4.7.聖域の誕生
4.7.聖域の誕生
村長のその一言は、魔法のようだった。
張り詰めていた空気が、一瞬にして、ふわりと温かいものに変わる。
「村長がそう言うなら……」
「わしも、このじいさんたちと一緒に、未来とやらを見てみたくなったわい」
「うちの孫が、またこの村で暮らせるようになるんかのう……」
村人たちの顔から、疑念と警戒の色が消え、代わりに柔らかな笑みが広がっていく。
その光景に、響は「やったー!」と小さく叫んで、隣にいた燈とハイタッチを交わした。燈は驚きながらも、照れくさそうに、しかし力強くその手を打ち返している。静香も、いつもは冷静なその表情を崩し、安堵のため息とともに、そっと目元を拭っていた。
その日の夜は、ささやかな宴会になった。
村人たちが持ち寄った手作りの料理――採れたての野菜の煮物、清流で獲れたアマゴの塩焼き、そしてこの地で穫れた米で握ったおむすび――が、役場の畳の上に並べられる。
「春凪先生、まあ一杯」
「いやはや、わしらも最初はたまげたが、あんたの目は本物じゃ」
村の男衆に囲まれ、私は慣れない濁り酒を勧められていた。断る理由など、どこにもない。
少女たちも、すっかり村に溶け込んでいた。
「すごい!このお漬物、どうやって作るんですか!?レシピ教えてください!」
響は、おばあちゃんたちの輪の中心で、目を輝かせながら料理の秘訣を聞き出している。彼女のコミュニケーション能力は、ここでも遺憾なく発揮されていた。
「この鹿肉のシチュー……驚きました。低温でじっくり火を通すことで、タンパク質の変性を最小限に抑えつつ、筋繊維を効果的に分解しています。素晴らしい調理法です」
燈は、村の猟師の隣で、料理を科学的に分析しながらも、夢中で頬張っている。普段のツンとした態度はどこへやら、美味しいものの前では素直なようだ。
「角田村長。今後の具体的なスケジュールですが、まずは皆様の住居の耐震補強と、生活インフラのアップデートから着手したいと思います。費用は全て我々が負担します。ご安心ください」
静香は、村長や役場の職員と、すでに実務的な打ち合わせを始めていた。その手際の良さと的確な説明に、村の男たちは感心しきりだ。
その光景を、私は少し離れた場所から、満足げに眺めていた。
技術や、金や、計画だけではない。人と人との間に生まれる、温かい繋がり。それこそが、私が本当に創りたかった共和国の、本当の礎なのかもしれない。
宴もたけなわとなった頃。私は、立ち上がって、皆の注目を集めた。
「皆さん。本日は、本当にありがとうございました。我々の提案を受け入れてくださったこと、心より感謝いたします」
私は、深く頭を下げた。
「つきましては、この村に、我々の最初の拠点を構えさせていただきたい。廃校になった小学校があると伺いました。そこを借り受け、我々の活動拠点とさせていただきたいのです」
私の言葉に、村長はにっこりと笑って頷いた。
「おお、あの小学校か。子供たちの声が消えて久しい。あんた方のような若い人が使ってくれるなら、学校も喜ぶじゃろう」
こうして、私たちの最初の城が決まった。
それは、日本政府との「オセロ対決」に向けた、最前線基地。
そして、これから始まる「春凪共和国」の、記念すべき最初の領土となる場所だ。
村の深い夜空には、都会では決して見ることのできない、無数の星が瞬いていた。
その星の光に照らされながら、私は、これから始まる壮大な戦いに、静かに思いを馳せるのだった。
――第四部・完――




