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日本社会のノイズに絶望した最強AIエンジニア(62)、俺を「マスター」と慕う天才美少女たちと静かな理想国家を建国する  作者: 春凪一


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6.2.偽りの盤面

6.2.偽りの盤面


「――時雨さん。もしよろしければ、少し、この施設を案内しましょうか?」


その日の午後。時雨に声をかけたのは、静香だった。


彼女の提案に、時雨は一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに、喜びに満ちた笑顔で頷いた。


「よろしいのですか、静香さん?私のような部外者に……」


「ええ。あなたは、我々の『お客様』ですから。それに、いつまでも保健室に閉じ込めておくのも、退屈でしょう」


静香は、完璧な淑女の笑みを浮かべて、時雨を促した。


これは、私と静香の間で交わされた、「ゲーム」の、次の一手だった。


「まず、こちらが燈さんのラボです。表向きは理科室、ですけれど」


ガラス張りの向こうでは、燈が白衣を着て、複雑な数式が浮かぶホログラムと格闘している。


「彼女はここで、地球環境をクリーンにするための、新しいエネルギー源を研究していますの。少し気難しいところもありますけれど、その頭脳は本物ですわ」


静香の説明に、時雨は「すごい……」と、感嘆のため息をつく。


次に案内されたのは、響のスタジオ、元音楽室だ。


防音壁に囲まれた部屋で、響が新しい曲のレコーディングをしているのが見えた。


「響さんは、我々の理念を、世界中の人々に伝えるための『声』です。彼女の歌が、多くの人々の心を動かし、私たちの活動を支えてくれているのですわ」


「歌で、世界を……。素敵ですね」


時雨の瞳が、キラキラと輝いているように見えた。


そして、静香は、時雨を一つの巨大な地下施設へと導いた。


そこは、村の地下深くに建設された、巨大な植物工場だった。天井まで続く棚には、LEDの光を浴びて、瑞々しい野菜が青々と育っている。


「ここは……?」


「我々の食料を、全て自給自足で賄うための施設です。天候や、外部の供給網に一切左右されることなく、安全で、栄養価の高い食料を、村の皆様と私たちに提供し続けています」


静香が「見せた」もの。


それは、クリーンエネルギー、文化発信、そして食料の完全自給。


どれも、我々の持つ技術の一端に過ぎない。だが、軍事的な脅威を一切感じさせず、ただ、この共同体が、いかに平和的で、豊かで、そして自己完結した理想郷であるかを、雄弁に物語るものばかりだった。


(さあ、どうだ?君が報告すべき『悪の組織』の姿は、どこにもないだろう?)


私は、モニター越しに、静香の完璧なプレゼンテーションを見守っていた。


これは、情報を隠すための「防御」ではない。


あえて、管理された「真実」を見せることで、相手の判断を誤らせ、内側から混乱させるための、積極的な「攻撃」なのだ。


時雨は、一連のツアーの間、ほとんど言葉を発しなかった。


ただ、静香の説明に、感心したように頷き、時折、純粋な好奇心から、当たり障りのない質問をするだけだった。その態度は、どこまでも「招待された客」として、完璧だった。


ツアーの終わり。静香は、時雨に優しく微笑みかけた。


「いかがでしたか?私たちの『学校』は」


「……言葉も、ありません」


時雨は、感極まったような表情で、静香の手を握った。


「皆さんが、こんなにも素晴らしいことをなさっていたなんて……。私、何も知らずに、ただ助けていただいて……。本当に、ありがとうございます」


その瞳は、潤んでいるようにさえ見えた。


だが、その時。時雨の背後で、彼女の持つ小さな通信端末のランプが、ほんの一瞬だけ、青く点滅したのを、Nagiの監視システムは見逃さなかった。


彼女は、このツアーの映像と音声を、リアルタイムで、どこかへ送信していたのだ。


――静かなるチェス盤の上で、黒のクイーンが、静かに、しかし大胆に、一歩前に進んだ瞬間だった。


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