E.1.静かなる国の日常
エピローグ 魂の錨
E.1.静かなる国の日常
春凪共和国がその静かなる産声を上げてから、一年が過ぎた。
かつて限界集落と呼ばれた野迫川村は、今や世界で最も豊かで、最も平和な場所へと生まれ変わっていた。
村の景観は、以前の美しさを少しも損なっていない。だが、その内側は、私のAIたちが管理する最新鋭のテクノロジーで満たされている。
生活補助AIのComfyは、今日も村人たちの健康状態を優しく見守り、完璧な栄養バランスの食事を各家庭に提案している。
防衛AIのAegisは、目に見えない量子フィールドの盾で、この聖域を外部のあらゆる物理的、電子的ノイズから完璧に守り続けている。
そして、最も恐れられ、同時に最も尊敬されているのが、入国審査AIのJudgeだ。
共和国への移住を希望する者は後を絶たない。世界中から、億万長者も、天才科学者も、元国家元首までもが列をなした。
だが、Judgeの審査基準は、ただ一つ。『責任と静寂』。
他者を思いやり、自らの行動に責任を持てるか。その心根だけが、問われる。
結果、何百万人という志願者の中から、これまでに入国を許可されたのはわずか数百人。彼らは今、村の古民家を改装した新しい住まいで、元々の村人たちと穏やかに、そして静かに暮らしている。
「――マスター。紅茶をお淹れしました」
司令室で窓の外の平和な光景を眺めていた私に、穏やかな声がかかった。統括AIのNagiが、にこやかな笑顔でティーカップを差し出している。
「うむ。ありがとう、Nagi」
「ふふっ。どういたしまして。……ですが、マスター。最近、燈様の様子が少しおかしいようです」
「燈が?」
「はい。ここ最近、ずっとご自分のラボに籠りきりで……。どうやら、ある一つの『謎』に取り憑かれていらっしゃるご様子」
Nagiの言う『謎』が何であるか、私にはすぐに分かった。
私は紅茶を一口すすると、静かに立ち上がった。




