第十二章 竜と物語、世界の優先順位
舞台は空だった。
足場はない。
雲海の上、蒼穹だけが広がる無限の高度。
重力はあるが、意味をなさない。空間そのものが戦場。
ヴァルディウスは人の姿のまま立つ。黒髪が風に揺れ、金の瞳が細められる。
対するアレクシスは、ただ一冊の書を抱え、空中に浮いていた。
黄金の存在が告げる。
「開始」
先に動いたのは竜王だった。
「小細工は好まぬ」
その瞬間、彼の背から光が噴き出す。人の姿が崩れ、巨大な竜の輪郭が空を覆う。黒金の鱗、星を宿す瞳、翼が広がるたび空間が震える。
圧倒的質量。
圧倒的存在。
アレクシスは息を呑む。
「……やはり、あなたが一番“分かりやすく強い”」
竜の咆哮。
音が衝撃波となり、空間を砕く。
アレクシスは咄嗟に頁を開く。
「衝撃は逸れる」
文字が光り、衝撃波が軌道を変える。直撃は避けられた。
だがヴァルディウスは止まらない。
星核が口腔に集まる。
「耐えてみせよ、記す者」
放たれた一撃は、光ではない。
存在消滅の炎。
直線上の空間が削り取られる。
アレクシスは書く。
「炎は減衰する」
文字が光る。
炎は弱まる。
だが、完全には消えない。
反動。
アレクシスの視界が揺らぐ。
右目の視力が、少し失われる。
「……世界規模の改変は、やはり重い」
ヴァルディウスは理解する。
「万能ではないな」
「ええ。万能ではない」
アレクシスは静かに頁をめくる。
「あなたは強い。だが――物語の主役ではない」
その一文を書きかけ、止まる。
書けない。
世界が拒絶する。
竜王は“主役級”だ。
簡単には塗り替えられない。
ヴァルディウスが急降下する。
巨大な爪が振り下ろされる。
アレクシスは書く。
「距離が伸びる」
空間が歪み、爪が届かない。
だがその代償に、彼の幼少期の記憶が一つ消える。
母の顔。
思い出せない。
手が震える。
「……これが、優先順位か」
ヴァルディウスは人の姿に戻る。
至近距離。
拳を振るう。
「貴様は世界を“編集”する。だが俺は、世界の“基盤”だ」
拳が直撃する。
アレクシスは吹き飛ぶ。
血が舞う。
だが彼は落ちない。
必死に書く。
「私は立ち上がる」
立ち上がる。
だが、代償に記憶がさらに削れる。
自分がなぜ戦っているのか、少し曖昧になる。
ヴァルディウスは静かに言う。
「やめろ。消えるぞ」
「……それでも」
アレクシスは笑う。
「私は観測者だ。最後まで見る」
彼は最後の頁を開く。
何も書かれていない。
だが、既に文字が浮かんでいる。
「竜王は、止まる」
彼は書いていない。
未来が、そう記している。
ヴァルディウスが動きを止める。
拘束ではない。
迷い。
「……なるほど」
竜王は悟る。
この戦いを続ければ、アレクシスは消える。
それは、望まぬ。
「記す者よ」
ヴァルディウスは翼を閉じる。
「お前は戦士ではない」
そして、静かに言う。
「降参だ」
空間が静まる。
アレクシスは呆然とする。
「……なぜ」
「物語は、力でねじ伏せるものではない」
黄金の存在が告げる。
「勝者――アレクシス」
ヴァルディウスは光に包まれ、観戦席へ。
アレクシスは頁を閉じる。
失われた記憶は戻らない。
だが、彼は立っている。
これで準決勝進出は四人。
レオン。
ルシアン。
アイリス。
アレクシス。
剣。
影。
不滅。
物語。
全員最強。
全員優勝狙い。
黄金の存在が告げる。
「準決勝――開始」
舞台が変わる。
第一準決勝。
レオン・アストラ
対
ルシアン・ヴァル=ノワール
理剣と影。
最小と無限。
勝つのは――どちらだ。




