6.7.静香のチェック
6.7.静香のチェック
そんなある日のことだった。
図書室の整理をしていた時雨に、静香が声をかけた。
「時雨さん。少し、よろしいかしら?」
「はい、静香さん。何か、お手伝いできることはありますか?」
時雨は、完璧な笑みで振り返る。
「ええ。実は、この村の古い文献を整理していて、少し、興味深い記述を見つけましてよ」
静香は、一冊の古びた和綴じの本を、時雨の前に置いた。
「ここに、『維盛、那智の海にて入水する以前、この地に留まり、一人の巫女と心を通わせた』とあるのです。そして、その巫女は、維盛の死後、彼の『静かなる世を願う心』を受け継ぎ、この地を守った、と」
「……平維盛と、巫女……?」
「ええ。荒唐無稽な伝説ですわ。ですが、もし、この巫女が実在したとしたら……。そして、その血筋が、今も、どこかで受け継がれているとしたら……。面白いと思いませんこと?」
静香は、時雨の目を、じっと見つめて言った。その瞳の奥には、探るような、鋭い光が宿っている。
「――まるで、そうするよう運命づけられていたかのように、国家の秘密を暴き、その平和を守る……。そんな、特別な力を持った一族が、いたとしたら」
静香の言葉は、ただの昔話ではなかった。
それは、時雨の正体――内調の特殊エージェント『梟』の、その存在意義そのものを、暗に突きつける、鋭利な刃だった。
時雨の顔から、すっと血の気が引いた。
彼女の心臓が、大きく、そして不規則に、跳ねる。
『警告。対象『時雨』、心拍数、急上昇。アドレナリン分泌量、戦闘レベルに近似。マスター、これは……』
司令室で、Nagiの警告音が鳴り響いた。
静香は、時雨の動揺を、満足げに眺めていた。
(……チェックメイト、ですわよ。梟さん?)
静かなるチェス盤の上で、白のビショップが、黒のクイーンの喉元に、静かに、そして冷たく、その十字架を突きつけた瞬間だった。
――第六部・完――




