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フェアリーテイル~いたずらな罠  作者: 麒麟
第0章 prologue
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第0章 第1話 妖精は誰に……微笑む?

外は雨。夜のビル街に、ぽつぽつと明かりが灯る。

雨音が窓ガラスを叩く深夜──。

蛍光灯の白い光に照らされたデスクの上は、散乱する資料で埋め尽くされていた。

高柳桃華は、疲れた目をこすりながらノートパソコンに視線を戻した。

モニターには、「お伽の国の●●●・第一稿」とファイル名が表示されている。

作家との打ち合わせは明日、いや、もう数時間後…10時約束だから約10時間後になる。

普段なら終えているはずの資料作りなのだが、思いのほかはかどっていなかった。

その原因もわかっている。

新人教育に、チームの部下のサポート、なぜか別チームのサポートまでしているからだった。

正直なところ、知らないといって投げだせる案件が半分ある。

それでも…受けているのは、課長に恩義があるからだった。

その課長も日付が変わるギリギリまで仕事をしていた。

完全にブラック企業な労働環境だ。企業というよりは、この企画部の部長の社員の扱いが…だ。

人がする以上、一定の差別は起きてしまう。これを区別と逃げる人もいる。訴えられないのをいいことに調子に乗る輩は少なからず社会に現存している。一層のこと駆逐する薬でも作ってくれたらいいのに、と疲れが溜まりきると思ってしまう。

害虫を殺すための薬は開発するのに、害になる人は排除できない。

「理不尽というよりも、人のご都合主義にはあきれてしまう」と今回企画担当をしている作家・天音まほろは、真夜中に送ったメールの発信時間を見て毒を吐きながらそう締めくくった。

あってはならないことだが、確かにと納得させられた。

課長が置いて行ってくれた温くなったペットボトルの珈琲を飲みながら一息ついた。

とりあえず、明日、確認する資料はできている。内容も求められているものを中心にチョイスした。

…先に送ると、また、毒…吐かれちゃうね……

そんな言葉が頭をよぎった。

天音とは新人時代からの付き合いということもあり、ざっくばらんな言葉が飛んでくる。

歯に衣着せぬ物言いをするのは、課長が担当をしていたころからだった。

だから企画部の体制が変わったときに発生した社員の過労についてもきにかけてくれていた。

実際、現体制になって…というよりも桃華の部署だけでも2名過労入院が発生し、退職を余儀なくされた先輩もいる。企画部全体でそうなのだが、企画部は3つの部署に編成され、桃華の所属する第一企画部だけをみてもその数字に合致する。

副社長派に与する第1企画部長兼企画部次長は、誰かに護られているのだろう。

この伊東のお気に入りが、親友の木下麗羅であることも桃華にはストレスだった。

飲んだ席でうっかりと口を滑らせれば、派遣という立場上『飲み会』を断れない麗羅から漏れないとも限らない。正直、ストレスがかかっているときは、友人とはいえ、遠慮したいところだった。

♪~らいん…

パソコンから漏れる音でモニターを見ると画面の端に、新着メッセージのポップアップが現れる。


=麗羅「今日はもう帰っておいでよ。体壊しちゃうよ」

一瞬、微笑みがこぼれそうになる。何となく考えていると向こうから連絡が届く。

親友の下木麗羅は、昔から過保護なくらいに桃華の体調を気遣ってくれる。

心配してくれる人がいる、それだけで、この過酷な職場でも救われる瞬間がある。

=桃華「今日は無理かも。資料が終わらなくて」

送信してから、少し考えた。

正確には「終わらない」わけではなく、「終わらせる気がない」のかもしれない。

課長はずいぶんと追い詰められていた。

デスクにたまっているいくつかの仕事を手伝うかのように預かったが、減った分それ以上に増えている。そんな気すらしていた。そもそも、男尊女卑全開に嫌がらせをしてくる上司の存在はどうなのだろう。強いものには巻かれ、弱いものにはへつらうだけではなく、次々に噓を言って歩く行動力。

知識も古すぎて、結局相手側が修正に追われる状況の中で、他の者が処理をしていく。

できる者ができることをすれば、その手柄は全部自分の者の顔をして行動し、失策があれば、辞めてしまった者のせいにして吹聴する。

そうやって考えると人間の薄さが、頭の薄さに連動しているようにも思える。

気にして、一日に何度もヘアスタイルを確認しているしぐさが鬱陶しい。と思ってしまう。

とはいえ、割を食うのはいつも課長だ。

資料整理の合間にいくつかのタスクは終わらせ、課長のデスクに戻しておく。

最後のチェックだけをすればいい案件が半分程度になっているはずだ。

もちろん、桃華だけではなく、他の部員も仕事の合間に処理をしている。

(終わらせますか…)

桃華は、天音の資料に目を向けた。

桃華が抱えているメインタスクは、アニメ化に伴う企画の整理とコミック化に伴う企画の整理、そしてノベルの基本ライン作りだ。天音の要望に合わせて、アニメは未完で終わる予定。コミックは、ノベルとは別のストーリー展開になる予定。メーカーは、グッズとお菓子の企画を挟み込んでくる予定の調整でもあった。

その題材にされたのが、おとぎ話だ。

日本各地にあるおとぎ話を同じ時系列で一つの世界観にはめ込むというのが今回のプロジェクトだ。

実写化もできれば面白いと天音が言い出したことは、すべての担当者がスルーした。

ただ、天音のスピリチュアルな持ち味を活かすためも史実や伝承の裏付けが要求されている。

資料の束は、その裏付けのために集めた数十本の論文と翻訳文献。

「複数の構想を混ぜて書いてほしい」という柔らかな依頼に、天音は「いいですよ」と笑い、ふたつ返事で答えてくれたが、裏方としては苦労の連続になるとは予想もしていなかった。


♪~らいん…

また麗羅からメッセージが届いた。

=麗羅「帰ってこないと、次長に泣きつくよー笑」

桃華は小さく苦笑いをこぼした。

実際、最近の次長は妙に麗羅に甘い。

責任のある仕事は任せられないのは派遣という立場上仕方がないが…失敗にも寛容すぎて、他の部員からは白い目で見られている。と、いうことに気付けるくらい繊細であれば、妊娠中の女子社員に、パワハラにマタハラをかさねて、適応障害を引き起こさせるようなことにはなっていなかっただろう。いまだ社内調査中という不可解な状況にあった。

(まさか、麗羅が課長を誘惑してるなんてこと……)

そんな考えが頭をよぎったが、すぐに首を振って否定する。

麗羅はそういう子じゃない。

たとえ、どこか嫉妬深い一面があったとしても、根は善良で、他人を気遣える友人の多い子だ。

「……まあ、もういい時間だし、帰ろうか」

心の中で「休まなきゃダメだよ」と麗羅の声が響いた。

あの子がうるさく言うのも、自分の体を思ってのことだ。

帰宅することで一度リセットされるなら、それも悪くない。


傘をさしてタクシーを呼び、雨の中へと飛び出した。

ビルの明かりが滲む夜景が、心なしか幻想的に見える。

タクシーの中、スマホで資料のPDFをスクロールしながら、ふと数日前の会議を思い出す。

「麗羅ちゃんがちょっとキャパ的に難しいみたいだから、高柳、お前がしろ」

次長の言葉に課長が唖然とする。

そもそも木下は部署が違う。第3企画部は企画部内の雑用受け皿になっている。

部員は、新人または未経験で構成され、雑用的な部分も多いが、他の部の手伝いをすることで技量を上げていくためにある。端的に言えば、雑談係かつ派遣労働者に求められるのは事務処理能力だけだった。

課長が困っている以上、断るわけにはもいかない。

ただ受けなければ、二つ隣の島からいまにも刺しそうな勢いで課長を睨みつけている麗羅が何をするのか、わかったものではなかった。

誰かが自分を小ばかにしていることを許せない性格。それは昔から変わらない。それも地獄耳並みに聞いていたりする。

(もう寝ているかな…)

桃華はスマホの画面を見てため息をついた。

心配してくれる友人がいることが、なんだか嬉しく感じられた。


部屋に着いたのは、午前2時を回った頃だった。

2LDK分譲マンション。まだローンと20年付き合う必要のある我が家。

まもなくここで恋人の天塚敏郎と結婚して住むことになる。

2週間後には顔合わせが待っていた。

ただ一つ問題がある。麗羅がこの街に派遣で来たとき、一時的に、という話で同居が始まった。

派遣が決まったために、郊外に住んでいた麗羅は『住まいを見つけるまで、すぐに探すから』と転がり込んできたのだが、すでに半年になる。最初は楽しかった時間も、一人になれない時間はストレスになる。部屋にいればいいという人もいるが、それは、安らぎとは遠いものにも感じられた。

それでも、疲れ切っているときに誰かがいるとホッとするのも本音だった。

鍵を開けると、部屋の電気は消えていた。

静まり返った空間に、わずかに漂うアロマの香り。

「麗羅、寝たかな……」

靴を脱ぎ、リビングを抜け、ベッドのある自室に入ろうとした…そのとき。

中からかすかな物音が聞こえた。

部屋の扉が少し開いている。

桃華は一瞬ためらったが、中から洩れる柔らかな灯りに引き付けられるように近付いた。

そこからは押し殺したような男女の会話が耳に入った。

「あの女、そろそろ邪魔よ」

「……でも、俺、金返してないし……別れろなんて無理だって」

「じゃあ事故に見せかけて……」

「何言っているんだよ」

「ほんと意気地ないよね」

「そういう問題じゃないだろう」

「…体だけが目的?」

「……最初にそう言っただろう」

「な…最悪」

「桃華は、大事な金蔓なんだよ」

その瞬間、血の気が引いた。足が床に張りつき、息ができなくなった。

声の主は間違いない。麗羅と、そして……天塚敏郎。桃華の恋人だ。

目の前が暗くなる。裏切り。陰謀。殺意。

急いで扉から離れ、踵を返す。逃げなければ。どこかに、誰かに連絡しなければ。

だが次の瞬間、床に響いた足音に気づくのが遅れた。

「桃華!?」

敏郎の声が背後から追ってくる。

「待って、違うんだ、これは……!」

腕をつかまれ、桃華は反射的に振りほどいた。

「嘘つかないで……!」

「桃華…」

「いまは何も言わないで…麗羅」

敏郎の後ろで服を直しながら麗羅が申し訳なさそうに立っていた。

話をかいつまんで聞けば、桃華を訪ねてきた敏郎と飲んでいるうちに寂しさを埋めあってしまったという。それも、今夜が初めてだと。そんなわけがないことは桃華がよく判っていた。

何度か麗羅に確認したことがある。自分のベッドで寝た?と。

その度にごまかされてきた。

すべては、事前にサインが出されていたことなのに…。

桃華は、部屋を飛び出した。

エレベーターが一基は自動で1階に降りるシステムなのが鬱陶しく思える。

もう一機も下層階に止まっている。

(…階段)

そう思い階段を降り始めた次の瞬間、背後から急に腕を掴まれた。

桃華が振り払うように腕を振り払った。

そこは雨風に晒された鉄製の階段。滑りやすい足元に、桃華は一瞬バランスを崩した。

そのまま、腰を打ち、上半身が外へと投げ出されそうになる。

「やめて……っ!!」

「違うって言ってるだろ!」

敏郎が腕を引いた、その瞬間。

足元がぐらりと揺れ、体が空に投げ出された。

「桃華ァアッ!」

暗闇の中で、誰かの叫び声が聞こえる。

……死ぬ。そう思ったとき、何かが手を掴んだ。

「大丈夫……引き上げるから……」

それは、麗羅の声だった。

確かに、麗羅の手が桃華の腕を掴んでいた。

恐怖と安堵が混ざったまま、桃華はその手に全体重を預けた。だが——

その手が、ふと緩んだ。

一瞬、何かが弾けたように、麗羅の瞳が細められる。

――ああ、これは“終わった”んだ。

桃華の足元から、世界がすうっと消えていく。

桃華はただ、無言で落下していくなかで空を見つめた。

(ああ、私の人生って……なんだったんだろう)

意識が遠のいていく中、まるで夢の中のように、絵本の挿絵が頭をよぎる。

王子と姫、毒を盛る魔女、塔に閉じ込められた少女。

——それは、かつて自分が読んだ「おとぎ話」。

そして、そこに描かれていた悪女は、微笑みながらこう言った。

「これは、始まりの一幕よ」


いくつもの明かりが漏れるのが見えた。

叫び声に気付いた何人かが様子を身に出てくれたのだろう。

麗羅が何か言い訳をしている。

敏郎が必死の形相で腕を伸ばしている。

小心…そんな言葉が似合いそうだ。

イケメンの部類に入るのに、優柔不断のマザコン。

決定のすべては母親が決めないと何もできない田舎の御曹司。

自分の優位性だけを追求した愚かな生き物…それに惹かれた自分も愚かかもしれない。


ドサッ!

全身に痛みが走ると思ったけど、何も感じない。

ただ、目の前が真っ赤に染まっていく。

かすかに聞こえる、絵本のページがめくられる音。

――これは“フェアリーテイル”。私の終わりであり、始まりの物語。

コンテストにエントリーしてみます。

締め切りまでに完結できるかはわかりませんが…ハイピッチ投稿になります。


ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


※誤字脱字につきまして慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。

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