第六章 時を喰らう白銀の魔女
世界の北方、氷雪に閉ざされた王国〈フロストリア〉。
一年のほとんどが白に染まり、吐く息さえ凍る極寒の地で、王城よりも古い塔が一本、静かに立っている。
〈クロノスの塔〉――そう呼ばれるその塔には、決して老いない魔女が住むという噂があった。
名を、エリシア。
だが、その名を呼ぶ者はほとんどいない。
人々は彼女をただ、こう呼ぶ。
「時の魔女」と。
彼女は百年以上前から姿が変わらない。白銀の髪、氷のように透き通る瞳、年若い少女の姿のまま。
しかしその瞳の奥には、あまりにも長い時間が積み重なっている。
彼女は王国の王女として生まれた。
幼少の頃から聡明で、魔術の才に恵まれていた。だが、彼女の才能は異質だった。
火や水ではなく、“時間”に干渉する力。
最初は些細なものだった。落ちた杯を、地面に触れる前に戻す。破れた本を、破れる前の状態に巻き戻す。
誰もが驚き、そして恐れた。
「神の領域だ」と。
転機は十六歳の冬。
隣国との戦争が激化し、王城は襲撃された。父王は討たれ、母も重傷を負う。
燃え盛る城内で、エリシアは初めて本気で力を使った。
「止まれ」
その一言で、世界が静止した。
炎が揺らめく寸前で止まり、矢が宙で止まり、敵兵も味方も動きを失う。
彼女だけが動ける。
だが、それは“止める”だけだった。
時間は再び動き出す。歴史は変わらない。
彼女は選んだ。
巻き戻すことを。
世界を、数時間前へ。
燃えていない城。生きている父。まだ攻め込んでいない敵。
成功したかに見えた。
だが代償があった。
彼女の身体から、時間が失われたのだ。
老いない代わりに、未来も失う。彼女の時間は固定され、流れなくなった。
それでも彼女は戦い続けた。
何度も何度も時間を巻き戻し、戦術を練り直し、敵を出し抜く。
一度目で失敗しても、二度目がある。三度目がある。
やがて彼女は、百戦百勝の軍師となる。
だが、気づいた時には遅かった。
父も母も、老いて死んだ。
友も、家臣も、皆、時の流れに従って消えていった。
彼女だけが、取り残された。
時間を操れるのに、自分の時間は進まない。
孤独だった。
王国は彼女を敬い、崇めた。だが同時に恐れた。
不老の魔女。歴史を改竄する存在。
ある夜、隣国が禁呪を使い、巨大な時空歪曲魔法を発動した。
王都が丸ごと消滅しかねない規模。
エリシアは塔の頂に立ち、両手を広げた。
「……これで最後」
彼女は時間そのものを“喰らった”。
歪曲を取り込み、自らの内部に封じ込める。
世界は救われたが、その瞬間、彼女の時間は完全に止まった。
鼓動も老化も変化もない。
永遠。
それが彼女の刑だった。
それ以来、彼女は塔に籠もる。
必要とあらば助言を与え、災厄が起これば止める。だが前に出ることはない。
そんなある日、塔の空間が歪んだ。
黄金の光が、時間停止をすり抜けて差し込む。
「八つの最強を集めよ。最後の一人に、願いを与えよう」
願い。
彼女は久しく考えていなかった。
もし、もう一度時間が流れるなら。
もし、老いることができるなら。
もし、“終わり”を迎えられるなら。
それは、贅沢だろうか。
白銀の髪が揺れる。
「……退屈していたところよ」
彼女は塔の結界を解く。
時間が止まったままの身体で、空間を切り裂き、外へ出る。
人々は彼女をこう呼ぶ。
――時を喰らう白銀の魔女。
そしてその異名は定まる。
《永劫凍時の魔女》エリシア・フロストリア
これで六人。
剣。
海。
銃。
拳。
影。
そして、時間。
全員最強。
全員優勝狙い。
黄金の塔は、さらに二つの席を残している。
そして、世界は静かに震えている。




