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第10話 前触れ


午後の光が、庭の芝生をやわらかく照らしている。


ヴァレンタイン家では、近いうちに小さな集まりが開かれる予定だった。

両家が改めて顔を揃え、ゆっくりと時間をともにするための席。


名目はささやかな食事会。

だがカイルにとっては、それ以上の意味を持つ日になる。


エミリはそのことをまだ知らない。


その日、彼女はイリーナに呼ばれて屋敷を訪れていた。


「今日は特別な話ではないの」


イリーナは穏やかに言いながら、庭を歩く。


「ただ、一緒に花を見たくて」


エミリは微笑む。


「嬉しいです」


二人は並んでゆっくりと歩く。

春の花が色とりどりに咲き、風に揺れている。


「カイルは最近、少し落ち着かないでしょう?」


不意の問いに、エミリは瞬きをした。


「……少しだけ」


「何か考えている顔をしている」


母の観察は鋭い。


エミリは視線を花へ落とす。


「私も、そう思います」


イリーナは小さく笑う。


「でもあの子は、言葉を選ぶのが下手なの」


「知っています」


「大切なことほど、ぎりぎりまで抱え込む」


その言葉に、胸が温かくなる。


「信じてあげてね」


イリーナは静かに言った。


エミリは頷く。


「信じています」


一方その頃、カイルは書斎でひとり考え込んでいた。


机の上に置かれた小さな箱。


深い色の木でできた、飾り気のないもの。


蓋に指をかけ、開く。


中には細い指輪が収まっている。


華美ではない。

だが光を受けると、静かに輝く。


選んだのは自分だ。


彼女の手に似合うかどうか、何度も思い浮かべた。


「似合うだろうか」


独り言のように呟く。


迷いはない。

だが、緊張は確かにある。


扉がノックされる。


「入れ」


レオニードが入室する。


視線はすぐに机へ向かう。


「準備は整ったか」


「はい」


「皆が揃う」


「承知しています」


父は箱に目を留めるが、触れない。


「派手な演出は必要ない」


「わかっています」


「言葉がすべてだ」


短い助言。


カイルは箱を閉じる。


「父上」


「なんだ」


「もし、彼女が戸惑ったら」


珍しい問いだった。


レオニードは一瞬だけ目を細める。


「その時は、待て」


「待つ?」


「自分の願いを押し付けるな」


静かながら重みのある言葉。


カイルは深く頷く。


「はい」


父はそれ以上何も言わず、部屋を出ていった。


夕方。


エミリは帰り際、玄関でカイルと顔を合わせる。


「今日は会えないかと思った」


「少し用があった」


「忙しそうね」


「少しだけ」


目が合う。


言葉にしない何かが、そこにある。


「近いうちに、皆で集まる」


カイルが言う。


「そう聞いたわ」


「来てくれるか」


「もちろん」


即答だった。


その返事に、胸の奥が静かに熱を帯びる。


「楽しみにしてる」


エミリは微笑む。


その無邪気な笑顔に、一瞬だけ胸が締めつけられる。


この笑顔を守りたい。

だが同時に、隣でともに歩きたい。


「その日は、少しだけ改まるかもしれない」


思わず口にする。


「どういうこと?」


「来ればわかる」


エミリは首をかしげる。


「またそれ?」


「すまない」


彼女は笑う。


「いいわ。待つのも嫌いじゃない」


その言葉に、決意がさらに固まる。


夕陽が二人を照らす。


日が沈めば、もう後戻りはできない。


だがそれでいい。


家族が揃うあの日、

皆の前で、はっきりと言葉にする。


祝福を受け取る覚悟は、もうできている。


エミリの背中を見送りながら、カイルはそっと拳を握った。


その日が、確実に近づいている。


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