4.1.世界が、私に賭けた日
第四部 聖域の礎
4.1.世界が、私に賭けた日
「目標額は、1兆円だ」
我ながら、とんでもないことを言ったものだと思う。
だが、私の言葉に、三人の少女たちは臆するどころか、その瞳を爛々と輝かせた。
「い、一兆円……!面白くなってきましたわ!」
最初に反応したのは、戦略担当の霧雨静香。クールな彼女の頬が、興奮で微かに紅潮している。
「りょーかいっ!響ちゃんの腕の見せ所だね!世界中をハジメぴょんファンにしちゃうんだから!」
天真爛漫な情報戦の魔術師、天宮響は、ぶんぶんと拳を振り回して意気込んでいる。
「……非科学的です。ですが、実現すれば、の話ですが……胸が、熱くなります」
ツンデレ天才物理学者の星影燈も、そっぽを向きながら、その声に確かな熱を帯びていた。
(最高のチームだ)
私は、胸に込み上げる温かいものを感じながら、静かに頷いた。
「うむ。では、始めようか。――響」
「任せて!」
響が指を鳴らすと、書斎の空間にホログラムウィンドウがいくつも浮かび上がった。彼女が創り上げた、世界最先端のPRプラットフォームだ。
作戦は単純明快。
まず、響が制作したプロモーション映像を全世界に同時配信する。
内容は、私たちがパンデミックをいかにして食い止めたか、その技術的優位性と、私たちが目指す「責任と静寂」の理念を、誰もが理解できるよう分かりやすく、そして何よりエモーショナルに訴えかけるものだ。ナレーションは、世界で最も信頼されていると言われる、あの国民的俳優にAI音声合成で協力してもらった。無論、許可は取ってある。
次に、静香が設計したクラウドファンディング・システムをオープンする。
これは単なる資金調達サイトではない。私たちの理念に共感した者が、自らの「信頼」を可視化し、未来の共和国の建国に参加するための、いわば電子的な国民投票システムだ。
そして、燈が世界中の専門家や技術者に向けて、共和国を支える科学技術――環境、エネルギー、医療、その全てが既存のシステムを遥かに凌駕するものであることを、論文とシミュレーションデータをもって証明する。
三人の天才が、それぞれの持ち場で最高の仕事をした。
その結果は、私の想像すら、遥かに超えるものだった。
キャンペーン開始から、わずか1分。
響が創った映像はSNSを通じて爆発的に拡散され、世界中のサーバーを揺るがした。
「HARUNAGIの理念は、人類の希望だ」
「この男に、未来を賭けたい」
好意的なコメントが、津波のように押し寄せる。
開始10分。
静香のシステムに、世界中から凄まじい勢いで資金が流れ込み始めた。最初は数億、数十億だった数字が、あっという間に数百億、数千億へと膨れ上がっていく。
開始30分。
燈が発表した技術論文は、世界中の大学や研究機関でトップニュースとして扱われた。当初は懐疑的だった専門家たちが、次々と沈黙し、そして最後には称賛の声を上げ始めた。
そして、キャンペーン開始から、わずか58分後。
『マスター。目標額、達成です』
書斎のコンソールから、統括AIであるNagiの、穏やかで優しい声が響いた。
モニターに映し出された調達額は、くっきりと「¥1,000,000,000,000」の文字を刻んでいた。
「やった……やったああああっ!」
響が飛び上がって、私の背中に抱きついてくる。
「……信じられません。私たちの計算を、遥かに上回るスピードです」
静香が、震える声で呟きながら、眼鏡の位置を直した。
「これが……これが、世界の人々の『願い』……」
燈は、ただ呆然と、モニターに表示され、今なお増え続ける数字を見つめている。
結局、私たちがキャンペーンを締め切るまでの24時間で集まった資金は、当初の目標の三倍近い、2兆8千億円に達していた。
世界は、私たちの理念に、そしてこの小さなチームに、その未来を賭けることを選んだのだ。




