3.2.世界的パンデミックと、少女たちの戦場
3.2.世界的パンデミックと、少女たちの戦場
私が野迫川村との間で未来への種を蒔いていた頃、世界は気づかぬうちに、未曾有の危機の瀬戸際に立たされていた。そして、その危機は、皮肉にも私の理念と、私のAI、そして私の仲間たちの真価を、全世界に証明する舞台となる。
2032年12月31日、大晦日の夜。
私の書斎は、珍しく賑やかな声に包まれていた。
「いえーい!ハジメぴょん、今年も一年おつかれー!ピザうまっ!」
情報戦の魔術師、天宮響が、口の周りをソースで汚しながら叫ぶ。
「響、行儀が悪い。春凪さん、このマルゲリータはどこのお店で?」
クールな戦略家、霧雨静香が、呆れたように眼鏡を押し上げる。
「ふん。ピザより、このスパコンの冷却システムの設計の方が、よほど合理的で美しいですね」
天才物理学者、星影燈は、ピザには目もくれず、部屋の隅にあるサーバーラックをうっとりと眺めている。
(やれやれ、相変わらず個性的な子たちだ)
私が苦笑した、その瞬間だった。
『マスター!緊急警報!台湾の姉妹AIより、未知のウイルスパターンを検出!』
部屋の中央に浮かぶ統括AI、Nagiの穏やかな表情が、初めて険しいものに変わった。
「パンデミックの発生確率は、87.4%!危険レベルです!」
その言葉に、部屋の空気が一変した。
「なんですって!?」
燈が、血相を変えてディスプレイに駆け寄る。
「この感染モデル…ありえない!潜伏期間が長すぎる上に、変異速度が予測不能…!こんなウイルス、見たことがない!」
「静香!」
「はい。直ちに、我々のAIを導入している全クライアント地域に対し、対策プロトコルを送信。医療資源の最適配分、接触者追跡ルートのシミュレーションを開始します」
静香は、既に凄まじい速度でキーボードを叩いていた。
「響!」
「らじゃ!世界中のメディアとSNSの監視を開始!パニックを煽るデマ情報の拡散を防ぎつつ、後手後手の政府の対応を、きっちり記録させてもらうからね!」
年が明けた2033年1月15日。日本政府が国内初の感染者を公式に確認した頃には、時すでに遅しだった。
AIを導入していなかった地域では感染が爆発的に拡大し、都市はロックダウンされ、経済は麻痺し、数え切れないほどの命が失われていった。
だが、私たちのクライアント地域は違った。
二週間以上も前から警告を受け、完璧な対策を準備していた彼らの地域では、感染拡大は奇跡的とも言えるレベルで抑制されたのだ。
テレビの画面には、冷静に日常を維持する私たちのクライアント地域と、医療崩壊を起こし、街から人が消えた他の地域との、あまりにも対照的な光景が連日映し出された。
この顕著な差は、私のAIが、そして私の仲間たちが、社会の運命そのものを左右する力を持つことを、全世界に強烈に見せつけたのである。