最終話 逃げ続けて生き残る
凄まじい戦いだった。
まさに最強同士の撃ち合い。
しかし勝ったのは最強ではなく、突然現れたおかっぱ頭の女の子。
僕は神殿の柱の上から眺めていた。
誰も来ない場所に、たった一輪の花が咲いている。
赤でも白でもない、名前のつかない色。
踏まれてもおかしくないほど低い位置で、ただ揺れている。
それが——俺だ。
俺の「本体」。
この世界に補充されてから、僕はここでただ静かに揺れていた。
代わりに、蔓を延ばす。
足元から、床のひび割れに沿うように。
柱の影を縫うように。
誰の目にも映らないような細さで、静かに、確実に。
僕の体をした子株で走り回る。進んだ先には蔓が伸びて、一定の距離と時間が積もれば新たな子株が生える。
ランナー——匍匐枝。
植物が地面を這って、別の場所に自分を増やしていく。
俺はそれを、隠れて、逃げ回って、続けてきただけだ。
今日で二十九日。残り一日。
掲示板を見に行く勇気は無い。ただの花である僕なんて、見つかってしまえば老婆だろうと少女だろうと摘まれて死ぬだろう。
長い日数をかけて広げていた僕の子株も、クラッシャーの破壊で多くが潰れて枯れた。
それだけじゃない。何の個性もない、特徴も無い"僕"という子株は今までにも何度も死んだ。
時には補充者の能力発動に気付けずに燃えた。時には戦いの余波に巻き込まれで千切れて散った。
でも昨夜。
クラッシャーが消えて、静かになった。彼の破壊が怖くて、見つかるのが恐ろしくて、神殿エリアには近づかないようにしていたが、もうその心配は無くなったようだ。
◆
おかっぱ頭の少女は勝った気でいる。
彼女の言っていた計算は合っている。間違っていない。
ただ一つ——
彼女は僕を「放置する」気でいる。
僕も戦わない。殺さない。
ただ、生き残る。
スカベンジャーが自慢げに語ってきた通り、“勝利を確定させるため”生存者を処理しに行くようだ。
少女の気配が消えたところで、子株の僕は自分の首を切る。
一度視界が暗くなり、また明るくなると樹海エリアに僕は居た。
"ランナー"の能力で、子株が死ぬとその直前の子株から僕の身体が咲いて動けるようになる。
そこからまた蔓を延ばすため。
これなら、彼女より先に、他の生存者を見つけることが出来そうだ。
◆
樹海エリアの片隅に、ヒーラーは倒れていた。縄で簡易的に縛られ身動きがとれないようになっている。
僕は縄を解き、彼女に水をかける。
「うっ…ん?」
ヒーラーが目を覚ますのを確認して、僕はまた自らの首を切る。
他の生存者たちも、あちこちに縄で縛られ放置されていた。
同様に、縄を解き目を覚させる。
中にはもう、手遅れの者もいた。呼吸は浅く、目は開かない。
そこで思いつく。
(…もしかしたら、おもしろいことになるかもしれない。)
僕は満身創痍の生存者に、蔓を伸ばして、引きずって運ぶ。
僕は誰も殺さない。隠れて、逃げて、生き残る。
生き残るんだ。
◆
昼過ぎ。
私は焦っていた。
感電させて縛っていたはずの“獲物”がいなかったのだ。
とりあえず順位の高いヒーラーを殺すために、樹海エリアに来た。
だが、ヒーラーがいるはずの場所には、解かれたロープだけが落ちていた。
(…目を、覚ましたのか?だ、だが縄はどうやって…)
「マズイ、マズイ。」
今からヒーラーを探して、その後、順位通りに殺すのはさすがに間に合わない可能性が出てくる。
焦りで、額から一滴の汗が落ちる。
残りは十数時間。
明日が来れば——三十日。
とりあえず、他の生存者を殺すため、神殿へ戻ることにした。
◆
「うっ…ん?」
突然、水をかけられ意識を取り戻す。
私は慌てて起き上がった。
「イタっ…!」
体に鈍い痛みが走る。
そうだ、スカベンジャーの奴にデストロイヤーの死体を治癒するように命じられてーーー
すぐに周りを見渡すが、スカベンジャーはいない。
そうだ。スカベンジャーは死体を操る能力で、今クラッシャーさんを殺しに行っているんだ。
得意げに話し、治癒させたデストロイヤーと一緒に去っていったあの少女。
私は急いで自分の体を治癒し、立ちあがる。
(クラッシャーさん…!)
私は、クラッシャーさんを助けに行くために走り出す。
(お願い…!間に合って!)
このゲームが始まって、私を守り続けてくれた人。私に優しくしてくれた人。
例え彼が生き残れば私は死ぬとしても、それでも良かった。
枝を踏みつけ、足から血が滲む。しかし血が飛び散る前に治癒させ、一切のスピードを落とさずに私は駆けた。
◆
「マズイマズイマズイぞ!!」
神殿に戻ってきたが、ここにも縛っておいた奴らが居ない。
「どこだ!隠れても無駄だ!!バウンサー!ウォッチャー!カウンター!」
どういうことだ?
何故、誰もいない?
「ランナーが殺したのか!?」
振り向き、掲示板を見る。
だが、順位もスコアも変わらない。他の奴らも、まだ死んでいない。
「どこにっ…」
言いかけたそのとき、私の頭をめがけてナイフが飛んでくる。
すかさず、操るクラッシャーが盾となる。
「こ、これはナイファーか!」
問いかけた先からは声は返ってこない。
だが、背後から別の声がする。
「クラッシャーさん…」
声の主は、ヒーラー。
顔は青ざめ、血の気が引き絶望している。
「ひ、ヒーラー!どこにいたんだ!」
いや、そんなことはどうでもいい。自分から出てきてくれたなら好都合。この女を急いで殺さなければ!
クラッシャーを全力で走らせて、ヒーラーが逃げないように抱きしめ、破壊の能力を使う。
クラッシャーの腕の中から、大量の血が噴き出し瞬く間に血の海ができる。
「と、とりあえずこれでスコアが加算されるはずーーーー!」
振り向き掲示板を見る。しかし、私のスコアは7,800のまま。
「そ、そんなはずは…」
もう一度、ヒーラーを見る。すると、クラッシャーの腕の中から、まばゆい光が漏れている。
「クラッシャーさん…!」
ヒーラーはクラッシャーを強く抱きしめ返している。クラッシャーに破壊されても尚、常に再生し続けるヒーラー。
涙を流し、強く、強く抱擁する。
「許せない…。ユルセナイ。」
クラッシャーの腕の隙間から、強い殺意のこもった鋭い眼光が視える。
「くそッッッ!」
クラッシャーで全力の破壊を行うが、ヒーラーの治癒速度はそれを上回る。
まさしく"本当の不死"。いくら壊しても崩しても、無限に再生するヒーラー。
「ヒーラー!落ち着け!このままだとどのみちランナーの独り勝ち…ぐぁっ!」
ヒーラーに集中していたスカベンジャーの背中に、ナイフが突き立てられる。
背後には、7位のナイファー。
「き、貴様…!」
「へへっ、こんなガキに散々こき使われてたとはなぁ!」
身動きが出来ないほど痛めつけたはずのナイファーも、ヒーラーに治癒されたのか全快になっている。
「わ、私はガキではない!背丈は小さいが、もぅ゙…ッ!」
勢いよくナイフが抜かれ、もう一度振りかぶられる。
「うるせえ!!」
足がもつれながらも逃げるスカベンジャー。仕方なく、操作する死体をクラッシャーからサンダーに変え、急ぎ盾にする。
サンダーは刺されながらも、ナイファーの手首を掴み電流を流す。
「ァ゙ガガガ…!!!」
最大出力の電流を流し、肉の焼ける臭いがしてナイファーは倒れる。
しかしすぐにまた背後から羽交い締めにされる。
「どうせ皆死ぬんだ!せめてやられた分、お前を殺す!」
バウンサーの太い声。
「まて!まてお前ら!」
そして目の前に、ヒーラーが歩いてくる。クラッシャーの操作を外したため、腕から抜け出せたようだ。
「よくも…よくも!」
羽交い締めにされ無抵抗の私に、ナイファーが持っていたナイフが突き立てられる。
「やめ…やめろ!やめろ!!」
ーーーー
ヒーラーはクラッシャーの死体を治癒した。光が治まり、もはや眠っているだけにしか見えないクラッシャーに、静かに口づけをする。
治癒が出来ても、再生が出来ても、蘇生させることは出来ない自分を責めながら、ヒーラーはクラッシャーの死体を抱きしめ続けていた。
周りの生存者たちも、それをただ静かに、いつまでも見守っていた。
◆
夜になった。
神殿の空は暗い。美しい星空が見える。
もう、順位が入れ替わることもなくなった。
優しい風が僕を揺らす。
突然——
空気が変わった。
時間だ。
一位:Runner 8,900(経過日数30日)
俺は花のまま、ただ揺れていただけ。
他の人たちがどうなったのかは、もう見なかった。
俺は最後まで、逃げる。隠れる。そして生き残る。
視界が白く染まっていく。
次に目を開けたとき、そこは神殿ではなかった。
『おめでとうございます。あなたは勝ち残りました。』
ようやく、終わったのか。
『続いて、第二ラウンドへ移ります』
「…は?」
『あなたと同じく、第一ラウンドで生き残った者たちと』
『最後の一人になるまで…』
僕はため息をつく。
この世界でも、逃げて隠れて、生き残るだけだ。
完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この作品は戦わない、表に出ない主人公を描いてみたいというテーマから生まれました。
なんとか最後まで、ブレることなく主人公の逃げる姿勢を貫けられたかなと思います。
またどこかで、
逃げ続ける誰かの物語を書けたら、そのときはよろしくお願いします。
ありがとうございました。




