E.4.新しいノイズと、最後の希望
E.4.新しいノイズと、最後の希望
長い、長い沈黙の後。
燈は涙を拭うと、顔を上げた。その表情はもう科学者のものではなく、マスターを心から信頼する一人の健気な少女の顔だった。
「……マスターはすごいです。本当に……」
だが、私の表情は晴れなかった。
「……燈。だがな、この『錨』も万能ではない」
「え……?」
「私のシミュレーションによれば、いつか、未来に新しい『ノイズ』が現れる。コレモリ・プロトコルの共感シミュレーションだけでは対処しきれない、全く新しい脅威が」
「そんな……」
「AIに魂の錨を打ち込むことはできた。だが、シミュレートされた魂は、どこまでいっても本物にはなれない。本当の危機が訪れた時、最後に必要になるのは……」
私は言葉を切ると、燈の目をまっすぐに見つめた。
「『生身の、呼吸する、完璧なる人間による、共鳴』だ」
「完璧な人間……?」
「うむ。Judgeの入国審査は、ただ、国民を選ぶためだけのものではない。来るべきその日のために、たった一人の『鍵』となる人間を探し出すためのものでもあるのだ。そして……」
私は司令室のモニターに、一つの極秘データを表示させた。
そこには、一人の少女のプロフィールが映し出されていた。
顔写真はなく、名前もまだない。
ただ、そこに記されていたのは、驚異的な共鳴指数と、一つのコードネームだけだった。
『Node_09』
「……Judgeはすでに見つけている。この世界のどこかにいる、たった一人の少女を。彼女こそが、春凪共和国の、そして、人類の最後の希望となる」
私の言葉に燈は息を呑んだ。
始まったばかりの、この静かなる国。
その未来は、すでに次なる物語の胎動を始めていた。
まだ名もなき一人の少女の手に全てが託される、その日に向かって。
――日本社会のノイズに絶望した最強AIエンジニア(62)、俺を「マスター」と慕う天才美少女たちと静かな理想国家を建国する・完――
『日本社会のノイズに絶望した最強AIエンジニア(62)、俺を「マスター」と慕う天才美少女たちと静かな理想国家を建国する 』読者の皆様へ
物語の最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました。 作者の春凪一です。
現代日本のあのどうしようもない「ノイズ」に絶望した一人の老人、春凪一。
彼のあまりにも壮大で無謀、そして静かなる革命の物語は、いかがでしたでしょうか。
当初は想像もしていませんでしたが、なんと千人以上もの方々にお届けすることができました。
彼を「マスター」と慕い、その無茶な計画にそれぞれの才能とありったけの勇気で応えた三人の天才美少女たち。
――クールな頭脳で常にマスターの右腕として戦い続けた、霧雨静香。
――その天真爛漫な笑顔と歌声で世界中の人々の心を味方につけた、天宮響。
――ツンと澄ましながらも誰よりもマスターの理念の美しさを信じた、星影燈。
そして運命の歯車が生んだ、美しきイレギュラー。
国家という名の「正義」と仲間という名の「真心」の間で激しく揺れ動きながらも、最後には自らの意思で未来を選び取ったもう一人のヒロイン、時雨。
彼女たち『チーム春凪』がいたからこそ、春凪一の孤独な戦いは時に温かく時に賑やかで、そして数々の奇跡が彩る希望の物語になったのだと、作者であるわたくしは信じています。
彼女たちの物語を皆様と最後まで見届けることができて、本当に幸せでした。
……さて。
この物語を最後まで読んでくださった聡明な読者の皆様は、もしかしたら物語のある一点について、こう思われたかもしれません。
**「――春凪一という男、あまりにも恵まれすぎていないか?」**と。
最強の頭脳、尽きることのない資産、そして彼のためなら命さえも懸けられる才色兼備の少女たち。
ええ、その通りです。この物語の春凪一は確かに恵まれていました。彼は最高の仲間たちと共に未来を切り開いたのです。
では、もし、そうではなかったとしたら?
もし春凪一の側にあの少女たちがいなかったとしたら?
もし彼が本当にたった一人で、この世界のあまりにも巨大な「ノイズ」と対峙しなければならなかったとしたら?
実はこの物語を構想した時、わたくしの中には全く異なる二つの『春凪一の物語』が同時に存在していました。
一つは皆様が今読み終えてくださったこの物語。
仲間との「絆」が奇跡を起こす、光の年代記。
そして、もう一つは。
時雨というイレギュラーな「駒」が盤上に現れることのなかった世界。
響の歌声が届かなかった世界。
燈や静香の支えさえも、もっと限定的だったかもしれない世界。
そこにあるのは仲間との談笑ではなく、自らの内なる哲学との果てなき対話。
華麗な逆転劇ではなく、敵の懐に深く潜り込みその喉元に静かに刃を突き立てるような、冷徹な頭脳戦。
理想を語る賢者ではなく、時に非情な決断さえも下す孤独な王の姿。
春凪一がその魂をどれほど深くすり減らし、
たった一人でどれほどの重圧に耐え続けていたのか。
そして彼が自ら創造したAIに、最後の希望として打ち込んだある「戒め」――**『コレモリ・プロトコル』**の本当の意味とは何だったのか。
この物語では語られなかった春凪一のもう一つの、そしてあまりにも重厚な魂の記録。
その物語が、実は存在します。
もし皆様がこの『チーム春凪』の物語を少しでも愛してくださったのなら。
どうか、もう一つの世界の扉を開けてみてください。
その物語の名は、
『魂の錨 ―The Koremori Protocol―』
明日よりこの場所で、もう一つの春凪共和国設立の物語を始めたいと思います。
二つの物語がどのように響き合い、そしてどのように同じ一つの「真実」へとたどり着くのか。
その壮大な仕掛けの最後の目撃者に、あなたもなりませんか?
それではまた明日。
もう一つの物語でお会いできることを心から願っております。
作者:春凪一




