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マトリョーシカ家族

ハルはリビングに油を注いでスケート遊びをしました。


「こら!」


予想より早く帰宅した母が玄関ドアを開けたや否や駆け寄ってきました。ハルはしまった、と思いました。ハルの母は口うるさい人だからです。ハルが面白いことをしようとするといつも現れてマシンガンのように小言を言います。

ハルはフィギュアスケート選手のようにぐるぐる回るのを止めました。両手を合わせたまま目をぎゅっと閉じました。そして小言の発射を待ちました。


「キャッ!」


が、聞こえてきたのはガミガミ言う声ではなく悲鳴でした。母が油を踏んで滑ってしまったのです。母はお尻をついて腰が半分に割れてしまいました。真っ二つになった母の中からはハルのおばあちゃんが出てきました。


「おや、ハルちゃん。お腹すいたでしょ?もう少し遊んでいておくれ。すぐに美味しいものつくってあげるよ。」


ハルは目を丸く開けました。台所に行くおばあちゃんをじっと眺めてから割れた母に近づきました。母はマネキンのように固まっていました。目の前に手を振ってみましたが、全く動きませんでした。


「ふ…小言は聞かなくていいんだ。」


ハルはまたスケートを滑り始めました。


「ハルちゃん、ご飯食べて。」


ハルは台所に行きました。食卓にはハルの大好きなハムと卵焼きが並んでいました。ちょうどお腹がグーグー鳴っているところでした。ハルはご飯を美味しく食べました。


「よく食べていいね。」


やっぱり小言ばかり言う母よりはおばあちゃんの方が好き、とハルは思いました。だって、いつも美味しいものを作ってくれて、野菜なんか食べなくてもお説教しませんから。

ハルはお腹がいっぱいになりました。


「これも食べな。」


おばあちゃんはヨーグルトを出してくれました。デザートが欲しかったハルはそれを嬉しそうに受け取りました。


「ありがとうございます!」


ハルは蓋を開けました。さて、ヨーグルトの様子がよくなさそうでした。白い塊が浮いていたのです。消費期限を確認してみたら、なんと、一週間も過ぎていました。

ハルは何も言わず、流し台にヨーグルトを捨てようとしました。すると、おばあちゃんは焦ってそれを止めさせようとしました。


「もったいない!」

「これ消費期限すぎています!」

「私の目と鼻の方が正確よ!」


おばあちゃんはハルの手からヨーグルトを取ろうとして転んでしまいました。ハルの足の裏に残っていた油が台所までツルツルにしたのです。

おばあちゃんも真っ二つになってしまいました。おばあちゃんの中からは父が出てきました。父は台所とリビングを見回しました。床全体が油できらきらしていました。


「俺は会社に戻らないといけないから母がくる前に綺麗にしておきなさい。」


父は靴を履いて玄関ドアを開けました。父はいつも仕事ばかりしています。ハルにはあんまり興味がなさそうです。


「あ、これでおやつでも食べな。」


父は出掛ける前にハルに小銭をくれました。ハルは父が家を出た後、いくらか数えてみました。千円札が五枚もありました。父は無口ですが、やっぱりおばあちゃんよりは好きです。おばあちゃんはなんでも惜しがりますが、父はそうじゃないですから。

父は家を片付けておきなと言いましたが、ハルは面倒くさかったです。それで一応休んでから掃除しようと決めました。足も洗わず、ソファーで横になってテレビを見ました。

チャンネルを回していたらチャイムが鳴りました。ハルは起き上がってインターフォンの受話器を取りました。画面には知らないお姉さんが映っていました。


「どなた様?」

「あんたのパパ持って行けよ。」


お姉さんが言いました。


「父は会社に行きました。」

「いや、ここにいるんだけど。」


画面にいきなり父の顔が現れました。

ハルは玄関ドアを開けました。外には半分に割れた父がいました。


「どうしたことですか?」

「犬に追いかけられて逃げたんだけど、前をちゃんと見なかったから電信柱にぶつかってしまった。」

「犬?」

「そう。あんたはパパが犬を怖がっているのも知らなかったの?」


ハルは何も答えませんでした。


「何じっとしてる?運び込んでよ。」


ハルは父の足を掴み、引きずって家の中にに移しておきました。お姉さんは父の上半身を抱えて入りました。


「なんだ。床がめちゃくちゃじゃない!」


お姉さんは玄関に入った途端叫びました。


「早く片付けて!」

「僕んちなんですから関係ないでしょ?」


ハルは無視するように答えました。すると、お姉さんはハルの髪の毛を掴みました。


「関係ないって?いいよ!あたしがあたしんちで何をしようとあんたとは関係ないよね?」

「なんだよ!おい、放せ!母に全部言いつけちゃうから!」

「してみろよ!」

「人の家で何してるんです?ほんと誰なんですか?」

「ユミだよ。」

「ユミは僕の母の名前なんですけど?」

「知ったことじゃない。さっさと片付けろ!リビングもキッチンも!」


ハルはイラっとしてお姉さんに蹴りを入れました。するとお姉さんもハルを殴り始めました。二人は取っ組み合いになりました。だが、ハルの方が幼く小さかったのでどうしても勝てませんでした。負けたハルは泣きながら掃除をしました。雑巾で床をゴシゴシ一生懸命拭きました。

母も小言だけ言って殴ったことはないのに、このお姉さんは本当に酷いなとハルは思いました。掃除が終わるまでお姉さんは全然手伝わずテレビばかり見ていました。


「お姉さん。ほんとに名前がユミなんですか?」

「うん。」

「何歳ですか?」

「14歳。」


そう言えば、このお姉さんは母が昔見せてくれた中学生時代の写真と似ているような気がしました。


「あそこで出ましたか?」


半分になっている父を指さしながらハルが聞きました。


「そうだけど。掃除は終わった?」


お姉さんがテレビからハルに視線を移しました。ハルは頷きました。


「油が少しでも残っていたら容赦しないから。」


お姉さんはテレビを消して腰を屈めたまま床を見つめました。その時、ハルは見ました。お姉さんの上半身と下半身の間の細い継ぎ目を。ハルはお姉さんが台所の床を確認する間、後ろからこっそりと近寄ってその継ぎ目を開けました。

お姉さんはマネキンのように固まりました。そしてその中からはもう一人のハルが飛び出てきました。ハルはびっくりして後ずさりしました。

お姉さんの中から出たハルは止めようもなく油を床に注いでスケート遊びをし始めました。


「おい!何するんだ!」


ハルが怒鳴りました。


「スケート滑ってるけど。」

「片付けたばかりなのに…」


ハルの声は震えていました。


「知るか。」


ハルはお姉さんから出たハルを押さえて転がせました。しかし、ハルは半分に割れませんでした。今回は転がっているやつに飛びかかって無理やり半分に割ろうとしました。でも腰辺りをいくら掻いてみても継ぎ目は見つかりませんでした。お姉さんから出たハルがくすぐったいように笑うだけでした。

ハルは荒い息を吹き出しました。顔が真っ赤で爆発しそうでした。ハルは家を散らかしておいたこいつをどう躾けるか悩みました。その時、台所のお姉さんの抜け殻が目につきました。

ハルはすぐにお姉さんの抜け殻を被りました。次は父の、その次はおばあちゃんの、最後には母の抜け殻を被りました。

母になったハルは両手を腰に当てて母の中から出たハルの前に立ちました。ハルはスピードスケート選手のように走るのを止めました。

母はまるで爆撃するように小言を言い始めました。

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