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9 冷気

 3月20日。悠哉が夢を拾い直したその日、啓司はそのまま夢の話をした。


 4月28日。最大参加数約一万六千人という大規模な大会が開かれる。名前はラインオーバー。


 エルガレイオン・オーバードーズの公式、つまり製作会社である日本の企業、ブレイン(B)アクセス(A)アノマリー(A)が主催する大会で、来年の世界大会を見据えた新規のプロを発掘するための大会。


 それが始まりの鬼門で、大したことのない1歩目。


 悠哉はファーストステップにしては重すぎると弱音を吐いた。


「なぁ初めから大規模が過ぎないか? 一万人と戦うなんてどんだけ時間がかかるんだよ」


「それはオンラインでの予選があるから問題はない。トーナメントで二千人までそこで減らされる」


「で、残った二千人は会場でトーナメントね。それでも結構居るな」


「たかだが二千人それもプロ未満。ここで勝てないなら終わりだ。諦めろ」


 簡単に言ってくれるなと、悠哉は思ったが、しかし啓司の言い分は正しい。


「確かに、ここで勝てないなら届くわけはないな」


 勝負には運も絡んでくる。純粋な実力のみが測られるわけではなく、その日の体調も大きな影響を及ぼす。


「何連勝すればいい?」


「オフラインに行くには3連勝。優勝は14連勝」


「たかだか14な。余裕だね」


 VRゲームの対戦試合で、連勝し続けることは非常に難しい。


 従来のVRではないコンソールを叩く2Dゲームでは、出来ることに限りがあった。絶対的なシステムとして、このボタンを押せばこの技が出るというように出来ていた。


 だが、VRにはそれがない。コンソールを叩かずに体を動かす要領で行動するため、蹴り1つを見ても、人によって動きに差異が出る。


 理想論や理論値。効率論を学べばその動きも最適化されていき、やがて皆似たような動きになるのだが、しかしそこに読み合いの余地が生まれる。


 従来のゲームではありえない読み合い。技の発動を遅くするのではなく、技そのものの形を変える。あえて最適解を辞める。


 VRというシステムによって、選択肢が無限に膨れ上がった結果、対戦における疲労も尋常ではなくなった。


 オンラインで3連勝。そしてオフラインで11連勝。


 楽勝だと笑うことは、全くもって正気ではなかった。


「ほら、リハビリしていろ。大会へのエントリーはやっておく」


 啓司はそれだけをいうと、悠哉の家のパソコンを勝手に起動した。悠哉はそれに何かをいうことはなく、自分のVRヘッドギアを装着してから啓司に言葉を投げる。


「俺のアカウントのパスワードは────」


「NIMONOOISII。早く行け」


 悠哉は苦笑してから簡易ベッドに寝転がった。


 青々とした草原に白色の丸テーブルと椅子。貴族のお姫様が庭で開く茶会のように、日傘がテーブルの下を優しく保護している。


 その影の中で大きな姿見が浮いている。


 VRゲームというものは、所詮は人間の脳を使う物でしかなく、ゲームの中といえども、いや、ゲームの中だからこそ、人間の脳が持つ機能を越えるようなことは決して出来ない。


 具体的には、鳥になっても翼を動かして空を飛ぶようなことは出来きず、考えただけ、思っただけで、ゲーム内に影響を及ぼすことは出来ない。飛ぶという結果だけを思って飛ぶようなことは出来ない。


 ゆえに、ほとんどのゲームがこの姿見のように、VR空間内でメニュー画面にアクセスするためのシステムが用意されている。


「うわ、メニュー画面変わってるな。あー、これが例の新キャラね」


 ゲーム自体を触っていなくても、動画サイトやネットの攻略記事などを目にしている。そのため離れていた半年の間に実装された新しいキャラクターや、仕様変更、キャラクターの強化や弱体化は頭の中に入っている。


「ランク…いや、ランクだな。ノーマルじゃひりつかない」


 失う物がないと楽しめない。そんな理由で今まで悠哉はノーマルマッチを一切していない。だからこそ、今更ノーマルマッチに行くことは逃げだと思った。


 負けが怖くてランクマッチには行けません。そんなことは認めたくない。


「やってなくても腕は落ちねーよ」


 自分に言い聞かせて、ランクマッチのアイコンをタップした。


 予想待機時間5秒という表記が現れて、その1秒後にマッチ成立のアイコンが姿見一面に現れる。対戦相手のキャラクターとプレイヤーネーム、そしてランクポイントが出現する。


 準備する時間すら与えてはくれない。


 心の準備、というと大仰だが、しかし最高段位のランクで、なんのリハビリもなしで半年振りの戦闘をするのだ。緊張の1つぐらいはある。


「さて、やるか」


 幸いにも見知ったキャラクター、戦ったことのあるキャラクターであるため、悠哉はいつも通りに、勝つつもりでマッチを成立させた。


 エルガレイオン・オーバードーズ、通称EODは、キャラクターの個性が激しく強烈に設定されている。


 例えば悠哉の使用キャラクター、ルクスなどは、ゲージを溜めきることで初めて使用可能になる自己強化技、雷光融解(リベロクラルス)を使うことで逆転するというシンプルなコンセプトを持っている。


 しかしその特徴を極限まで尖らせた結果、ゲージを溜めきれるなら勝ち、溜めきれないなら負け、という対戦ゲームではあり得ない。相手の体力よりも自分のゲージを注視する本末転倒を引き起こしている。


 キャラクターの身体能力は下から数えた方が早く、火力も同じ、スキルも雷光融解(リベロクラルス)という技に1枠を取られている都合、3つしか使えない。そしてその内の1つは非常に取り回しが悪い。


 そのため雷光融解(リベロクラルス)勝利方法の1つではなく、雷光融解(リベロクラルス)だけが、唯一の勝利手段になってしまっている。


 それだというのに、そのゲージ、クラルスゲージを溜める方法が、攻撃を相手に当てることというアクティブな物であるため、攻め続けて逆転しなくてはならないという意味不明。


 個性が強烈すぎて、崩壊している。最弱候補になる理由もわかるほど。


「弱いってのは、使い方を知らないだけだ」


 マッチが成立して、世界が変わる。風景から椅子や姿見が消え失せる。


 剥き出しの草原が、優しい風で悠哉の頬を撫でる。


 プレイヤーネーム、ネコノミコン。


 頭の上にそんな名前を浮かべた対戦相手を一瞥する。


 黄色い髪を少しだけ伸ばした長身の男で、近未来的なバイザーで目を覆っている。半袖のコートは白色で、ふくらはぎの辺りまで裾が長い。ズボンの膝下は長いブーツに食われており、そのブーツはヒールが高い。


 名前はノブレス。


 手にはガラスで出来た片刃のロングソードが握られている。


 男装の麗人。そう呼ぶには男らしい。しかし男と呼ぶには余りにも女性的。中性的で、機械的で、無機質。その見た目でゴリラ。


 女性人気が非常に高い。しかしゴリラ。


 ガラスの剣を砕きながら戦うパワーファイター。砕けば砕くほど筋力が上がっていくキャラクターで、剣を生み出すスキルと、砕いた数だけ威力が上がるスキルで戦うキャラクターだ。


 EODというゲームは、基本的にどんなキャラクターもスキルを4つ持っている。しかし目の前のキャラクターはそのルールを破って、2つしかスキルを持っていない。個性が崩壊した結果だ。


 繊細そうな技術で戦うような見た目のキャラクターだというのに、その本質は力そのもの。ルールすらも殴り壊すという明確な意志がある。


 初心者オススメキャラクターだ。


 ルクスとの相性は特に悪くない。力に全てのリソースを注がれたキャラクターであるため、移動速度など、筋力以外のステータスに差がないからだ。


 ノブレスには遠距離攻撃がないため、距離を離しながら射撃でクラルスゲージを回収。それで雷光融解(リベロクラルス)を解放して勝ちだ。


 バトルが始まる三秒前。おおよその戦いかたを固め、体と心の緊張をほぐした。


 負けたとてプロになる道が閉ざされるわけではない。しかしだからといって、負けていい理由にはならない。そして、負けるのは嫌いだ。


 久しぶりの高揚感。彩音に負けてから目を背けてきた物。ずっと望んでいながらも、自分から手を伸ばすことが出来ずにいた世界。


 この世界に、EODの世界に自分がいる。


 ─────興奮する!


 バトルが始まる。


 牽制で射撃を1発。当然のようにガラスの剣で弾かれる。そのまま距離を詰められるが、悠哉は焦ることなく後退。続けて射撃を3発、相手の回避を予想した2発と直撃狙いの素直な1発。ノブレスは回避をせず、1発を素直に弾いて向かってくる。


 ゲージを溜めさせることを恐れていない。やられる前にやるというスタンスが回避を極力しない動きから見て取れた。


 最短距離を無心で突っ込んでくる。EODのバトルエリアは半円状のドームの形をしているため、その動きをされるとどうしても追い付かれてしまう。


 あまり時間を掛けずに悠哉は壁を背負った。


 そしてノブレスは悠哉を壁まで追い込むと、走ることを止めた。そしてジリジリと間合いを詰める。最高ランク、レジェンダリーの400ポイントは嘘偽りではなく、しっかりと優位を保持する動きをしている。


 悠哉は笑った。それはとても、挑戦的に笑った。


 追い詰められている者の顔ではなく、むしろ追い詰めている者の嗜虐的な笑みだ。


 その瞬間、有利が逆転する。


 一歩、悠哉は気負うことなくゆったりとした動作で距離を詰める。


 ノブレスは動けない。緩慢な様子で歩く悠哉に殴り掛かることが出来なかった。


 さらに悠哉が、距離を詰める。やがて剣の間合いにお互いが入り込む。


「っ!」 


 ノブレスのガラスの剣が袈裟懸けに振るわれる。


 悠哉はそれを斜め下にしゃがむことで回避する。そしてそのまま足を払う。結果、ノブレスがバランスを崩し地面へ倒れた。


 このゲームにはコンボというものがない。そして従来の格闘ゲームのように起き上がりに攻めるという技もない。そのため起き上がるまで待つ理由もなければ、倒れた相手への攻撃にボーナスがつかないわけがない。


 VRゲームはゲームとしてのシステムで運用された世界の中で、リアリティを限界まで突き詰めたゲームジャンルだ。


 地面に倒れた相手へ剣を突き立てる。そこまでやって殺せないというのには、余りにも現実味がない。


 トドメの一撃を狙えるほどの致命的な隙に剣を差し込む。唯一例外的な勝利方法。


 悠哉は逆手に剣を持ち、渾身の力で倒れたノブレスへ剣を突き立てる。


 ノブレスのガラス剣が盾のように悠哉の剣を受け止める。


 38回。それはガラスの剣が攻撃を受け止めた回数だ。


 ガラスはガラスとして、甲高い音ともに砕け散る。キラキラとした粒子が雪のように舞い散る。その中を、鋭い刃が貫いた。


「お前の敗因は、自分がいつまでも攻める側だと誤解したことだ」


 相手に言葉を投げ掛けるが、その言葉はシステムで遮断されるため届くことはない。それでも悠哉がそう口ずさんだのは、自分にその勝利を刻むためだ。


「つまんねーな」


 EODは対戦ゲームでありながら全ての武器に耐久値がある。普通に戦うのなら意識しなくてもいいが、無茶な使い方をしたり、特殊な条件で壊れやすいものがある。


 ノブレスは後者だ。ガラスの剣を壊して強くなるというキャラクターであるため、ガラスの剣の耐久値は非常に低い。壊して、作り、また壊す。それを繰り返す。ガラスの剣を作ることは一瞬で出来るが、しかしそれでも一瞬は隙が生まれる。


 上手いノブレス使いは自分の剣の耐久値をしっかり管理していて、壊れる瞬間と状況リセットの瞬間を合わせてくる。


 今回もそうだった。悠哉が距離をおもむろに詰めたのは、その瞬間をしっかりと見切っていたからだ。


 キャラクター対策と、50回を越える射撃による人読み。それらを使った不意打ち。


 真っ向勝負で戦わず、暗殺紛いの攻撃での勝利。あまりにもアッサリしすぎていて、あまりにも効率的で冷たい。


 熱狂的とは言えず、悠哉の望む戦い方ではない。正しい勝ち方ではない。


「まぁ、勝つには仕方ねーよな」


 世界が崩壊し、また茶会の会場と姿見が目の前に現れる。


 半年振りの勝利は、なんとも言い難い苦味を覚えた。


 頭を振ってその気持ちを振り落とす。


「勝ちは勝ち。次」


 姿見を操作してまたランクマッチの操作を行った。


 そうしてひたすらにランクマッチをやり続け、気付けば4月。新学期が始まり、新しいクラスメイトとの出会いに恵まれる。


 誰も自分の知り合いがいない。悠哉はそのことに安堵した。もし、彩音と同じクラスだったのならどんな顔で向き合えばいいのか分からなかったからだ。


 椅子に座ったまま、クラスを見回す。もうすでにグループが数個出来ており、聞こえてくる声音から、元々友達だったのだろうと察せられる。


 これからそのグループに所属しないグループと、個人主義者に別れていくのだろうと、なんとなくクラスの先行きを予想した。


 まぁ、どちらでもいい。


 悠哉として必要な時に必要な会話が出来るならなんでもいい。クラス一致団結など、社会に出たことのない教師の妄言でしかない。


 欠伸が出そうになる春風の中で、これから一年関わることになる教師の話を聞いていると、直ぐにその日の日程が終わった。初日ということもあり、昼までしか授業がなかった。


 悠哉はクラスの喧騒から誰よりも早く抜け出し、そのまま学校からも出ていく。やるべきことがあるのだから、それ以外はどうでもいい。


 急ぎ足で帰宅する。家の鍵を開けるとなんとも寂しい気持ちが渦巻いた。


 たった半年だったが、2人で暮らした思い出がそこにはある。人が1人足りない。


 ため息を溢し、それから直ぐにシャワーを浴びた。帰る途中で買ってきた弁当を飲むようにして食べ終わる。


「さて、やるか」


 なにもかもを削ぎ落とした日常が続き。4月20日を迎えた。


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