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In The Fantasynovel  作者: kurora
第一章
10/20

08話 感情

「あー難しい……」


 宿について寝る準備を終えた私は頭を抱えて宿の机の上で唸っていた。

 机の上に置かれているのは一冊の本と記号だらけの紙が数枚。

 本は病院にあった一冊の本を借りてきたのだ。本の内容は理解できた。だが日本語では無かった。

 この国の文字だろうか?それともこの世界共通の文字だろうか?今の私には解らないが、何故か文字の理解だけは出来た。

 今思えば、ギルドの依頼書も日本語では無かった。何故そんな当たり前な事を疑問に思わなかったんだろうと考えたが、明確な答えは出てこない。

 推測だけど、自動翻訳魔法と同時にそれに対する精神作用の魔法が一緒にかけられたのでしょう。

 でも、読めても問題が解決できた訳ではなかった。文字が理解できてもその文字がどう発音するのかが分からない……。

 基本的に全て日本語に自動的に変換し理解してしまうので、この国の言葉と文字を理解できても意識的に使用する事が出来ないのだ。

 簡単に言えばこうだ。

 1、異世界の言葉で会話や文字でやり取りする事は可能。

 2、異世界の言葉の意味を理解するのは不可能。


「異世界の言葉なんてたった数日で理解できるわけ無いわ……」


 結果的に解った事は、共鳴歌を歌うには言葉を覚えるしかないのだ。

 外国語を覚えるのだって、半年以上はかかってしまうのに異世界語何てどうやって覚えればいいの……。私は既に誰かに降参したい気持だった。


「せめて、教科書や辞書があれば良いんだけど……」


 そんなものは無いのは分かってわいても無い物ねだりしてしまう。こんな状態ではもう何も良いアイディアは私の中に生まれてこないわね。悩んでいても仕方が無い。

 それに問題ばかりでは無かった。

 机の上に置いてある本の隣にある記号の羅列。これはこの世界の楽譜だ。

 最初に見た時は意味が全く理解できなかったが、説明を聞くと形が違うだけど元の世界の楽譜とほとんど同じだった。

 並び方や形については独特でまだすべて理解したわけでは無かったがこれなら後数日のうちに全て理解できるだろう。

 私は今日の夕方に教えてもらった事を譜面を見ながら思い出しゆっくりと復唱しながら記号を覚え、静かに譜面に合わせて口ずさむ。

 何度かそれを繰り返し、明日の事を考え私は布団に入った。




 二日目の朝、私は昨日の様に朝から仕事に専念した。だが、私が昨日と同じように仕事をしても周りが同じように動くとは限らない。


 ……その日初めて私の目の前で人間が死んだ。


 この仕事を初めた初日で既に数十の死体を見た私でも、それでも耐えられなかった。

 その男性は左腕が無かった。右手で左肩を抑えただひたすら言葉にならない悲鳴を上げ続けていた。

 直ぐに聖歌隊に引き渡そうとしたが、一人の女性が首を振って私を止めた。それはもう何度も見た事のある、助からないと言うサインだった。

 私は、少しずつ悲鳴が小さくなっていく男性を荷台に乗せて、ゆっくりと身元確認を確かめる部屋に運んでいた。

 男性は既に焦点があっていなかった、ただ「助けてくれ。助けてくれ」と私の方を向き呟いていた。

 部屋に付いて私が男性を引きずる形で動かそうとした時、静かに息を引き取った。

 その瞬間、私は男性の身体を持つ事が出来なくなった。身体の力が一気に抜け身体が震えた。


 …………人が死んだ人が死んだ人が死んだ。


 頭の中で唯それだけが繰り返される。それ以外の事が考えられなかった。思考が停止し、目の前が真っ白になった。

 気が付いた時には私自身がベッドの上に寝ていた。

 病院で働いている女性の一人が私を見つけてくれたそうだ。その女性によると、死体を目の前で、吐いて涙や鼻水を流しぶつぶつと何かを喋り気絶したようだ。

 私は話を聞いている間、その時の事を思い出し身体が震えていた。目の前で人が死んだ時の恐怖は想像をはるかに超えた。この日はもう仕事をする事は出来なかった。

 夕方になり、昨日と同じ部屋に向かった。


「今日は大変だったそうね」


 昨日と同じ笑顔でレーアさんは私を迎え入れてくれた。

 多分今の私の顔はとてもひどいだろう、此処に来るまでの間に何度も大丈夫かと声をかけられた。今日はもう共鳴歌の練習は控えようと思いレーアさんに告げようとしていた。


「すみません、今日は……」

「ちょっと、私の話を聞いてくれるかな?」


 私の言葉をいきなり遮ったレーアさんは私を近くの椅子に座らせ静かに語り始めた。


「ある一人の少女の話なんだけどね、その子のお母さんが病院に勤めていてね、貴女と同じように一人で病院のお手伝いをしていたわ。その子のお母さんは歌が好きだったんだけど、高い声が出なくて聖歌隊に入れなくてね。それでも誰かを助けたいって思いがあってね、病院でお仕事していたの。まぁそんな事はその子は知る訳が無くて、お母さんを手伝おうと洗濯や布団を直したりと色々頑張っていたわ」


 いきなりで戸惑いつつも、私は静かに聞いていた。


「その子はお母さんとあまり一緒の仕事は出来なかったの。そして何年かが経ってね、その子が貴女より少し年下くらいかな? それくらいの年にね、お母さんの仕事を目の当たりにしたの」

「それって……」

「そう、初めてそれを見たのがその時。その子は数年病院で仕事してたけど、初めての光景だったわ、その時も今の様に戦争があってね、目の前には今の様に死体の山。貴女と同じね」

「…………」


 私はレーアさんの話に聞き入っていた。それを確認してレーアさんは話を続ける。


「それは悲惨だったわ、その時の戦争は長く続いていて今以上だったかも知れない。でも驚いたのは、その中で頑張っていた人達だったの。聖歌隊の人達が必死に歌い続け、その周りで様々な処置をしながら走り回るお母さん達。皆真剣で一秒一秒を全力で生きていた。怪我人も聖歌隊もそのほかの人達も。それを見ていたら知らない間に時間が経ってしまった。その日は何もできなかったわ、何かしようとしても、目の前には何時死ぬかわからない人と死体の山。怖かったし、それを直視できなかった」


 この子は私と似ていた。とてもこの子の気持ちは分かる気がした。


「その時にその子の中に新しい感情が生まれたの、このままではいけないってね。直ぐに聖歌隊の方にお願いしたわ、その歌を教えてくださいってね」

「そ、それって……」

「えぇ、全くあなたと一緒よ。その子も文字は読めなかったし譜面だって見た事が無かったわ。でも必死に練習した。まず譜面を覚えてね、文字は歌詞は一つ一つ聞いて覚えて少しずつ文字を覚えたの。大変だったけど苦痛ではなかった。私が頑張れば死ぬ人間が減るんです、助かった人の笑顔を見ると涙が流れるほど嬉しかった。貴女にもその笑顔を見て欲しいの」

「……レーアさん」

「そういう事で貴女には頑張ってほしいわ、今日はもう何もしませんけど、明日から覚悟してね」


 レーアさんは私に微笑んで、さぁもう帰りなさいと私を部屋から追い出した。

 先ほどの話は多分レーアさん本人の話だと思った。自分と似たような私を見て手を貸してくれたと、今になってわかった。

 そもそも子供の時から毎日病院で手伝いをしていた子供ならまだしも、たった一日仕事を手伝いに来た私に夜遅くまで付き合ってくれる人なんてお人好しにも程があった。

 そんな事も今さら気が付くなんて今まで何も見えていなかったのかもしれない。

 病院を出て風に当たる。この世界には四季がなくて、地方により温度差は一年を通しあまり変動はなかったのを思い出した。

 この国の風は生暖かく、快適とは言えなかった。けど今は日が沈んだ事によって、気温が少し下がり心地の良い風に変わっていた。

 召喚された時からずっと着ている服はこの国に合ったもので、風通しが良く良い風が私に直接あたる。

 私は昨日走って向かった道のりをゆっくりと歩いて帰る。やるはずだった仕事を半分以上やらずにベットで寝込んでいた為身体の調子は悪くは無かった。

 でも、心の方はぐちゃぐちゃのまま、収まりきるはずの無い気持ちを引き出しに詰め込もうとしていた。

 たった数日に色々な事がありすぎていた。いきなり見た事も無い教会に来たと思ったら、今まであって当たり前の物が全くない異世界だった。

 不安と恐怖で今にも押しつぶされそうだった私を救ってくれたのが、いつも何かを考えている様な目つきの男性、黒野だった。

 眼鏡が無かったが、しかめ面の顔は直ぐに黒野だと分かった。私がゆっくり近づいて声をかけると私を知らないと言う、その瞬間すごく不安になったけど、その時私も眼鏡が無く、三つ編みもしていない家にいる恰好だった事に気が付いた。

 そんなに見た目が違うのかしらと疑問だったけど、黒野の大げさなリアクションで怒りつつも今まで感じていた不安と恐怖が消えていた。

 その後直ぐにたー君にも遭遇し、この世界でも全く変わらない2人を見て心は不安と恐怖から安心と安堵に変わっていた。

 でも一人になって、直ぐに始めて死体を目に焼き付けてしまった。また少しずつ私の心に不安と恐怖が蝕んでいた。

 異世界の怖さを知った私は共鳴歌と言う武器を手に入れようと必死になった。そこでぶつかったのは言葉の壁。それでもしがみ付こうと心を無視していた。

 ……そして耐えきれなくなってしまった。

 今思うと無茶苦茶だ、ただのインドア派の女子大生がこんな環境変化に追いつけるはずが無いわ。


「あははっはははは……」


 何故だか笑いがこみあげてきた。既に日が沈みきる寸前で周りに人はいなかった。

 笑い声が少しずつ小さくなって、視界がぼやけていき喉が詰まり笑い声が嗚咽に変わった。それから笑い声に負けないほどの声で泣いた。

 何で笑ったか何で泣いていたかわからなかった。ただ感情を吐き出したかったのかもしれない。今まで我慢していた感情が崩壊した。大粒の涙が土に染み込んでいく。

 どれくらいたっただろう。土の一部が湿っていて泥の様になっていた。日は既に沈み切り、所々にランプの様な明りが点々と付いていた。

 私は直ぐに宿に向かい身体を拭いて借りた本と譜面を片付け寝る事にした。

 まだ何も解決していないし、何かを手に入れた訳でもなかった。

 でも今日一日で私自身の何かが変わった。今までと違う事が分かった。

 感情を吐き出し疲れた心と体を休ませる為に布団の中に入る。

 今日はこの世界に来て初めてぐっすり眠る事が出来る気がした。


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