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第7話 エミリの家


数日後の午後。


今度はカイルが、エミリの家の前に立っていた。


ヴァレンタイン家の屋敷に比べれば、建物はずっと小さい。

だが手入れの行き届いた庭と、磨かれた窓枠が、この家の温もりを静かに語っている。


深呼吸をひとつ。


剣を持つよりも、商談に臨むよりも、なぜか胸が落ち着かない。


扉が開き、エミリが顔をのぞかせた。


「いらっしゃい」


その笑顔だけで、肩の力が抜ける。


「招いてくれてありがとう」


「緊張してる?」


「少しだけ」


正直に答えると、彼女はくすりと笑った。


「大丈夫よ。父は理屈っぽいけど、怖くはないわ」


理屈っぽい。

その表現に、カイルはわずかに安心する。


家の中へ通されると、木の香りがした。

どこか懐かしく、落ち着く匂い。


居間には、ひとりの男性が立っていた。


落ち着いた瞳。

穏やかながらも、観察する視線。


「はじめまして。カイル・ヴァレンタインです」


深く一礼する。


男性はゆっくりと頷いた。


「エミリの父、トーマスです」


声は低いが、威圧感はない。


「遠いところをよく来てくれました」


「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」


形式的な言葉だが、気持ちは本物だ。


エミリの母も隣に立ち、やさしく微笑む。


「どうぞ、楽にしてください」


勧められるままに席につく。


居間は広くはないが、温かい。

棚には古い本や家族の写真が並んでいる。


トーマスが静かに切り出す。


「娘から、あなたのことは聞いています」


「どのように?」


思わず問い返すと、エミリが慌てる。


「ちゃんと良いことを言ってるわよ」


その様子に、トーマスの口元がわずかに緩む。


「冷静で、責任感が強い。自分に厳しい人だと」


カイルは一瞬だけ言葉を探した。


「過分な評価です」


「娘は人を見る目があります」


穏やかながら、芯のある声。


「だからこそ、私もあなたを自分の目で見たい」


ヴァレンタイン家での時間を思い出す。

立場は逆だが、心構えは同じだ。


「当然のことです」


カイルはまっすぐに答える。


トーマスは腕を組む。


「あなたは、娘をどう思っていますか」


核心を突く問い。


飾る余地はない。


「尊敬しています」


カイルは即座に言った。


エミリが目を見開く。


「彼女は強い。自分の弱さを認めながら、それでも前を向く」


静かな声。


「俺にはないものを持っています」


トーマスはじっと聞いている。


「だから隣にいてほしいと思った」


短い沈黙。


「守る、ではなく?」


父の問いは鋭い。


カイルは迷わなかった。


「守るのは当然です」


「だが、それだけでは足りない」


「支え合いたい。対等に」


エミリの母が小さく頷く。


トーマスはしばらく考え、ゆっくりと言った。


「家柄の差を気にしたことは?」


正直に答えるべきだ。


「あります」


エミリが息をのむ。


「だが、それは理由にはなりません」


「なぜ」


「彼女を選んだのは、家柄ではないからです」


真っ直ぐな言葉。


トーマスは目を細めた。


「娘が苦労する可能性もある」


「承知しています」


「そのとき、あなたはどうする」


カイルはわずかに息を吸う。


「共に背負います」


声は低く、揺らがない。


「彼女ひとりに負わせることはしません」


居間が静かになる。


時計の音だけが響く。


やがてトーマスは立ち上がった。


カイルも反射的に立つ。


父は一歩近づき、真正面に立った。


「娘は大切な存在です」


「はい」


「泣かせるようなことがあれば、私は黙っていません」


「当然です」


視線がぶつかる。


数秒の沈黙。


そして、トーマスは手を差し出した。


「どうか、よろしく頼みます」


その瞬間、空気が変わった。


カイルはしっかりとその手を握る。


「こちらこそ」


エミリの目に、涙がにじむ。


母がそっと肩に手を置く。


「よかったわね」


温かな空気が部屋を満たす。


トーマスは少しだけ照れたように咳払いをした。


「まだ正式な話ではないだろう」


その言葉に、エミリとカイルは顔を見合わせる。


確かに、まだ。


だが今日、確かな一歩が刻まれた。


家族としての輪が、少しずつ広がっていく。


小さな居間の中で、未来へ向けた静かな承認が交わされたのだった。



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