8.1.東京という名のノイズ
第八部 女王の選択
8.1.東京という名のノイズ
ヘリが東京の中心部、内調本部の屋上に着陸した時、時雨は、自分がどれほど深い静寂の中にいたのかを、全身で思い知らされた。
絶え間なく響くサイレンの音。淀んだ空気。無表情で足早に行き交う、膨大な数の人々。その一人一人が、他人への配慮を欠いた、独立したノイズの発生源だった。
「――お疲れ様、時雨君」
迎えに来たスーツ姿の男に、時雨は無言で一礼し、慣れ親しんだはずの、無機質な廊下を歩く。
すれ違う職員たちは、誰も彼女に目を向けない。彼女も、誰にも目を向けない。ここでは、感情も、個性も、ただの不要なノイズでしかない。それが、彼女が今まで生きてきた世界の、絶対的なルールだった。
(……静かだ)
時雨は、皮肉なことに、そう感じていた。
春凪たちのいた、あの校舎の静寂とは、全く質の異なる、心が凍てつくような、冷たい静寂。そこには、鳥の声も、風の音も、そして、誰かの優しい笑い声も、存在しない。
自室に戻り、登山ウェアから、体にフィットする黒いコンバットスーツに着替える。鏡に映った自分の姿は、まさしく『梟』だった。感情のない、完璧な兵器。
だが、その瞳の奥に、ほんのわずかな揺らぎがあるのを、彼女自身が見逃すことはできなかった。
ポケットを探ると、響がくれた、いびつな形のお守りが、指先に触れた。その温もりが、今の彼女には、あまりにも眩しすぎた。




