09話 共鳴
朝起きた時、今までにないスッキリとした目覚めだった。
近くに流れている川の流れと小鳥のさえずりをこの世界で初めて聞いた気がした。顔を洗う為に外にでると視界が広がっていた。
初めてこの世界を直視したのかもしれない。朝日はまぶしく雲ひとつない天気だった。
私は川辺で顔を洗い深呼吸する、空気はとても美味しかった。空気を肺にいっぱいに詰め込み酸素を身体に行き渡らせ、静かに吐き出す。日本に居た私の身体が異世界に馴染もうとしている気がした。
何で今まで気が付かなかったんだろう。この世界はとても美しかった。もちろん、人は死んでいるし綺麗事ばかりではないけど、自然と共存出来ているこの世界は芸術作品ともいえる美しさだ。
川には魚が流れに逆らい泳いでいるし、小鳥達は歌っていた。風も心地が良い。猫に似た動物がゆっくりと歩いている。木には見た事の無い木の実が赤く染まりその木の根の近くの草は綺麗な花が咲いていた。
知らないうちに私は口ずさんでいた。
歌詞は覚えていなかったがハミングで聞いた歌を思い出しながらゆっくりと声に出していた。口ずさんでいるとこの曲が生まれた理由が分かった気がした。
この世界で生きていけば自然と歌いたくなってくる。歌詞が分からないのがもどかしかった。直ぐにでも共鳴歌を歌いたくなった。『歌わなきゃいけない』ではなく『歌いたい』という気持ちが一気に膨れ上がった。
私は急いで準備をして走って病院に向かった。
――――共鳴歌が聞きたかった。歌いたかった。
昨日の朝とは違いモノクロ画像が色彩豊になった様に変わった。人が死ぬのは悲しかったが、目を背ける事を止めた。まだ心をズキズキと痛むが耐えられない物では無かった。自然と声が大きくなり笑顔が漏れた。
昨日倒れた私を心配していた人にお礼と言って直ぐに仕事を始める。
仕事は大変だが苦痛ではなかったし汗をかくのが気持ち良かった。怪我人に声をかける様になったのは私自身驚いた。
周りも私の変化に驚いていたが直ぐに驚いた表情から微笑みに変った。
自然と歌を口ずさんでいた。共鳴歌を聞いて、それに合わせて口ずさんでいた。歌詞を理解できなくても何かが伝わった。
そんな事をしている間に知らないうちに日が沈み始めていた。
私は仕事を急いで終わらして、レーアさんに合う為に昨日と同じ小部屋に走った。
「お待たせしました!」
「あら、取っても良い笑顔ね。昨日はあの話を貴女に言って正解だったようね、良かったわ」
レーアさんは昨日と同じように私に微笑みかけてくれている。机の上には昨日とは比べ物にならない量の譜面が積んであった。
「じゃあ昨日言った通り、覚悟して泣いて謝ったって手は抜かないわよ」
「はい!」
練習はただひたすら歌う。歌詞の読めない私の為にレーアさんは一つ一つ発音と歌い方を指摘しながら歌い。私に復唱させた。
歌詞の内容を見るととても綺麗だった。自然に感謝する歌。様々な者を愛する歌。前に進む為の歌。歌詞の意味を理解した私は更に共鳴歌が好きになった。
歌詞をイメージして歌う。精一杯気持ちを込める。たどたどしい歌い方だったが歌い続けた。
大変だが楽しい時間は直ぐに終わってしまう。レーアさんは私に大量の譜面を貸してくれた。
「寝る前に目を通して口ずさんでね、大きい声は駄目だからね、周りに迷惑をかけてしまうから」
宿に付き寝る準備を直ぐにした私は眠くなるまで譜面を読み続け口ずさみ続けた。
4・5・6日目とただひたすら共鳴歌を口ずさみ続けた。精霊との共鳴は出来なかったがレーアさんは私の成長に驚き喜んでいた。
「もしかしたら貴女が此処を出るまでに精霊と共鳴が出来るかもしれないわね」
冗談かと思ったが、レーアさんの表情を見ると真剣な顔だった。
私はレーアさんに答えようと歌詞を必死に覚えた。歌に関連する言葉をいくつか理解する事が出来た。
少しずつ歌い方に違和感が無くなってきたのが自分でも分かった。
7日目の朝、私は目が覚めたと同時に起き上がり朝の支度をして病院に向かった。
既に名前も覚えられて病院の職員達と仲良くなった私は仕事は苦痛でも何でもない物になった。身体を動かすと生きている事が実感できる。死と言う物を直視する事によって生きていられる事に感謝する事が出来るようになっていた。
この世界に来てからたった数日でとても成長した気がした。いや実際成長したのだろう。
本に囲まれた一人の世界が好きだった私は友達と言えば黒野達だけだった。中学高校と地味に過ごしていた私は大人しい女の子のグループにずっと属していた。更にそのグループでも大人しい人間だっただろう。
大学に入ってもこのまま地味に生きていくのだろうと思っていたのだが、それを変えたのが黒野だった。
出会いは文芸系のサークルに入ったのがきっかけだった。私は読んだ本について話をしたいと心のどこかで思っていたのだろう。
だけど入ったサークルは名前だけだった。ただ集まって本も読まず何か喋ったりゲームをやっていただけだった。
直ぐにこのサークルは駄目だと思った。だけど歓迎会だけは出てみようと大学から少し遠い居酒屋で歓迎会があったので参加したのだ。
そこで特に運命的な出会いがあったわけじゃ無かった。ただ、私の様にサークルのイメージが違い、明日にでも幽霊部員になろうと思っていた人が黒野だったのだ。私はこの時も地味な服装で周りからの反応も無かったのでずっと隅で歓迎会が終わるまで喋っていた。
帰りに連絡先を交換してから、少しずつ交流が増えた。サークルには行かなかったが黒野とは良く合うようになって、黒野の紹介で大きな身体のたー君とも友達になれた。
自分でも驚いていた。私にはこんなにも行動力があったなんて、初めて同じ趣味の人と知り合ってその分野について話す事がこんなにも楽しいとは思わなかった。
知らないうちに私はHPを立ち上げ、サークル活動をし始めていたのだ。面白い、楽しいという感情は私をどんどん突き動かしていったのだ。
そしてこの世界に召喚された今、また私は成長した。
高校の時の私が今の私を見たら別人だと思うだろう、ドッペルゲンガーを疑うのかもしれない。それくらい私は変った。これが大人になると言う事なんだろうかと思いながら衣服を干していた。
この日、遂に生死の境目をさまよう患者を担当させてもらう事になった。恐怖は拭えなかったが、精一杯頑張った。何人もの死を目にしたが其れを受け止めた。そして生き延びた人の笑顔に涙した。
そしてまた日が沈む頃、レーアさんの所に向かう。私はいつも通りの頬笑みで迎えてくれるレーアさんをお姉さんの様に慕っていた。この人がいなかったら私は様々な感情に押しつぶされ駄目になっていただろう。黒野かたー君に助けを求めて逃げていたかもしてない。
「何? 私の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、いつもありがとうございます!」
「お礼なんて良いわよ。でも嬉しいわ」
脈絡もなく感謝の言葉を告げてしまったけどレーアさんの頬笑みがさらに増したように見えたので良かった。
レーアさんは、私に始めるわよと歌う準備を急がせる。時間はあまり多くは無いのだから時間を有効に使わないといけないのだから当たり前だ。
一音ずつ正確に音を合わせて声を出す。都合良く絶対音感を持っている訳じゃない私は毎日このトレーニングをして身体に覚えさせるしかない。昔から楽器と触れ合う機会があったので正確ではないが、ある程度の音を当てる事は出来るようになった。
この世界では音階がドレミファソラシドでもなければイロハニホヘトイロハでもない。もちろん楽器の様にドイツ語読みのでもなかったので全ての記号を日本語に変換し、当てはめるのは大変だった。
だが、覚えてしまえば音楽の規則はほとんど一致していた。それからは合唱の練習をひたすら続けるだけだった。
この世界の言葉は音楽の場合にのみ使用できるようになった。通常の会話では分からない言葉が多すぎるし片言になってしまうのでこの世界の言葉を使うにはまだ長い時間がかかるだろう。
歌うのが楽しかった、毎回全力で心をこめて歌った。だがこの数日間何度も何度も精霊と共鳴使用と心をこめて歌っていたが全く反応は無かった。
焦ってはいなかったが、私が歌っている歌を共鳴歌にしたかった。
「歌は既に合格点ね。後は精霊と共鳴するだけだけど。これはもう歌い続けるしかないからね、最初の一回が一番難しいわ。歌う時は常に全力で歌って精霊が貴女を認め共鳴をしてくれるのを待ち続けるしかないわ」
レーアさんの言葉を聞いて歌詞を読み、歌い方を覚え、何度も歌った。病院の就寝時間まで歌い続けたが今日も結局共鳴は出来なかった。レーアさんに礼を告げて病院の門の前でさようならと別れる。
残りは後2日になってしまった。共鳴歌を歌えるようにはなってきたが、まだ使用できない。
レーアさんが言うには数日で共鳴出来る人もいれば何十日経っても一向に共鳴出来ない人もいるんだそうだ。最初の精霊との共鳴は完全に精霊側の気まぐれなのだ。
直ぐに気に入る精霊がいれば気に入らないと思う精霊も沢山いるらしい。私はこの世界の人間じゃないが精霊は私を受け入れてくれるのだろうか……。
今日の勉強と練習、共鳴歌について考えていると既に宿の前に来ていた。
昨日までは帰ってから直ぐに就寝していたが、今日は何故か眠くなかった。身体の汗を拭きとり、2日前に毎日同じ服を着ていた私を見てレーアさんが一緒に服を選んでくれた代えの服に着替える。
身体が適度に疲れて気持ちが良かった、多分ベッドに入れば直ぐに眠れるかもしれない。
だけど今日は少し眠りたくなかった。朝に顔を洗う為にいつも向かう宿の裏庭に当たる川辺に向かった。
月は青かった。そもそも正確には月とは言わないのだろう。この世界のどういう言葉で表現されるのだろう。考えるととても楽しかった。
月明りに照らされていた川の流れは、心地の良い音を響かせ幻想的な雰囲気を漂わせていた。
押し隠していた、『帰りたい』と言う気持ちは少しずつ和らいでいた。帰りたくない訳じゃ無かったけど、まだ帰る前にこの世界を見ていたかった。
どうせ帰る方法が分からないのなら皆と一緒に帰る方法を探しながらこの世界を見て回るのも悪くは無いと思えるようにまでなっていた。開き直ってしまったんだろう。こんな状況で後ろを向き続けても良い事何て無いんだ。
川の向こうの森林には月明りに照らされた淡い青に染まり、所々月明りに反応してか光を放っていた。
見れば見るほど幻想的だった。私は静かにこの世界を見つめていた。どれくらいの時間だろうか、ただ自然を感じている私自身も自然の一部になった気がした。
「――――――」
自然と声が漏れていた。自分が歌っていた事に気が付くという体験を始めてした。
身体が歌に飢えていたんだろうか、気が付いても全く驚かなかった。囁くような歌声がだんだんと大きな声になっていた。
歌っていたのは共鳴歌の中の自然を愛する歌。共鳴歌は誰かを癒す為だけにある歌では無い、何度も歌って分かった、この世界が好きな人達が作った歌だ。
歌う度にこの歌が、この世界が好きになる。
「――――――!!」
その時だった。後ろから何かの気配を感じたと思った瞬間、誰かに抱きしめられたような感覚に襲われた。それは暖かく、幸せを感じた。
一瞬何が起きたかわからなかった。ただ幸福だった、ずっとこの感覚に包まれていたかった。ただそれだけの為に歌い続けた。たった数分の曲を、私が歌う事の出来る歌をつなぎ合わせ歌った。
20分くらい歌い続けていただろうか、歌い終わった直後息が切れて、身体の力が抜け虚脱感を感じた。
その場に座り込み全く動ける気がしなかった。最初何が起きたのか分からなかったが、呼吸を整えて、頭が働くようになって分かった。
「……成功した」
ぼーっとしていた。共鳴歌が成功したのは分かった。精霊を感じたのがはっきりとわかった。私だけの精霊との共鳴する感覚を味わったからだ。
嬉しかったが歌いすぎたようだ。共鳴歌は歌声で精霊を呼び共鳴し、心を消費して対象を癒してくれるため、歌い終わった後の疲労感は大きい。
身体は疲れていなかったが、共鳴歌を歌えた喜びを表現できる力が生まれなかった。
私はフラフラになりながら立ち上がりゆっくりと宿に戻った。
今の私を見たら夢遊病者だと思うだろう、それくらいゆっくりとフラフラしながら裏口から宿の中に入って布団にもぐった。嬉しさより心の疲弊が凄まじく死んだように寝た。
目が覚めた時、心が癒えていたのを感じた瞬間飛び上がり布団の上で創作ダンスを即興で作った。この姿は誰にも見せられないだろう変な踊りを息が切れるまで踊った。
嬉しかった、ただ嬉しかった。これこそ満面の笑みだろう。一人でニヤニヤしているのはコメディの小説を読んだ時以来だ。
何とか顔の筋肉をほぐして顔を洗い病院に向かう。直ぐにレーアさんに報告したい気持ちでいっぱいだった。
「聖歌隊の人は既に中央都市に帰りましたよ」
依頼者が走ってきた私の顔を見て告げた。多分とても誰かに何かを伝えたいと言う気持ちを顔に出していたんだろう。
だがそんな事はどうでもよかった。
「……なぜですか? まだ此処には大勢の怪我人がいるんですよ!」
「そうですが、既に危険状態の患者はいません。後は私達の出来る範囲の処置と本人の治癒能力で何とかなります」
依頼者の言う通りだった。既に怪我人の処置は出来ていたし、死につながる危険性と言えば感染症などの今現在気を付けておけば大丈夫なものだろう。危険だった人達は生と死の二つに分けられていた。
だけど納得がいかなかった、レーアさんが私に何も言わずにいなくなるはずが無かった。
「でも……何故今日だったんですか?」
「まだ貴女は知らないのね。さっき、ギルドの表に新しい依頼書が張られたの。……戦争の為の傭兵募集だったわ」
戦争……、その言葉に色々な事が頭の中で交差した。この世界の戦争。戦争が起こる事によって生まれる残酷なほどの死者。
この戦争開始の合図で私達の様な召喚された者は今何処の時代でどの場所なのかが分かっただろう。
だが、今私が気にしているのはその事では無かった。
「なら、まだ聖歌隊の人達はこの病院を出てあまり時間は経って無いのですね」
「えぇ今なら走れば間に合うかもしれないわね、でも貴女には仕事があるわよ」
「すみません、帰ったら私聖歌隊の代わりになりますので少し時間をください!」
「え! 貴女、この数日で共鳴歌を歌えるようになったの?」
最後に依頼者が何かを言っていた気がするが私は聞かないで直ぐに病院を飛び出した。中央都市は大通りをまっすぐ進めば到着する。直ぐに中央都市に続く大通りに向かう。
今日会わないといつ会えるかわからない、いや多分もう二度と会えないだろう。私達はこの国を出ないといけなくなってしまった。
二度とこの国に戻ってくる事は無いだろう、たとえこの場所に戻ってきたとしても、その時はこの国は別の名前になっているはず。
――――この国は次の戦争で大敗して名前の無い国になってしまうのだ。
それは第一話で戦士ライオルがこの国から出るまでのプロローグで語られていた。
戦争の多い国だったのは主人公の故郷だけだ。それもこの短期間に新しい戦争が起こるとなればこの時代は小説のプロローグ部分か、又はそれよりももっと昔の時代になるだろう。
この時代が小説の始まりと同じなら、これから剣士ライオルは悲劇を迎える事になるだろう。
助けたいがライオルがどの孤児院に通っているかわからない。この戦争の多い大国なら孤児院の数は少なくは無いだろう。
この時代が物語の始まりだと言う確信はまだ無いし、ライオルが何処の都市の孤児院かもわからない今、私が今から探したところで手遅れだろう。
もしかしたら私以外の他の誰かがライオルの悲劇を止めるかもしれない。完全に他人頼りだが、今私がしないといけないのはこの世界の主人公との対面じゃない。
短期間だけど身元も解らない一人の女性に親身になって共鳴歌を教えてくれた恩師に感謝の言葉を言わなければ。
全力で大通りを走る。学校の体育の授業でも此処まで真剣に走った事は無かった。足が直ぐに悲鳴を上げているのが分かったが、無視して走り続ける。
「レーアさん!!」
目の前には聖歌隊の服装を纏った女性達が中央都市に向かっていた。
後ろ姿ではレーアさんがいるかどうか分からなかったがなりふり構っていられなかった。大きな声で叫んだ事で聖歌隊以外の商店街の人達も私を見ていた。
恥ずかしくは無かった、此処で恥ずかしがって何も言えなかったらずっと後悔し続けるだけだ。それだけはしたくなかった。
直ぐに聖歌隊の中からレーアさんは現れた。
「あら、此処まで追いかけてくれるなんて嬉しいわ」
「当り前です! 私、レーアさんのおかげでこの世界で生きていく自信が付いたんです」
「この世界? 面白い言葉の使い回しをするわね」
レーアさんは何時もの様に微笑んでいた。
さっきまで走っていたので息苦しかったが、何とか声をだす。持っていた、譜面と本をレーアさんに突き出す。
「それは貴女に上げるわ、実は恩師から頂いたものなの。その内容はすべて頭の中に入っているわ、それは必要とされている人が持っていた方が良いのよ」
「……でも」
「貴女も誰かに共鳴歌を教えてあげて、その時それを渡してあげて」
私の前まで来たレーアさんが私の頭をなでる。
「私、昨日の夜やっと共鳴歌を歌う事が出来たんです!」
「流石私が見込んだだけあるわ、貴女の共鳴歌を見る事が出来ないのは残念だけどね」
「信じてくれるんですか?」
「貴女がこんな時に嘘をつく人じゃない事くらい分かるわ」
私の頭をなでる手はとても優しく安心した。このままずっとこの人に共鳴歌を教わっていきたいと思った。でももうこの人の頬笑みは見れない……。
「この数日間、本当にありがとうございました」
レーアさんから一歩下がり大きく頭を下げた。頭を下げるのがこの世界のルールに当てはまるのかは分からないが、私自身が出来る誠意は頭を下げる事だけだ。
「頑張ってね」
優しい声が聞こえた。多分その顔は微笑んでいただろう。
だがその姿を見る事は出来なかった、頭を上げる事が出来ない。また地面に水滴が落ちていた。
涙を見せたくなかったのだ。
「お願い。私が救う事の出来ない沢山の命を救ってあげてください」
「はい……頑張ります!」
出来るだけ泣いている事を悟られない様に声を出す。多分ばれているだろうけど……。
それでも泣いている姿をレーアさんに見せたくは無かった。レーアさんが私の頭をポンポンと軽く叩いて離れていく。
足音が少しずつ小さくなっていく。これでお別れだ……。
涙が止まらなかった。また水たまりが出来ている。周りに人がいて私を見ていたが抑える事が出来無い。
泣きやんで顔を上げると既に聖歌隊は遠くにいた。もう一度だけ頭を下げて聖歌隊とは逆の方向へ進む。
「お待たせしました。聖歌隊の人達には敵いませんが、私に共鳴歌を歌わせてください」
既に準備は出来た。集合まで残り2日、後はただ実践し自分が歌える曲を増やして私が救える人を救おう。
――――人が癒えるなら何度でも歌おう、命が救われるならいくらでも心を削ろう。
こうしてあかりの10日間が終了した。