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In The Fantasynovel  作者: kurora
第一章
13/20

11話 魔力

 少女師匠が暮らす家は大きくは無い、日本の一軒家程度だが構造が複雑だった。

 日本ではありえないような場所に階段があったり柱が無駄に多かった。日本の様に優れた建築士がいないのか、それともこの少女師匠がこのような間取りを望んだのかは分からないが掃除が大変なのはどうにかしてほしい。

 やたらと角が多く丸まったところ、小さな隙間が多いので箒を何度も何度も動かさないと溜まった塵がとれないし、拭き掃除も隙間の奥まで手が入らない。

 そもそも俺は掃除が得意では無かった。部屋が汚いわけではない、部屋を汚さないからだ。

 日本で大学生としての一人暮らしをしていた頃は家具全般とノートPCと小説と大学で必要な教材だけだった。

 毎日やる事と言えば大学のレポートを黙々とこなして、終わったら小説を読んだりPCで小説を読んだり……、今思うと家では食事洗濯と小説しか読んで無い悲しい生活をしていたかもしれない。

 まぁそんな事はどうでも良いだろう、そう掃除と言えば学校での掃除や本棚にたまったほこりを払うことぐらいしかやった事が無いのだ。

 だからいきなり掃除しろと言われた俺は初めての大掃除に大苦戦していた。


「終わらない……、このままだと掃除だけで10日間が過ぎてしまう」


 実際に掃除で10日間をすぎる事は無いだろうが一人で黙々と掃除をしていると独り言が多くなってしまう。既に掃除を初めて3日目なのだ。

 そもそもこの家には物が多すぎだ。この世界では貴重な書物が無造作に積んであったり、奇妙な物置や不気味な人形や可愛いぬいぐるみ、謎の植物が入った花瓶。

 どれを見ても統一性無いものばかりでなぜこのような場所に置いてあるか分からない物ばかりだ。一日中掃除しているとこの部屋自体が俺には理解できない芸術ではないかと思うようになってしまった。

 そして掃除中最も嫌なのは俺に掃除を言い渡した張本人だ。

 掃除中なにかと俺を呼び出しては他の仕事を押し付けたり掃除に文句を付けてくるのだ。

 これが姑に苛められる嫁の気分なんだろうか、全く気持ちよくない。どれだけ頑張っても言われる事は否定だけで更に押し付けられる仕事。

 特に言いつけられるのは年下にしか見えない女の子。見た目は関係ないと思っても流石に3日間何度も文句を言われ続けるとストレスは蓄積していくものだ。正直に言うと何故あんな女の子に命令されて掃除を延々とさせられなきゃいけないんだ……。

 心の中で愚痴っているとストレスの現況が現れた。


「掃除の状況はどうじゃ?」

「今、一階の埃を全部落として掃き掃除が終わり拭き掃除に移るところです」


 俺は意識しないと表情があまり大きく変化しない、声が変わらなければ怒っているのか笑っているのか分かりにくいので自分がどう思っているかこの少女師匠には伝わらないだろう。

 この何を考えているか分からない無表情スキルはあまり良い方向に作用しないので久しぶりに活躍した。


「そうか、では拭き掃除の前に庭の草むしりと花に水やりをしておけ」

「……分かりました」


 自分では温厚な性格だと思っていたけどそろそろ限界なのかもしれない、握っていた濡れ雑巾から水滴が落ちる。自分でも奇妙な笑みがこぼれた。

 少女師匠が俺から離れた事を確認し、たまったストレスと言葉を一緒に吐き出す。


「……今日のうちに全部終わらせてやるよ」


 俺はその瞬間から自分の中の何かが壊れた様に動き出した。

 早さ自体は少ししか変わっていないが、今いる空間の細部まで注意して見る事で様々な所の掃除まで同時に行った、絶対に今日で掃除を終わらせてやる。

 気持ちだけでは無い、頭の中は意外と冷静だった。冷静であれば大抵の事は上手くいく、ストレスがたまって頭が可笑しくなりそうな時ほど、冷静にそして力任せにはしない。

 ストレスを吐き出す方法は怒りだけじゃない、上手くエネルギーに変えて効率よく作業をこなしていく、既に2日間この家の掃除だけをし続けていただけあって部屋の物の場所や位置は把握していた、後は無駄のない動きでこの家を攻略する。


「お、終わった……」


 既に日は沈み、青い月が綺麗に輝いていた。

 集中力は既に切れていた。人間物事に集中出来る時間は無限ではない有限だ。途中でエネルギー源だったストレスすらも消費しつくしてしまった。

 今の俺は精神面で疲労しきっていた。体力面ではまだ余裕があったが何も考えたくなかった、精神的に疲れるとお腹も減るし眠くなる。


「寝る前に報告しないとな……」


 フラフラと身体少し揺らしながら少女師匠の部屋に向かいドアをノックする。

 入れという声と共にドアが勝手に開いた。一々魔法を利用するのは普通に身体を使うより精神力、魔力が消費されて効率が悪いはず、何故ほとんどの作業を魔法で行っているのか? それも移動以外の動作を魔力で補うのは相当魔力の量が必要になる筈、この小さな体にどれだけの魔力が秘められているんだろうか……。


「どうした?何を黙っておる」


 俺が少し考えていると大きな椅子に堂々と座っている少女師匠が声をかけてくる。


「すみません、少しボーっとしていました」

「まぁあれだけ集中力を持続して掃除をしていれば疲れても可笑しくないか」

「見ていたんですか?」

「当り前じゃ、黒野がどれくらいの集中力があるのか確かめておったからのう」


 そう言って、今までの俺の行動していた場所を周囲に映し出す。監視カメラの様な映像化魔法なんて聞いたことが無かった。それも何個もの映像を常時再生し続けるだけの魔力の量がどれくらい必要なのだろうか想像もできない。


「そうだったんですか、ですが何故私の集中力を試すような事を?」

「集中力は魔法を使用するのに一番必要な能力だからな、黒野は良い線を言っておるぞ」

「では、やっと俺に魔法を!」

「そうじゃな、では明日から魔法に付いて教えるとしよう、今日は早く寝るのじゃ、魔法は集中力が無いとどうにもならんからな」


 俺は撮み出される様に中へ浮かび部屋から追い出された。一般人と魔法使いの差を実感しながら疲れ切った俺は何も考える事も無くベッドにダイブして意識が切れた様に睡魔に身を委ねた。




 朝、目が覚めると寝る前と違う場所にいた。

 ベッドから落ちていたとか、寝像が悪かったとかそういうレベルじゃ無かった。目が覚めた場所が空中だったのだ。


「……浮いてる」


 身体を動かす事は出来るが地面に足を突く事が出来ない、空中で身体を動かしている姿は他者から見ると滑稽だろう。そう思い俺は直ぐに我武者羅らに動くのを止めて浮かせた張本人を探す。


「諦めるのが早いな、もう少し抗っても良いんじゃ無いかのう?」

「浮かせている張本人が何を言っているんですか、それもそれを見て笑っているじゃないですか、私は見世物になりに来たわけじゃないですよ?」


 俺はクスクスと笑っている少女師匠を見て少し怒った口調で話す。


「まぁ楽しむためにお前を浮かせた訳じゃない、これが黒野、お前の試練じゃ」

「試練ですか?」

「そうじゃ、お前に使っている魔法は私以外の魔力の干渉によって解除される様に出来ている、まずは私の魔力を感じて魔力の存在を認識する。そして自分自身の魔力を操作し私の魔法を解除するのじゃ。自分の意志で魔力を放出するだけで簡単に解除できるから頑張るのじゃぞ」

「え、魔力を感じるってどうやって……」


 俺の最後の言葉を無視して視界から消えてしまった。空中に浮いた俺を何処かでまた遠隔操作映像化魔法を使用して俺を見ているんだろう。


「さて、どうするか」


 何処かで監視している師匠の事を考えている暇は無い、早く何とかして魔法を解除しないと、いつまでたっても浮き続けている羽目になってしまう。

 まずは冷静にならないけいけないがそう思っても簡単には行かない。空中で浮いている状態というのは今まで経験した事の無い状況だ。そう簡単に冷静に対処できるはずが無い。

 落ち着こうと考えていても実行できない、その気持ちがまた俺を焦らせて落ち着けない、まずはこの悪循環をどうにかしないといけない。まずは深呼吸だ、呼吸を整えて身体を落ち着かせる、頭は混乱していても身体の方はまだ対処できる。

 空中で寝た状態を維持したまま身体を動かす事は止め、考える事だけに集中する。

 未だに今のありえない現状と焦りで考えが上手くまとまらないが、出来るだけ一つの事を考えようと意識する。まず考える事はこの魔法を解除する為に魔力を感じる方法だ。


「でもどうすればいいんだ……」


 魔力なんて地球には存在しなかった物をどうやって感じれば良いんだ……。

正直、無理だと手を挙げて降参したいところだが、そうしてしまうともう魔法を使う事は出来ないかもしれない、投げ出したい気持ちを抑えてまずこの世界の魔力について知っている情報を整理する事にした。

 魔力はこの世界の何処にでも存在する物だ。空気と同じ又はそれ以上にありふれた存在と言っても良いだろう。だがそれを認識する事は出来ず、感覚のみで扱わないといけないがその感覚を掴んで扱えるのは魔法使いだけだ。

 魔法使い以外で魔力を感じられるのは上級者の戦士や共鳴歌手だけだ、それだけ魔力の存在はこの世界のありふれてはいるが一般人から離れた存在なのだ。


「あ……これ今日の間に地上に降りられるのか?」


 魔力を感じるって思っていた以上に難しそうだ。吐き出しそうになったタメ息を飲み込んで前向きに考える。今は落ち込む時じゃない、絶望的でも絶体絶命でも無いただ攻略までの道のりが険しいだけのだ。

 それも今の環境は全く悪くない、少し師匠の性格が歪んでいたりするが、この世界で生きていける環境と魔法を学ぶことの出来る環境が揃っている。

 これは確実の他の召喚されて来た人達に比べ確実に良い条件が揃っている筈だ。それなのに状況に甘んじでいる訳にはいかない、強くなる為に一刻も早く魔法を自分の物にしないといけない。


「よし、悪くない。頭の中の整理は出来た、後はこの問題をどうやって解決するかだ」


 言葉に出して気持ちが落ち着いているかを確認する。思ったより冷静になれたようだ。

 だが思いのほか時間が経っていた。この世界に正確な時計は存在しないが太陽の位置を見ればある程度の時間の経過が分かる。

 この世界の太陽は地球と同じように動いているはずだからもう昼に近付いていた。朝食を食べていないのでそろそろお腹の空き具合もヤバくなって来ている。

 魔力がどんな物か分からない今、自分が知っている魔力という物をイメージする。身体から湧き上がるオーラや、溢れ出るような黄色い炎など、漫画やアニメにある様な存在しないエネルギー素材をイメージする。

 時には全身に力を込めて唸ったり叫んだり、時には全身の筋肉を脱力して無心になり身体から魔力が出てこないか試したりしたが全く無反応に終わる。

 昔、小・中学校で考えていた事と同じような事をしている自分が重なって恥ずかしくなり顔の温度が上昇したが止めるわけにはいかない。


 それから数時間経って既に魔力を感じたいと言うより早く地上に降りたかった、いや降りなくても良いからこの空腹を満たしたかった。

 日は沈みかけ空は赤く染まりつつあり、その間何も飲む事も食べる事も出来ていない為集中どころでは無かった。忠則ではないが何か食べないと何も考えられないし生きていけない……。

 俺は朝食から始まる人間だ。朝を抜くとその一日は絶対に好調では無い。今日もその日だ、集中力は昨日の半分以下だったし時々頭がくらくらしていた。

 感覚は鈍くなり無駄に力を入れない様に脱力した。空中に浮いている状態だから足と手が下に垂れて空をただ見上げていた。


「朝食さえ食っていれば昼も夜もいらないのに……朝食を食えないとか死ぬ」


 そろそろ晩御飯の時間だな……、色々身体を動かし続けたおかげで身体の動きは鈍く動かしたくない眠いけど空腹で寝れない。もう何もしたくない、ただ栄養を身体に補給したい。

 でもただ朝食を抜いただけでこんなにも身体がだるくなるのだろう……、今思うと可笑しいかもしれないがそんな事を考えるのも億劫になってきた。身体が浮いている筈なのにとても重い、頭が痛くなってきた。

 何故かイライラしてきた。身体が自分自身の異常にストレスを感じたのだろうか、昨日の様に集中力はもう無い、体力もあまりなかったが動かせない程ではない。


「多分これで上手くいかないと気絶するな……」


 俺は残りのエネルギーを振り絞り力を入れようとした瞬間。押しつぶされる様な感覚が俺を包み込んでいるのが何となく分かった、空気圧に似ている出似ていない、水圧に似ているようで似ていない何かに圧迫されている感覚が何故か感じ取れた。


「――――!!!!」


 俺はその瞬間脳裏に電撃が走った様な感覚が生まれた、身体が何かを認識したのだ。

 そしてその感覚が自分自身の中にも存在している事も同時に理解した。身体の中のその存在は操作可能だ、自分自身で自由に扱える。

 その存在を少し掬いあげる様に持ち上げて身体の外に放出した。身体を圧迫していた存在は消え浮いていた。

 ……そして身体は地面に急落下した。押しているその瞬間走馬灯のようにゆっくりと時間が流れている様に感じた。

 …………あぁそういえばこれが魔力を操作すると解放されるんだっけ

 疲れ切った頭の中で今日の朝聞かされた言葉を思い出して地面に叩きつけられた。


――――ドスン!


 解放感と疲労感と背中に走る激痛で目の前がぐらぐら揺れる。その瞬間今日の朝見た少女師匠が視界に現れて何かを喋っているが意識がハッキリしていない為聞き取る事が出来ない。俺は最後の力を振り絞り言葉を絞り出す。


「師匠、ご飯が食べたいです……」


 俺はその瞬間目を閉じて意識を失った。


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