第三章 死を拒む紅き魔弾
世界の中央大陸、その最果てに広がる灰色の荒野〈グレイヴ・フィールド〉。そこはかつて千年戦争の主戦場であり、今もなお無数の墓標が並ぶ死の大地だった。昼でも薄暗く、地面には折れた剣と錆びた鎧が半ば埋まり、風が吹くたびにどこからともなく鈴のような音が鳴る。死者の嘆きだと人は言う。
その荒野のど真ん中で、少女は生まれた。
名は、アイリス。
正確には、生まれたのではない。掘り起こされたのだ。
墓守の老人が、ある日奇妙な光を見た。地面の下から赤い輝きが漏れている。恐る恐る掘り返すと、そこには棺があった。千年前の戦争の紋章が刻まれた、古い戦棺。その中で、少女は眠っていた。
息をしていない。だが、腐ってもいない。
老人が蓋を開けた瞬間、少女は目を開いた。血のように紅い瞳。驚きも恐怖もなく、ただ静かに周囲を見回した。
「……ここは?」
声は、ひどく乾いていた。
それが、彼女の始まりだった。
彼女は記憶を持っていなかった。名前も、過去も、自分が何者なのかも。ただ一つ、身体に刻まれた紋章だけが、彼女の正体を物語っていた。胸の中心に浮かぶ、銃と薔薇を組み合わせた紋章。
老人は彼女を連れ帰った。荒野の外れにある小さな墓守小屋で、彼女は「生きる」ことを学んだ。食べること、歩くこと、眠ること。しかし奇妙なことに、彼女は眠らなくても平気だった。食べなくても死ななかった。
ある夜、盗賊団が荒野を荒らしに来た。墓荒らしだ。老人を脅し、棺を漁り、遺品を奪う。アイリスはそれを見ていた。
胸が、熱くなった。
理由は分からない。ただ、許せなかった。
盗賊の一人が彼女に刃を向けた瞬間、彼女の手に何もないはずの銃が現れた。黒鉄の銃身に、赤い紋様が脈打つ奇妙な銃。
引き金を引く。
轟音はなかった。代わりに、赤い光が走った。盗賊の剣が消え、腕が消え、そして身体が霧のように消えた。
他の盗賊たちは逃げようとした。だが彼女は一歩も動かず、ただ指を動かす。赤い光は正確無比に標的を貫き、逃げ場を奪った。
数秒後、荒野は静まり返っていた。
老人は震えながら尋ねた。「お前さんは……何だ?」
少女は、自分の手を見つめる。
答えは、まだなかった。
やがて王都の学者が彼女を調査し、結論を出す。彼女は千年前の戦争で作られた「対魔神兵器」――生体魔導兵器の生き残りだと。死なない身体。魔力を弾丸に変換する器官。心臓は動いていない。代わりに、胸の紋章が鼓動している。
彼女は、死んでいる。
だが、壊れていない。
その事実を知った夜、彼女は荒野に立った。無数の墓標を前にして、胸が締め付けられる。ここで多くの命が終わった。そして自分は、その戦争のために作られた。
「私は……兵器?」
風が吹く。鈴の音が鳴る。
その時、荒野の奥から巨大な影が現れた。千年の怨念が形を成した魔霊。戦場に残された憎悪の集合体。人々が恐れ、近づかなかった存在。
魔霊は唸り、彼女へ迫る。
老人は叫ぶ。「逃げろ!」
だが彼女は逃げなかった。
「私は……兵器でもいい」
銃を構える。
「でも、今は――守るために撃つ」
赤い光が、夜を裂いた。
一発、二発、三発。魔霊の巨体が削られていく。だが相手は怨念の塊。再生する。迫る。爪が彼女の肩を裂く。肉が抉れ、骨が見える。
痛みはある。だが、倒れない。
「死なないなら……最後まで撃てる」
彼女は笑った。
胸の紋章が激しく脈打つ。全身の魔力を弾丸に変換する。銃身が赤く灼ける。
そして、引き金を引いた。
世界が、赤に染まる。
次の瞬間、魔霊は跡形もなく消えた。
荒野に静寂が戻る。彼女の身体は半壊していたが、ゆっくりと再生していく。
その日、人々は彼女を畏れた。だが同時に、救われたことも理解した。
死なない少女。
何度壊れても立ち上がる紅い弾丸。
彼女は、自らの名を受け入れる。
「アイリス。それが私の名前」
やがて、その力は異名となる。
――死を拒む紅き魔弾。
そして彼女は、こう呼ばれる。
《不滅の紅魔弾》アイリス
彼女もまた、最強。
八つの席の一つを占める存在。
ある夜、荒野の空が裂け、黄金の塔の影が差した。
「八つの最強を集めよ。最後の一人に、願いを与えよう」
願い。
彼女は静かに呟く。
「……私を、終わらせる方法」
それが願いかどうかも、まだ分からない。
だが、彼女は歩き出す。
死ねない身体で、最強を決める戦いへ。
全員最強。
全員優勝狙い。
そして誰もが、譲らない。




