12話 料理
気絶した次の日は魔法について何も触れる事は無かった。
朝起きて自分でも驚くほどの量のご飯を食べてまた死んだように眠った。次に目が覚めた時は既に日は沈みきって少女師匠は寝ているだろう時間だった。
身体に異常は無く元気になった。だが既に夜だった為やる事が無かったのだ、明日に支障をきたすので成る為にも外に出て身体を動かすことにした。
この数日間この家の敷地内から全く出ていなかったので解放された気分になった。涼しいとは言えないが服がなびく程度の風が吹き心地が良い。
念入りにストレッチをして呼吸を意識する。これは忠則に教わった運動方法だ。呼吸と伸ばす筋肉を意識してゆっくりと身体を動かす。30分以上ストレッチに時間を掛けるとそれだけで全身から汗が吹き出して良い運動になる。
その後、軽く走って各種筋トレを行い更に汗を流す、呼吸を出来るだけ整えて筋肉が疲労しきるまで身体を動かし続ける。俺は忠則の様に無尽蔵な体力と規格外の筋肉を持ち合わせていないので直ぐに限界を迎える。
身体を動かしたのは1・2時間程度だろうか、井戸の水を使って汗を流す。この国は水に不自由しない国なので本当に良かった。毎日身体の汗を流さないと気持ち悪くて仕方ないだろう。
運動を終えて少し散歩をする事にした。一人の夜と言うのは何となくセンチメンタルになる、今までの展開が早すぎて感覚がマヒしていた分、更に不安な気持ちが押し寄せてきた。
――――何故この世界に俺達は召喚されたのだろうか?
――――この世界で生きていけるのだろうか?
――――俺達は元の世界、日本に帰る事は出来るのだろうか?
これ以外にも家族、他の友人や学校。様々な疑問や不安が押し寄せて俺を押し潰そうとしてくる。仲間がいないと俺は小さな存在だ。この世界で直ぐにあかりと忠則に出会えて本当に良かった。
一人だったら俺は未だに何もできずに教会で寝泊りをしていたかもしれない。仲間がいるから頑張ろうと思えるのだろう、忠則の馬鹿な言動や行動をみて笑い勇気付けられ、あかりの静かなツッコミや天然なのか狙ったのか曖昧なボケに対して俺が突っ込む。
そんな何気ない毎日をこの世界でもやれるから俺は今まで頑張っていこうと思えたのだろう……。
感傷に浸ると、涙腺が緩くなって目の前がにじんで見えるから良くない。そろそろ身体の火照りも覚めてきたし明日に備えて練るとしよう。
俺は明日に備えて布団に入り再度決意を固めて静かに眠った。
6日目の朝を迎えた俺は本格的に魔法を少女師匠に教えてもらう事になった。師匠は俺が思っている以上に教えるのが上手かった。記憶が曖昧だが4日目に魔力を感じれる様になったので次は魔力をコントロールする練習と魔法陣を構築する勉強をした。
魔法陣の構築はプログラミングに似ていた。魔法陣には様々な指示を与える事が出来た。基礎となるのは魔力を別のエネルギーに変えるプログラム。
風、炎、水など自然の物に変換しそれを操作する魔法だ。この基礎が出来ないと他の魔法陣を扱うのは不可能なくらい難易度が高い。この程度の魔法を無意識で行える世にならないと魔法使いを名乗る事が出来ないそうだ。
「……出来ない」
俺は魔法使いを名乗れるのか心配になって来た。自分の魔力を上手く扱えない。
魔法陣の構築は初級の形なので難しくは無いが、魔法陣の形は円形の為、絵を書けない俺は綺麗な丸が書けない。何度も書き直して数分後やっと一つの魔法陣を書きあげる事が出来た。
この世界の紙は貴重だ、俺は地面に何度も何度も木の棒で魔法陣を書く練習をしてその地面の魔法陣に魔力を注ぐ。
魔法陣となる物は形さえしっかりしていればどのような形状でも問題が無い、神の上でも地面に書いても壁に書いても頭の中で描いても全く問題が無い。
問題なのはその魔法陣に上手く魔力を注ぎ込めるかだ。
書かれた形に沿って魔力を流し込み形を形成し発動を促す。そしてその発動をイメージするのだ。魔力を上手く流し込んでもイメージが確立されてないと発動は失敗する。逆もそうだ、イメージが出来ても魔法陣に均一に魔力を流し込めなかったり、発動の瞬間を間違えると失敗するのだ。
そして怖いのは失敗の結果だ、全くの無反応なら問題が無いのだが、結果によっては暴発したり魔法陣が爆発してしまうかもしれないのだ。
「……とっても痛いです師匠」
「人間が使える魔法の中に治癒魔法は存在しないのじゃ、そして私は共鳴歌を歌う事は出来ぬ、諦めるのじゃ」
切り傷や小さな火傷を腕に沢山刻み巻いている布が赤く滲んできている。
魔力は上手く注げないし、一定の形を保ってくれない、一気に流し込み形がぶれる前に発動しようとしてもイメージが間に会わなかったりぼやけていたりして爆発しかしない。
魔力を無駄には出来ないのでむやみやたらに発動を繰り返す事は出来ない、魔力の枯渇は死を意味するからだ、魔力の枯渇で似ぬ魔法使いは少なくない。自分の魔力の量をしっかり把握して正確に管理しないといけないのだ。
でも俺が魔力の枯渇を心配するのはまだ早いだろう、少量の魔力で発動できる初級の魔法で暴発と爆発を繰り返し身を守る為に無意識に防ごうとする腕がボロボロになり魔法陣を書ける様な力を出せなくなっている。
まだ日は沈みかけで時間はあるが俺は続ける事が出来そうにない、師匠に腕を見せて包帯の代わりになる物をもらい川の水で洗い流して布を巻きつけて怪我が悪化しない様に防ぐ。
魔法の基礎を教えて貰えたが全然進歩の無い自分が情けなくて嫌になる。
腕のチクチクやヒリヒリする痛みに耐えながら魔力操作の練習を始める。
魔力の操作は練習を重ねれば身体の一部の様に動かすことが可能になるようだ、今は何かに抑えつけられている様な重くて扱いにくい感覚だが少しずつ軽くなっていくのだそうだ。
身体の中にある魔力を意識する、俺の中に存在する魔力は無色透明で無味無臭だ。暖かいわけでも冷たいわけでもないし感触も無い。
でも何故か感じる事が出来るのだ、どうして魔力の説明が上手く出来ないのかこの時よくわかった。魔力を表現する方法が無いのだ。そう魔力は五感で感じる事は出来ないから文章や言葉で表現できない。
あえて言うなら第六感で感じているのだ。触れる事も見る事も出来ないのだがそこにある事だけは分かるのだ。
それを自分の意思で動かすのだ。この操作も手や口で動かすのではなく意志だけで操作できるのだがその方法も上手く説明はできない。この世界の物を地球の言葉だけで表現が出来ないのだ。
ベッドの上でリラックス出来る姿勢をとり集中する。身体の魔力の位置を動かしていく左右上下回転……出来るだけ魔力が体内から洩れない様に。身体から漏れ出した魔力は操作が出来なくなる、自分の魔力ではないからだ。
感じる事は出来るが自分の物で無い魔力を操作するのは空気を手で掴んで集める位不可能に近い。だから魔法使いは自身の魔力が少ないとなれないのだ。
「予想以上に疲労するな……」
首筋に汗が滲みゆっくりと肩に落ちていく、身体は一切動かさないが体の内部の魔力を操作するのは精神力と集中力を根こそぎ奪っていくまだ魔力を身体が認識して3日目だからだろうか、馴染めないと言うかあまり身体が魔力の存在を受け入れていない。
たった十数分で頭痛がして操作して纏めていた魔力が体内の隅々に放散した。身体が魔力を受け入れるまではあまり無理をしない方が良いと師匠に聞いたので今日は明日に備えて練る事にした。
7日目も昨日と同じ魔法陣を組み立てて魔力を流し込み発動する練習を重ねた。だが全く成果は薄く更に腕に傷を刻みつける事になった。一つ一つの傷は薄いがその傷が大量にあって傷の上に傷を重ねると流石に顔が歪んでしまう。
師匠は俺が聞けばアドバイスをくれるがそれ以外はずっと俺の練習を見ていた。何かを考えているようだが俺には何を考えているか分からないので気にしないで練習に集中する。
マッチ程度の火すら発動できず小さな爆風で何度も怪我を負った腕がそろそろ耐えられなくなって来た時、師匠が口を開いた。
「今日はもう終了じゃ、このまま続けてもお前の腕が壊れるだけじゃ」
「でもまだ時間が……」
「黒野は自分の腕を傷つけるのが付きなのか?」
「そんなわけ無いですよ」
「じゃあ良いじゃないか? 黒野に仕事を与える」
少女師匠は俺に銀貨を数枚渡してきた。
「黒野の世界の料理が食べたい、この世界にある材料で代用して作ってみよ」
「俺の世界の料理ですか?」
「そうじゃ、そもそも黒野お前一昨日から仕事も何もせずただ飯を食っておるんじゃ、料理くらいして当り前じゃ」
「いや、料理は全然かまいませんが、自分が食べたい物を作っても良いのですか?」
「うむ、美味しければ問題がないぞ」
「分かりました! では行ってきます」
俺は腕の痛みに耐えながらも意気揚々と家から飛び出した。
まだ時間は昼過ぎたばかりでたっぷりあった、そしてこの世界には主食としては流通してはいないが米に似た食べ物も存在する。お金も相当余裕がありそうだ、異世界の食べ物で代用が効く物を確認もできそうだ。
「久しぶりにあれが食べられる」
俺は読書以外にもう一つ趣味があった。それは料理と言うには限定されすぎていてあまり人には言えなかった。ある料理を作るのが大好きなのだ。
召喚初日に歩いた商店街に向かって走る。同じ物は作れないかもしれないがそれに近い料理は作れるはずだ、小説でも同じ調味料や日本にある似た食べ物は良く紹介されていたし、商店街で見た限り必要な材料は大抵揃っていた筈だ。
商店街に着いてまず一番重要な材料を探す。
「トマトと卵……卵は昨日食べたばかりだからあるはずだ」
トマトが無ければあれが作るのが困難になる。一応無くてもできるがやはりあった方が良い。俺は色々なトマトに似た食材を少しずつ買って食べ比べてみる。
色が赤で形がトマトに似ていても全く味が異なる物や、緑の野菜の様でトマトに似ていて甘く美味しい食材があって初めての食べ物とは抵抗はあったが色々食べ比べているうちに慣れてきた。
どの野菜も新鮮で美味しかった。その中で少し苦味のあるオレンジ色のトゥータムと言う食材と、甘みの強い黄色のエンバクトムと言う食材を見つけた。どちらにするか迷ったが、苦味があると少し問題がある為に黄色で茄子の形をしたエンバクトムを使用する事にした。
次は鳥肉と卵だ。この世界には鶏がいないがそれに似た鳥と卵はあった。肉を味見する事は出来ないので店主に出来るだけ肉の長所と短所を聞いて良さそうなエインライトと言う少し高めだが鳥肉と卵を選んだ。
次にタマネギに似たノイオンと言うネギ科の食材と料理に合いそうなキノコを数種類購入した。ニンニクが何故かこの世界にも存在していたのが驚きだった。全く同じ食材はこの世界では結構珍しい発見だ。
調味料は専門店があり、俺が料理の説明をすると興味を示してくれたのか俺が言ったよな調味料とハーブと香辛料を教えてくれた。
この世界は様々な食材や調味料が存在しているが腕利きの料理人が少ない。大抵の料理は焼いた肉や野菜に塩と他の調味料で味付けをしたり、煮込んだりする簡単な料理や調味料と香辛料を生かしたスープだけだ。
まぁこの世界のスープは調味料と香辛料の種類の多さを生かした様々なスープがあり、一種の薬の様な役割をする物までありスープだけなら漢方薬並みの種類はある。だからこの世界を回れば様々な料理の種類が少ないわけではないがやはり地球に比べると料理の種類は少ない。
だから今日作る料理の様にソースを作る様な事は無いのだ。商店街での買い物は思ったより早く終わった、この国は海が近くに無いため魚介類はほとんど見当たらないがこの土地の環境で様々な野菜や家畜が育てられるので今日必要な食材が揃っていたからだ。
更にこの世界には保存方法が常温保存のみなので基本的に食品はついさっきまで生きていた新鮮な肉の筈だ。
俺は買い出した食材をもう一度見直してから直ぐに少女師匠の家に向かった。家に着くと俺は一度手に巻いていた包帯が割の布を外し痛みに耐えながら手を洗う。
料理前は血のにじんだ手で料理なんてできないので川の水でしっかりと血と汚れを落としてキッチンに向かう。
「コンロが無い……いや、何も無い」
キッチンに向かうとそこには何もなかった。
そりゃ日本の様に冷蔵庫やガスコンロやシンクなんてものは無い事は分かっている。だが、そこにはまな板と包丁が置いてあるだけだった。掃除の時なぜ気付かなかったのだろうと今さら後悔しても遅い……。
「帰って来たか、なにを買ったのじゃ?」
キッチンで立ちつくしていると少女師匠がひょこっと頭を出して俺に話しかけてきた。俺の反応が無かったので少女師匠はこちらに来て俺が持っていた籠に入った食材を見て何が出来るのか考えているようだ。
「師匠、今俺が作ろうとしている料理なんですが……」
「おう、なんじゃ? なにを作るのじゃ?」
「すみません、作れないです」
「なぜじゃ!?」
そして火の温度を調節する事が出来ないのは分かっていたが、コンロその物が無いとは思っていなかった。水道も無いため水を汲みに行かないといけないし、その他調理器具がほとんどないのであれを作るには絶望的だった。
俺は少女師匠に料理の説明をする、少女師匠は調理する工程を聞いてふむふむと頷いた。
「それなら任せるのじゃ、私が料理の手伝いをしてやろう」
「え? 何をするんですか?」
「私が食材を加工したり調理の忠助祖してやるのじゃ、黒野が言った事なら全て魔法で代用可能じゃ」
少女師匠はその場で水を出したり火を出してその火の大きさを色々調節して見せたりした。
「これで問題無いじゃろ?」
「はい! 大丈夫そうです、やりましょう!」
俺は少女師匠の魔法に感謝して料理を始める。料理に魔法を使うと言う発想が無かった俺には暗闇にいきなり光が射したように希望が生まれた。
まず、大きな鍋で米を炊く。師匠の魔法陣が電気コンロの役割をするのでとても便利だ。新しい料理が食べられるのが楽しみなのか今までで一番の笑顔で俺の料理を手伝ってくれる。
トマトの代わりのエンバクトムを水洗いして別の鍋で軽く茹でて皮をむく。タマネギに似たノイオンをみじん切りにしてすりおろす。ノイオンはタマネギと違い涙が流れるような成分が無いようだ。いつもタマネギに泣かされる俺は日本にもこのノイオンがあれば良いのにと思いながら切り終える。
ニンニクと塩、砂糖の代わりに蜂蜜に似たランシロップと言う蜜と各種スパイスを準備する。
「師匠さっき俺が言っていたのをお願いします」
「うむ、任せるのじゃ」
エンバクトムとノイオンを鍋に入れて師匠に渡す、少女師匠は鍋の上に魔法陣を描き魔法を発動する、すると鍋の中のエンバクトムとノイオンが勢い置く周りすりつぶされていく。そうミキサーと同じ役割をしてもらったのだ。
どうじゃ!と自信満々に俺に見せると上手くミキサーの様にこす事が出来ていた。俺は少女師匠に感謝をしてそれをそのまま火にかけとろとろになるまで煮詰めていく。
最後に準備した調味料とスパイスを加えて更に数分煮込む。スパイスの中に唐辛子の様な真っ赤な物がありに混ぜていくと黄色から赤の濃いオレンジ色になってきた。
「出来ました!」
「ほう、これがケチャップと言う物なのか」
「トマトケチャップと言いたいところですが、これはエンバクトムで作った物ですからエンバクトムケチャップですね」
少女師匠が小指で味見をしている間、俺は大量のケチャップを瓶に詰めて師匠に冷蔵保存する事を説明する。少女師匠に説明し大量の氷を用意してもらい簡易冷蔵庫を作ってもらった。
次は、エインライトの肉を解体する。エインライトはスーパーに並んでいる様な加工されえいる様な物じゃ無くて丸焼きに出来る様な状態で売られていたので最初分からなかったが試行錯誤して何とかもも肉を加工する事が出来た。
フライパンにバターを入れて鳥の皮を最初にじっくり焼いて油を出す。その後もも肉を加えて炒める。もも肉に火が回り 先ほどみじん切りしたノイオンを加え更に切ったキノコを加えて火が通るまで炒める。
色が変わって着たら先ほど作ったケチャップを加えてかき混ぜながら煮詰めて水分をある程度飛ばし炊きあがったご飯を混ぜる。
ご飯が綺麗に混ぜ合うと綺麗なオレンジ色のご飯が完成した。
「ライスをこんな風に調理するとは面白いな、美味しそうじゃこれで完成か?」
「いえ、最後の仕上げ行きますよ、今回はふわふわとろとろにします」
俺は卵を割り卵に空気を含ませるように良くかき混ぜる。フライパンにバターを入れて全体に広げ卵を投入する。強火熱して混ぜながら混ぜてとろとろの間に火を止めフライパンをトントンと動かし上手く卵を丸める。
「おぉ! 面白い卵焼きじゃ」
「出来上がりました! テーブルに持っていくので一緒に食べましょう」
「うむ!」
テーブルまでテコテコと走っていく師匠を横目にお皿の上にオレンジ色のご飯を盛ってその上に卵をゆっくりと乗せる。それを崩さない様にテーブルまで運ぶ。
「師匠お待たせしました。オムライスでございます」
「良い匂いがするのう、オムライスと言う名前なのかとっても綺麗で美味しそうじゃ」
俺は席に着くと卵の真ん中に切れ目を入れてチキンライスをとろとろ卵で包んだ。それに気が付いた少女師匠が目をキラキラさせて声を上げる。何というか見た目通りの反応で可愛い。
「黒野何じゃそれは! 卵がとろとろしておるじゃないか」
「卵の真ん中に一本の切れ目を入れて開くんですよ、やりましょうか?」
「いや、自分でやる」
少女師匠は慎重にスプーンで切れ目を入れる、その表情は真剣で少し手がプルプルと震えている。これはどう見ても小学生だ。オムライスが大好きな小学生にしか見えない。そんな事を考えていると師匠は綺麗に卵を開けた様で、とっても満足な笑顔で俺を見た。
「どうじゃ!」
「はい、とても上手です、ではそこにさっき作ったケチャップをお好みの量をかけてください」
俺はお手本として真ん中から少しずらして一般的オムライスの形をイメージしてケチャップをかける。師匠も俺を真似して同じくらいのケチャップをかける。
「これで良いのか? もう食べてよいのか?」
「はい、では頂きましょう」
この世界では食事の前は手も合わせないし神様にお祈りもしない、ただ頂きますと食べ物にありつける事に感謝をする。
「美味しいぞ! このオムライスと言う料理。卵がとろとろでこのケチャップとやらと言う物と合っている。黒野がこんなにも美味い料理が出来るとは思っておらんかったぞ」
「俺が作る事の出来る料理はこれだけですけどね、それ以外の料理は一切できないです」
「それでも凄いぞ黒野! 掃除なんかさせないで最初からこのオムライスとやらを作らせればよかったわ、これは毎日食べたいの」
少女師匠は今前見た事の無い満面の笑みでオムライスを食べていた。今まで俺を雑用の様に扱い丸一日空中に浮かせたまま放置とか残酷なほど酷い修行を行う人間が嘘のように少女の顔をしていた。どちらが本当の姿なのか分からないがこの笑顔は本物だろうと思えた。
俺もオムライスに手を付けると、思っていたより良い出来だった。日本とは違う食材でも代用できて本当に良かった。俺自身が大好きなオムライスだけは自宅で何十種類も作ってきたのでそれを生かす事が出来て本当に良かった。
俺がゆっくりと味わっていると一度スプーンを置いて口を開いた。
「よし、決めたぞ黒野、此処にいる間お主は色んなオムライスを作るのだ」
「え! ですが魔法の修行は」
「魔法なぞ一日中やるものじゃない、どうせ黒野の今の状況じゃ昼までに腕が限界を迎えるわ、それに魔法がたった数日で出来ると思うな。黒野の場合、魔法が使えるようになるまでに最低でも後10日はかかるじゃろうな」
「そ、そんなにですか」
「師匠の言葉が信じれぬのか? 魔法の修行は無理をすると死に至るのじゃ、急ぐ事じゃない。それよりオムライスの方が重要じゃ」
「……はい」
こうして俺はこの10日間で魔法の練習を続けるも発動する事は出来ず、最後はデミグラスソースのオムライスを作って笑顔の師匠とお別れをする事となったのだった。