1.2.方法論の模索と、天才少女たちの頭脳
1.2.方法論の模索と、天才少女たちの頭脳
共同体設立、という途方もない決意を固めた翌日。
私は、自らを冷徹な現実主義者の椅子に深く座らせた。私の書斎は、外の世界のあらゆるノイズから遮断された、完璧な静寂の空間だ。
(さて、国を創ると決めたはいいが…)
問題は、その方法論だ。
武力で既存の秩序をひっくり返す?論外だ。私が最も嫌悪する「騒音」と「暴力」の究極系じゃないか。私の理想は、血と硝煙の匂いとは無縁の場所でこそ、静かに花開くべきものなのだ。
となると、法治国家の枠組みの中で、どうにかして実現するしかない。
私は、思考支援インターフェースを起動し、数人の少女たちにビデオコールを発信した。
そう、私の無謀な計画に手を貸してくれる、数少ない、そして最高に信頼できる仲間たちだ。
すぐに、書斎のホログラムディスプレイに、三人の少女の顔が浮かび上がった。
「「「春凪さん(ハジメぴょん)、お呼びでしょうか!」」」
三者三様の挨拶。実に個性的でよろしい。
まず、画面の左にいるのは、霧雨静香。18歳。
私が「私の右腕」と全幅の信頼を置く、クールビューティーな天才戦略家だ。彼女の眼鏡の奥の瞳は、常に私と同じ未来を見据えている。
そして右側には、天宮響。17歳。
「面白そうだから!」という理由だけで私に協力してくれている、天真爛漫な情報戦の魔術師。彼女の笑顔は、時にどんな戦略兵器よりも強力だ。
最後に、中央でふんぞり返っているのが、星影燈。16歳。
私がその才能に惚れ込み、半ば無理やりスカウトした、生意気で、そして誰よりも純粋な天才物理学者だ。
「やあ、みんな。集まってくれてありがとう。単刀直入に言おう。私は、国を創る」
私の言葉に、三人の反応は分かれた。
静香は無言で頷き、既に手元のデータパッドで何かを検索し始めている。
響は「キタ――(゜∀゜)――!!」と、もはや古すぎる顔文字をチャット欄に打ち込んでいる。
そして燈は、呆れたように腕を組んだ。
「……本気ですか、春凪さん。正気とは思えません。物理法則だけでなく、今度は社会法則まで無視するおつもりで?」
「その通りだよ、燈ちゃん。だから君たちの力が必要なんだ。さて、静香。法的な観点から見て、どうだろうか?」
私が問うと、静香は眼鏡の位置をくい、と直して答えた。
「結論から申し上げます。現行法下において、日本国内に独立した主権を持つ共同体を設立できる確率は、0.001%以下です」
「ひっくぅ!」と響が叫ぶ。
「地方自治法、国土利用計画法、そして憲法。これらが鉄壁の城壁として機能しています。既存の行政区画の中で、春凪さんの望むような絶対的な自治権を持つ『特別区』を創設するなど、前例がありません」
「ふむ。やはり、そうか」
「じゃあさ、じゃあさ!どっか無人島とか買っちゃえばよくない?んで、名前は『ハジメぴょんランド』!どうよ、イケてない!?」
響がキラキラした目で提案する。すかさず、燈が冷ややかなツッコミを入れた。
「却下です。インフラをゼロから構築するには、莫大な環境破壊が伴います。それは春凪さんの理念に反するでしょう。それに、そのネーミングセンスは壊滅的です」
「なによー!燈ちゃんはカタブツなんだから!じゃあ、宇宙とか!月とか火星とか!そーいうSFっぽいやつ!」
「それなら少しは興味がありますね。月面のヘリウム3採掘基地を拠点にすれば、エネルギー問題は解決できます。ですが、地球の文化や歴史的連続性から切り離された場所では、春凪さんの求める『血の通った共同体』は生まれないでしょう」
(……やれやれ、私が考えていたことを、この子たちは全てお見通しか)
私は内心で苦笑しながら、ホログラムの地球儀を指し示した。
「君たちの言う通りだ。私が創りたいのは、日本の美しい四季と、豊かな文化の香りが息づく土地での共同体だ。だから、揺籃の地は、どうしても日本でなければならない」
「でも、法律が壁になってるんでしょー?」と響。
「そうだ。だから、私たちは、その法律や常識という壁を、乗り越える方法を考える」
私は、三人の少女たちを見つめて言った。
「法律がダメだというなら、法律が及ばないほどの『現実』を創り出す。常識が邪魔をするなら、その常識を過去のものにするほどの『結果』を叩きつける。幸い、私には君たちという最高の頭脳と、少しばかりのお金がある」
私の言葉に、静香は静かに頷き、燈は「……馬鹿げてる」と呟きながらも、その口元には挑戦的な笑みが浮かんでいた。そして響は、満面の笑みで親指を立てた。
「よっしゃー!つまり、ルール無用のなんでもありってことね!面白くなってきたじゃん!」
(いや、ルールは最大限尊重するのだが……まあ、彼女の解釈は、それはそれで一つの真実か)
こうして、私の、そして私たちの、途方もない挑戦が始まった。
日本という国の中で、日本ではない国を創る。
それは、最も困難で、最も繊細な、しかし唯一残された道であった。私たちの探求は、次の段階へと移行する。理想の地を、その足で探し出す旅が、今、始まろうとしていた。
――第一部・完――