルドの大きさは依頼系ギルドの比ではない。商業系ギルドは様々な国の小さな商業ギルドが連盟を組んで統一されているのだ。統一されていると言っても制度が完璧に決められている訳ではなく、ある一定のルール上の規則があり取引の相手を騙して大儲けが出来ない様になっているだけだ。
力があればあるだけ儲ける事は出来るが、力が無くても儲けが無いわけではない様に出来た、とても優秀な商業連盟が依頼系ギルドなのだ。
その商業系ギルドのネットワークを利用したのが依頼系のギルドだ。依頼系ギルドは依頼を聞いて商業ギルドがネットワークを利用し様々な国で依頼が受けられるようになっているのだ。
だからこのギルドのカードはギルドでしか利用できないのだ。カード自体に価値はほとんどない。人間と人間の取引でのみ使用するこのカードはカードと本人が居て意味がある物なのだ。
全国で身分証明になる者などこの世界には無い。あるとすればこの世界に一つしか無い物を身に付けて有名になるしかないのだ。俺達にはそんな珍しい物も知名度も無い。早くこの国から出た方が安全だ。
俺はギルドを一回りした後に宿の部屋に戻った。部屋にはあかりが居たがまだ忠則は帰ってきていなかった。あかりは新しい服を買ってきたようだ。あかりらしいと言うか何というか、とても地味だったが動きやすそうで旅には適した服装だった。
「何処行っていたの?」
「ギルドの方にね、あかりはこの国が何処だかわかっていたのか?」
「あら、黒野は知らなかったの? てっきり何か行動に移してきたのかと思っていたんだけど」
「すまない、俺は昨日までの10日間ほとんどこの国を見て回る事が出来なかったんだ」
あかりの機嫌はすっかり良くなっていた。俺に怒っていた事もすっかり忘れているようだ。俺はあかりと今までの事を話そうとすると忠則が帰ってきた。忠則は身体を動かした後汗を流してきたようで汗臭くなく逆にさっぱりしていた。そして待ち合わせの時には見かけなかった背中に大きな剣を背負っていた。
「忠則、それはなんだ?」
「おう! 良く聞いてくれたぜ。これは俺の武器だ」
「あらカッコいいわ、正に戦士って感じね」
忠則は自慢げに大きく長い長剣を掴んで見せつけてくる。俺には持つ事も苦労しそうな大きさの剣だが忠則はしっかり持ち上げて様になっている。良く見ると忠則の体はさらに大きくなっている様に感じた。
忠則はこの10日間でどんな事をしていたのだろうと思うと口は直ぐに開いた。
「なぁ2人ともこの10日間どんな仕事をしていたんだ?」
俺は自分の話を混ぜつつ2人の話を聞いた。2人とも俺と同じようにただのアルバイトをやっていなかった。あかりは病院で想像を絶する光景と人の死を直面する精神的戦いを。忠則は俺の心配していた初代主人公剣氏ライオルと接触し柴田と一緒に孤児院の子供達を救っていたのだ。
聞いているとまだ自分が魔法を使えていない事が恥ずかしくなる様なすごい体験を2人はしていて成長をしている。忠則は長剣を使えるように、あかりは共鳴歌を使えるようになり、この世界の言葉を覚えようとしている。
俺は、魔法使いになる為に訓練を怠ってはいないが、師匠とオムライスを作ってのんきに食べていた自分は2人より劣っているのではないのかと考えさせられる内容だった。
師匠の話だと俺は後数日で魔力操作を上手く出来るようになり、魔法を使用する事が出来るらしいがもっと頑張らないといけない様だ。このままだと2人を守るどころか足手まといになってしまう。
俺と忠則とあかり、皆この10日間の話を終えてくだらな雑談を咲かしていると既に青い月の光が窓から差し込んでいた。
「そろそろ寝ないとまずいわね、私自分の部屋に戻るわ」
いきなり話を中断させて自分の部屋に戻るあかり。基本的に突発的な正確なあかりだがこの世界に来てから更にきつくなったんではないだろうか。
俺と忠則はいきなり過ぎて何も言えずにあかりを見送った。数秒間、無音の空間が生まれ、糸が切れた様に2人で笑いあった。
良く俺を振り回す忠則も、あかりが加わると振り回される側になる時がある。その度に忠則と俺は2人して笑い合っていた。この感覚、この雰囲気が俺達のあり方だった。俺達が日本にいた時と同じ様に、少しずつ俺達はこの世界に馴染もうとしていた。
「さて俺らも寝ないといけない、明日は3人で準備をしないとな」
「お! 流石だな黒野。分かってるじゃねぇかもう冒険するんだな!」
「そんなわけないだろ、まずはあの喧嘩好きの兄妹を探さないといけない」
そう、俺達は3人のグループじゃない、5人だ。この都市の教会にはいなかったが、必ずこの世界に召喚されているはずだ。あの二人なら何とかやっていけていると思うが、早く合って行動を共にしたい。
「そうだな、佐藤兄妹も必ずこの世界に召喚されてるはずだよな」
「あぁ、だからまずこの都市を出て探さないといけない、師匠の話だと俺らと同じ様にこの世界に召喚された者は確実にこの国しかいないそうだ」
そう、師匠が感じ取った魔力は、この国全体を覆う超巨大魔法陣でその魔法陣が何重か重なって同時発動されたと言っていた。一番目は俺達への召喚魔法。2番目は国の人達も含める精神操作魔法。3番目は通常は動物や魔物に発動させる言語翻訳魔法だった筈の物を高度な技術で人間にも使用できるように変換した魔法。
その魔法陣と魔力の大きさは人間ではありえない大きさだったと言う。常に魔法を使い続けて入て無尽蔵の魔力を持っていてもおかしくない様な少女師匠でさえ無理な量と大きさだと言う。俺達を召喚したのは人間なのだろうか……。
少女師匠に聞いても何も答えてくれなかった、肯定も否定もしない少女師匠は何かを知っているようだが俺には教えてくれる事は無かった。
「なぁその師匠に佐藤兄妹を探してもらう事は出来ねぇのか?」
「…………あ」
全く考えが付かなかった。その通りだ、師匠なら捜索魔法を使う事が出来るだろう、俺は自分の魔法の事で他の事を考えられなかったみたいだ。忠則にこんな指摘をされるなんて滅茶苦茶恥ずかしくて悔しかった。せめてあかりに指摘されたかった位だ。
「なんか、驚いた後にすごく苦い顔に変わったがどうした? 変なもんでも食ったか?」
「なんでもない、さぁあかりは朝に強いんだあいつは漫画やライトノベルの様に可愛く起こしてはくれない、さっさと寝よう」
俺はショックを隠し切れていが寝て忘れる事にする直ぐにベットに移ろうと移動する。だがその光景にすぐ身体が止まる。
「なぁ何でベッドが一つしかないんだ」
「なんかあかりが大きい部屋が良いって言って先に部屋決められたからこうなっちまった」
「おい、何でそれを許した」
「黒野が了解してたんだと思ってたんだぜ」
「了解するわけ無いだろ、何で男2人でベッド一つなんだよ」
頭が痛くなってきた、何故忠則はこれを許したんだ? 上手くいきそうになったと思ったらすぐにこんな状態だ。
「俺は一緒に寝ても良いぞ?」
「死んでしまえ」
こうして俺達は兄妹を探す旅が始まったのだった。