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第6話 帰り道の約束


夕暮れがゆっくりと庭を包みはじめていた。


ヴァレンタイン家の門を出ると、昼間とは違う静けさがあった。

空は薄い橙色に染まり、長い影が石畳に伸びている。


エミリはひとつ息を吐いた。


「……終わった」


その声には安堵がにじんでいる。


隣を歩くカイルが横目で見る。


「疲れたか?」


「少しだけ。でも、思っていたより怖くなかった」


正直な感想だった。


カイルはわずかに微笑む。


「父は理屈で判断する人だ。感情に流されない」


「だからこそ緊張したのよ」


エミリは小さく笑う。


「でも、ちゃんと聞いてくれた」


あの応接室での視線を思い出す。

鋭いが、誠実な眼差し。


「逃げなかったな」


カイルがぽつりと言う。


「逃げたら、あなたの隣に立てないもの」


夕風が二人の間をすり抜ける。


馬車が待っているが、すぐには乗り込まない。

少しだけ、この時間を噛みしめるように歩く。


「ありがとう」


カイルが改めて言う。


エミリは足を止めた。


「どうしてそんなに何度も言うの?」


「今日は、お前が試された」


「あなたもでしょう?」


「俺は慣れている」


淡々とした口調。


だがその奥に、ほんのわずかな緊張があったことを、エミリは知っている。


「慣れていても、大切な日は特別よ」


カイルは言葉を返さず、ただ彼女を見る。


夕陽がその横顔をやわらかく照らす。


「父は簡単に人を認めない」


「そうね」


「だが今日は、否定しなかった」


それは大きな前進だ。


エミリは小さく頷く。


「きっと、あなたを信じているから」


「俺を?」


「ええ。あなたが選んだ人なら、理由があると」


カイルは少しだけ目を伏せる。


「そうならいい」


沈黙が流れる。


遠くで鳥の羽音が響いた。


エミリはふと問いかける。


「ねえ、カイル」


「なんだ」


「今日、少しだけあなたの子どもの頃が見えた気がした」


「どういう意味だ」


「お父様の前に立つとき、ほんの少しだけ、緊張してた」


図星だったのか、彼はわずかに視線を逸らす。


「当然だ」


「完璧じゃなくて安心した」


その言葉に、カイルは苦笑する。


「完璧である必要はないだろう」


「うん。私も完璧じゃないし」


二人はまた歩き出す。


石畳を踏む音が静かに重なる。


「これからも、こういう日がある」


カイルが言う。


「家族として向き合う日。迷う日。意見が違う日」


「怖い?」


「いや」


即答だった。


「お前となら、大丈夫だと思っている」


エミリの胸があたたかくなる。


「私も」


短い言葉だが、確かな意思がある。


馬車の前まで来ると、御者が静かに待っていた。


乗り込む前、エミリは振り返る。


屋敷は夕闇に包まれはじめている。


あの中で交わした言葉、食卓のぬくもり、父の視線。

すべてが胸に残っている。


「また来たい」


自然と口に出た。


カイルはその横顔を見つめる。


「次は、もっと肩の力を抜いて来い」


「そうするわ」


一瞬の静寂。


エミリはそっと言った。


「今日は、一歩前に進めたよね」


「ああ」


「でも、まだ途中」


「そうだ」


カイルは真っ直ぐに彼女を見つめる。


「途中だからこそ、意味がある」


その言葉に、エミリは静かに頷いた。


馬車に乗り込む。


扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。


揺れの中で、二人の手が自然に重なる。


強く握るわけではない。

ただ、確かめるように。


窓の外で、夕暮れが夜へと変わっていく。


今日という日は終わる。


だが、家族へと続く道は、ここからさらに深く広がっていく。


エミリはそっと目を閉じる。


隣にいる温もりを感じながら。


そして心の中で、小さな約束を結ぶ。


どんな日も、この手を離さないと。



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