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日本社会のノイズに絶望した最強AIエンジニア(62)、俺を「マスター」と慕う天才美少女たちと静かな理想国家を建国する  作者: 春凪一


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5.6.毒蜘蛛の第一歩

5.6.毒蜘蛛の第一歩


「時雨ちゃん、でいいかな?足、まだ痛む?」


翌日。時雨の怪我はComfyの治療のおかげで、驚異的な速さで回復していた。とはいえ、まだ安静が必要だ。私達は、彼女をしばらくこの校舎で保護することにした。


響は、甲斐甲斐しく時雨の世話を焼いていた。すっかり保護者気取りだ。


「はい、響さん。おかげさまで、もうほとんど。……本当に、何から何までありがとうございます。皆さんがいなかったら、私、今頃……」


そう言って、時雨は儚げに俯く。その姿は、誰の目にも、助けられた恩に心から感謝している、か弱い少女にしか見えない。


(……完璧な演技だ)


私は、司令室のモニターから、保健室の様子を観察していた。


時雨の首筋には、Comfyが治療の際に装着した、極小のバイタルセンサーがまだ残っている。心拍数、発汗、声のトーン、微細な表情筋の動き……。あらゆるデータが、Nagiによってリアルタイムで分析されていた。


『マスター。対象『時雨』のバイタル、および感情パラメーターに、一切の欺瞞反応は見られません。感謝、安堵、そして軽い不安。観測される全ての数値が、彼女の言葉と完全に一致しています』


Nagiの報告は、昨日と変わらなかった。


「……Nagi。Aegisのセンサーを欺き、なおかつ君の心理分析さえもパスする方法は、理論上、存在するのか?」


『……存在しません。マスターのAI設計思想に基づけば、それは不可能です。心と身体の反応を、量子レベルで完全にコントロールできる人間など、いるはずが……』


Nagiの穏やかな声に、初めて、ほんのわずかな揺らぎが混じった気がした。


私は、モニターに映る少女に視線を戻した。


時雨は、今、燈と話している。


「……この施設、いえ、学校は、一体……?見たこともない機材が、たくさんありますけど……」


時雨の問いに、燈は少し警戒しながらも答える。


「……私たちの、研究施設よ。春凪マスターの指導のもと、新しい科学技術を開発しているの。あなたは、気にしなくていいわ」


ツン、とした態度だが、ベッドサイドに果物の入った籠を置いているあたり、根は優しいのが丸分かりだ。


「そう、でしたか……。なんだか、すごいですね。私には、難しいことは分かりませんけど……」


時雨は、尊敬と、少しの羨望が入り混じったような、絶妙な表情で燈を見つめた。その眼差しに、燈は少し気圧されているように見えた。


次に現れたのは、静香だった。彼女は、時雨に優しく微笑みかけながらも、その目は笑っていない。


「時雨さん。ご家族には、こちらから連絡しておきましたわ。ご両親も、とても心配なさっていました。足が完治し次第、ヘリでお送り届けますから、それまで、ゆっくりとなさってくださいね」


その言葉は、親切な申し出に聞こえる。だが、その裏には「あなたをここに長居させるつもりはない」という、明確なメッセージが込められていた。


「……!まあ、ご丁寧にありがとうございます、静香さん。……あの、一つ、よろしいでしょうか」


「ええ、何でしょう?」


「皆さんは、なぜ、このような場所で……?ここで、何を成し遂げようとなさっているのですか?」


時雨は、純粋な好奇心を装って、核心に迫る質問を投げかけた。


静香は、その問いに、一瞬だけ、思考を巡らせるような間を置いた。


「……それは、いずれ世界が知ることになりますわ。あなたも、きっと」


そう言って、静香は完璧な笑顔で、その質問を切り返した。


(……なるほどな)


私は、一連のやり取りを見て、静かに頷いた。


響は、時雨の「か弱さ」という仮面に、完全に騙されている。


燈は、時雨の持つ雰囲気に、警戒しつつも、ペースを乱されている。


そして、静香だけが、彼女の危険性を正確に理解し、冷静に対応している。


だが、問題はそこではなかった。


時雨という少女は、相手の性格を瞬時に見抜き、それぞれに最も有効な「顔」を使い分けている。


響には、庇護欲をくすぐる「妹」の顔を。


燈には、劣等感を刺激する「無知な少女」の顔を。


静香には、探り合いを楽しむ「対等な相手」の顔を。


これは、手強い。


AIでも見抜けぬほどの完璧な自己制御。そして、相手の心に忍び込む、天性の人心掌握術。

日本政府は、とんでもない切り札を、我々の懐に送り込んできたものだ。


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