9.3.最初の『ひっくり返し』
9.3.最初の『ひっくり返し』
「静香、響。準備はいいな?」
「無論ですわ、マスター」
「いつでもOKだよ、ハジメぴょん!」
作戦は単純明快。
まず、静香が世界中の通信社と懇意にしている投資家たちに、一斉にリーク情報を流す。
『日本政府、不当な政治的圧力で国際金融市場の自由を侵害。春凪共和国への投資は、テロ資金には当たらない健全なものである』と。
同時に、響が全世界に向けて、新しいプロモーション映像を配信する。
タイトルは『武器より、ジャガイモを』。
映像は、Comfyが作る温かい料理を笑顔で頬張る村人たちや、響たちが楽しそうに畑仕事を手伝う様子を、感動的な音楽と共に映し出す。
そして最後に、テロップが静かに表示される。
『私たちの武器は、これです。――日本政府の皆さん。あなた方の武器は、何ですか?』
この、静香の『論理』と、響の『感情』による、二方向からの挟撃。
その効果は絶大だった。
数時間後。
全世界の金融市場は、大混乱に陥った。
「日本政府の横暴を許すな!」
「市場の自由を守れ!」
「我々は春凪一を支持する!」
投資家たちから怒りの声が上がり、日本円はかつてないレベルで暴落を始めた。
各国の政府も、日本の非難へと回る。
「政治的な目的で金融システムを利用するなど、断じて許されない」
「日本は自由主義経済のルールを著しく逸脱している」
日本政府は、完全に孤立した。
彼らが打ったはずの悪手は、我々によって鮮やかにひっくり返され、今や日本
政府自身を締め上げる巨大な鎖と化していた。
テレビのニュースでは、青ざめた顔で国民に謝罪する総理大臣の姿が、繰り返し映し出されていた。
「……すごい……」
その光景を、時雨はただ呆然と見つめていた。
自分が今まで所属していた巨大な国家権力が、たった数時間で、この小さな学校にいる数人のチームによって、完膚なきまでに打ち負かされたのだ。
暴力も、脅迫も、一切使わずに。ただ、圧倒的な、情報と、論理と、そして共感の力だけで。
これが、春凪共和国の『静かなる戦争』。
その本当の姿だった。
オセロ盤の隅に置かれた最初の黒い石は、今、盤上の景色を根底から塗り替え始めていた。
――第九部・完――




