04 完璧な計画
先日の舞踏会は、王子殿下の誕辰を祝う会だった。
王城で開かれた大きなもので、名だたる貴族はもとより、余所の王城都市からの使者などもちらほらと出席していたくらいだ。
それに比べると、いかにアシェア公爵であろうと、個人の開く夜会はささやかなものだと言えるかもしれない。
しかし、カーディル城でたまに行われるお遊び、ゼレットがごく親しい友人を招く会やら、使用人たちをねぎらうために開催する舞踏会ごっことは、規模が違った。
まず、広さが違う。
カーディル城は「城」と言うのがおこがましいほど、小さい。せいぜい「館」「屋敷」という程度だ。ちょっと成功した富豪の館ならば立派だが、町を治める領主のものとしてはどうだろう、と思われるくらいである。
カーディル一族はそれを気に病んだこともないらしく、補修や建て替えをしても、館を広くするという方向には行っていなかった。館のみならず町自体も伯爵領にしては小さいが、「手の届く範囲を大きく超えたものを持ったところで無駄だ」というのがカーディル一族代々の考えであり、彼らは大きな領地を望むことなどもなかった。
ゼレットは、やたらと広い領地や館――城――を持つ貴族のことを「余程、手が長いに違いない」などと揶揄することがある。
それに伴う責任、義務をきちんと果たしている人物を彼が悪く言うことはなかったから、聞かれたところで「妬んでいる」などとは思われないようだが、そうした台詞を笑って許されるのはゼレットの人となりだ。ソーンでは二十年経ったところで、その域に達するかどうか。
少なくとも当人は、不可能だと考えていた。ソーンがゼレットに敵う点があるとしたら、剣技くらいだ。
もっとも、ゼレットもなかなかの使い手である。貴族が息子を一年間ほど正規兵として修行に出すという話は珍しくなく、彼もそうした経験を持っていたから、「たしなみ」以上に剣を振るえるのだ。
しかしそうした「修行」は一種お飾りのようなところもあり、日がな一日訓練に明け暮れた訳でもない。一対一であればともかく、戦場に出るようなことは難しいだろう。
一方でソーンが経験してきた近衛兵は、その任こそ「お飾り」のように見えがちだが、万一に備えての訓練は厳しいものだった。
おかげで体力と剣には自信があったが、それ以外はさっぱりである。
「自信を持て」
ゼレットはソーンの背中をぱしんと叩いた。
「お前は俺の息子だぞ。姫君のひとりやふたり、笑顔ひとつで陥とせるはずだ」
いろいろな意味で凄い台詞である。
だいたい、いまだにゼレットは、ソーンが自分の実子であることを――「気の迷い」による告白を除いて――認めていないと言うのに、こんなときばかり血のつながりをほのめかしてくるとは。
「無理に決まっているじゃないですか」
たいていに置いては努力家のソーンも、こればかりは否定から入る。
「『レックとジード』という物語をご存知ありませんか?」
「いや、知らないようだが」
「人当たりのいい陽気な兄と卑屈で内向的な弟の芝居です。ふたりは双生児で、母親以外は見分けが付かないほど顔が似ているのに、明暗を分けた人生を送るんですよ」
「所詮、芝居じゃないか」
ゼレットは容易に切り捨てた。
「それにお前は卑屈でも内向的でもない。充分、人当たりがいいし、業務に悩んでさえいなければ陽気に振る舞うじゃないか」
「不幸になるのは、陽気な兄の方なんですけれど」
「うむ。左様か」
こほん、とゼレットは咳払いをしたが、所詮芝居だとまた言った。
「つまらない芝居、いや、面白かったとしても、芝居のことなど忘れろ。いやいや、そうでもない。いっそ自分が役者になれ。自分の笑顔に姫が夢中になると信じろ」
「無茶です」
「何故だ。お前の笑顔は可愛らしいぞ。ほれ、笑え」
「ひゃめてくらはい」
いきなり顔を掴まれて頬肉を上に引っ張られた青年は素早く抗議をしたが、まともに発音できないのではあまり迫力がなかった。
「怒るな。笑え。またやるぞ」
「う……」
けったいな脅しであるが、効果はあった。ソーンは引きつりながら笑顔を作る。ゼレットは満足そうな顔をした。
「それでいい。戸惑い気味なところがたいそう可愛らしい」
いい年の男が、可愛い可愛いと言われたところで褒められている感じなどしないのだが、抗議をしても無駄だろう。
「『どうしていいのか判らない』という風情で姫君の母性を刺激。完璧な計画だな」
「あまり完璧とは思えません」
計画ですらありません、とソーンは控えめに指摘をした。
「何故だ。セラエシィにどんな言葉が受けたか、どんな態度が好まれたか、全てきちんと話しただろうに」
「父上の武勇伝は幾度となくお聞きしていますが、オリフェリィ姫は母君と同じではないのですし、だいたい……」
「だいたい、何だ」
「高嶺の花です」
「馬鹿らしい」
ゼレットは一蹴する。
「機会があれば王妃殿下であろうと陥とす努力をする。それが男というものだ」
「違うと思います」
「うむ。王妃殿下は拙いな」
「そういう問題じゃないです」
「では仕方ない。気になる女がいれば振り向かせたいと思い、そのために努力をする。これならどこにも問題あるまい」
「う……」
一気に規模を縮小されて、ソーンは反撃の言葉を失った。
「で、でも、俺は、何も、オリフェリィ姫のことをそんなふうには」
それでもどうにか、ソーンは反論を試みた。
「ここまできてそれを言うか」
ゼレットは苦笑した。
「お前がいつになく身なりを気にし、礼服の新調をしたこと、ミレインやタルカスが俺に報告しないと思ったか」
「そ、それは、その、以前のものは少し型が古いとダーナン殿に指摘を受けたので」
「うむ。流行に乗るのも我らの務めだからな。かと言ってウェレスで人気ばかり先行している仕立屋に頼まず、カーディルの仕立屋に作らせたのだから、領主としてよいことだ」
前領主はにっこりとした。
「立派だぞ。胸を張れ」
ソーンは覚悟を決めて、深呼吸をした。




