5.4.鉄壁の穴
5.4.鉄壁の穴
数日後の、穏やかな昼下がりだった。
司令室である職員室で、私が読書に耽っていると、不意にAegisからのアラートが、静寂を破った。
『マスター。防衛網セクター7にて、微弱なヒューマンシグナルを検知』
モニターには、校舎から数キロ離れた山中の地図が表示され、小さな点が一つ、点滅している。
「Aegis、分析を」
私の声に、即座に銀髪の騎士が応答する。
『了解。対象のバイタルサインをスキャン。心拍数、正常。発汗量、軽度の運動レベル。アドレナリン分泌、基準値以下。敵意、攻撃性、共に検知されず。総合的に判断し、対象は99.8%の確率で、道に迷った一般市民……カテゴリー『遭難者』と判断します』
「ふうん、『遭難者』、か」
私は、本を置いて、モニターを見つめた。
Aegisの防衛網は完璧だ。物理的な侵入はもちろん、ドローンによる偵察や、衛星からの電子的な探査さえも、完全にシャットアウトする。この聖域に、我々の許可なくして入り込める者は、本来存在しないはずだった。
そこへ、騒がしい足音が聞こえてきた。
「ハジメぴょん、大変だよ!村の人が、山で女の子が倒れてるのを見つけたんだって!怪我してるみたい!」
息を切らせて飛び込んできたのは、響だった。
彼女の背後からは、心配そうな顔をした燈と、冷静ながらも警戒を解いていない静香が続いた。
「どうやら、Aegisが探知した遭難者で間違いないようですわね」
静香が、自分のタブレットの情報と照らし合わせながら言う。
「Comfy!救護室の準備を。響、村の人たちと一緒に、その子をここまで連れてきてやってくれ」
「りょーかい!」
響が元気よく返事をして、再び飛び出していく。
(……それにしても、妙だ)
私は、一抹の違和感を覚えていた。
あまりにも、タイミングが良すぎる。政府が我々への敵意を明確にした、まさにこの時期に、都合よく現れた遭難者。
『マスターの懸念は理解できます』
私の心を読んだように、Nagiが穏やかに話しかけてくる。
『ですが、Aegisのセンサーは、対象から一切の敵意を読み取っていません。生体情報を偽装する技術は存在しますが、Aegisの量子スキャンを完全に欺けるものは、現代の地球には存在しないはずです』
「……うむ。分かっている」
Nagiの言う通りだ。論理的に考えれば、私の懸念は杞憂に過ぎない。
だが、長年の経験が、私の内側で警鐘を鳴らしていた。AIが弾き出す確率論だけでは測れない、人間の「意図」というものが、この世には存在するのだと。
やがて、校舎がにわかに騒がしくなった。
響と、村の青年団の若者数人に担がれるようにして、一人の少女が運び込まれてきた。




