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4 夢は幻

 左目をわざわざ隠すことなく、彩音(あやね)は残りの中学校生活を始めた。


 悠哉(ゆうや)は事件のあとから、ピアスを着けたままで登校していた。


 勝利した証明だと口にしていて、先生方からピアスについて何か言われる度に、「肩が痛いなぁ」と脅していた。


 性格が悪いと思うが、素行が悪いわけではないので彩音は知らん顔をした。伯父さんも伯母さんも特に指摘もしなかった。


 3年生に進級して悠哉と同じクラスになった時は、面倒なことを1つにまとめたのだろうなと、先生方の苦悩を察するほどだった。


 そして冬が訪れる。高校受験の終わり際。さすがの悠哉も夏ごろにはピアスを外しており、真面目に勉強していた。


「よかった~。彩音は受かって俺が落ちてたら泣いてた」


 同じ高校の貼り出された合格者発表に彩音と悠哉の受験番号はしっかりと残っていた。


 高校受験を乗り越えて、彩音と悠哉は15歳を越えた。


「よっしゃあ! これでゲーム解禁! サイコー」


 VRゲームは過去、殺人事件を何件か引き起こしたため、法律で厳しく管理されるようになった。ゲームと現実の分別がつくようになるまで、つまり15歳になるまでプレイ出来るゲームの種類に規制を受ける。


 もちろん、それを無視して子供に与える親もいるが、伯父さんと伯母さんは断固として拒否していた。伯父さんはプロゲーマーであるため、そのような問題について厳しく、伯母さんも同じだった。


 VRゲームが出てからは、プロゲーマーという職業のイメージは大きく変わった。


 流石にプロ野球選手などのリアルスポーツには劣るが、しかしそれに近しい印象を与えるようにはなっている。


 羨望の眼差しを向けられるゲーマー。やがてゲーマーという名前も過去のものとなり、プロゲームプレイヤーという物が正式名称となった。


 皆、公式が勝手に言っているだけ状態であるため、大きな変化はない。


「俺プロゲーマーになって最高の舞台で遊ぶんだよ」


 悠哉はそう笑っていた。昔から変わることなく。


 ちょうど昨年、新作の対戦型のアクションゲームがあった。発売されて1年しか経っていないのに、従来の対戦アクションゲームの良いところを全て越えたと称される神ゲー。


 エルガレオン・オーバードーズ。


 悠哉は当然のように手を付け、彩音も手を出した。啓司(けいじ)継羽(つぐは)も手を出して、皆ハマってしまった。


 それから3ヶ月、彩音は悠哉と啓司の3人でチームを組んで数回大会に出場した。


 発売から1年も経てば公式の大会はそれなりに充実してくるものだ。


 連勝を重ねて順調だった。しかしそれはアマチュアが多い大会に限った。


 勝てば勝つほどに、プロという物が近づけば近づくほどに、勝利は遠くに消えていく。


 そんな時、パソコンに1通のメールが届いた。


 それはプロチームへの招待状であり、宛名は華道彩音だけだった。


 断る予定だった。彩音は悠哉たちとゲーム出来ればそれで良かったからだ。しかし、悠哉はそうではなかった。


「俺たちは彩音の足手まといでしかねぇ」


「いや、でも大将戦を悠のお陰で───」


「それで勝てた試合より、負けた試合の方が多いだろ。大将戦になって勝てた試合より、中堅の彩音が破壊し尽くして終わった試合の方が多い」


「でも、私が勝てなかった相手に悠が勝ったこともある」


「だから! それよりも俺が負けて終わることの方が多いって言ってんだろ!」


 悠哉が疲れたようにそう言い放つ。


「ほら、プロチームは彩音だけが必要なんだと。これが事実だろ」


「私は、このまま皆で遊んでいたいよ」


 彩音は本心からそう口にした。すると、悠哉が、彩音ですら今まで聞いたことがないような底冷えするような、感情のない、機械的な声を発した。


「は? お前、目の前にプロへの道があるんだぞ? なんでそんなことを言えるんだ? 成功の道があるのに、なぜだ?」


 初めて彩音は悠哉の目から怒りを向けられた。


「──っ」


 言葉で出てこないまま固まってしまうと、悠哉は彩音にとって、どちらを選んでも最悪の選択肢を用意した。


「1度本気で戦おう。俺が勝ったなら…俺はお前を軽蔑する。お前が勝てたなら、そのままプロチームへ行け」


 拒否権など聞かないと、悠哉はVRヘッドギアを起動してリビングの簡易ベッドに転がった。


 彩音に所在なさげに部屋にいる残りの2人、継羽と啓司に目を向けた。


「…俺は悠哉の意見を支持する」


「私は……わからない」


 啓司は目を合わせないままそう言って、継羽は視線を下に向けながらそう言った。


 話し合いで解決したいと、彩音はVRヘッドギアを装着して寝転んでいる悠哉に目を向けるが、しかしそれはきっと叶わないことを分かっていた。


 彩音はVRヘッドギアに手を伸ばした。




 ◇




 VR空間。どこまでも広がる草原は、コンクリートや金属、液晶ディスプレイに囲まれて生きてきた悠哉にとって、とても新鮮で心地がいいものだ。


 エルガレイオン・オーバードーズは、戦闘エリアやメニュー選択エリアなどの拡張性は他の対戦ゲームとは比較にならない。しかし悠哉は戦闘エリアをなんの捻りもない草原にしていた。


 現実とは異なり、痛くない太陽は穏やかで優しい日差しをしていて、暑苦しさによる汗の鬱陶しさとは無縁。常に春の清々しい季節を味わえる。


 だが、今回ばかりはそんな穏やかな気持ちは一切沸き起こらない。


 メニューエリアに鎮座する巨大な姿見。そこに映し出されるメニュー画面で、悠哉は彩音への招待を送った。


 普段は気にならない待機時間が、嫌に長く、居心地が悪かった。


 姿見の中でメールのアイコンが光る。


 バトルの同意を求めるシステムメッセージを目にして、悠哉は苦しみに苛まれた。


「はぁ……やるか」


 現在、自分が操作しているキャラクターを姿見で確認する。


 黒髪で蒼い瞳。中肉中背で青色を基調とした服装で、ジャケットを羽織っている。右手に青色のロングソードを握り、左手には少しだけ銃身が長いハンドガン。


 キャラクターコンセプトと性能の全てを逆転性能に極ふりされたキャラクター。ルクス。


 キャラクターの身体能力が削ぎ落とされており非常に貧弱で、勝ちのパターンは逆転性能を引き出すための条件を満たす以外に存在しない。


 不器用雑魚の名前を欲しいままにしている。


 最弱候補に名が挙がるキャラクターだ。


 正直に言うのなら、悠哉は勝てる気がしなかった。


 それでも逃げることなどしない。出来ない。プロになることを夢見た時点で、戦うことは必然的で、避けようのないことだからだ。


 姿見のメニュー画面で、バトルの同意を押した。


 メニューエリアと似た草原。三十メートルほど先で、静かに佇んでいた。


 赤色の長髪を高い位置で結び、ポニーテールにしている女性。


 その女性はミニ丈のドレスと鎧が混ざったような服装をしている。しかしその服装は、思わず『服』と呼んでしまうほどに鎧としての役割を果たしていない。ところどころが白い金属で作られた赤色のドレス。そう評するしかない不思議な服だ。


 女性は手袋代わりの赤色の手甲に、1つの大きな金属を握っていた。


 それは大剣。白く、汚れなど一切付着していない。純真。


 その女性は手に持った剣を含めて、まさに白で着飾った赤だった。


 名前はフラマ。


 ルクスの逆とも言えるキャラクター性能をしていて、自傷ダメージを受けながら相手を倒す。自分が倒れる前に相手を倒すというキャラクターだ。


 キャラクターの身体能力は、自傷行為によって強化される。ルクスとの差は圧倒的で、最強キャラクターに名前が上がる。


 フラマが黄金の瞳で悠哉の様子を伺っている。


 悠哉は唾を飲み込んだ。そして右手に握ったロングソードをより強く握り、左手のライフルをしっかりと握り直した。


 フラマと悠哉との間には30メートルの距離があるが、しかし悠哉はフラマの存在から圧迫感を覚えていた。


 悠哉は息を深く吸い込み、それをゆっくり吐き出した。


 時計の針が進む。バトル開始まで残り5秒。


 悠哉はキッと視線を鋭く尖らせて、勝つために意識を張りつめる。


 ふと、その瞬間。悠哉の心の中に、負けてもいいか、という甘えたような、諦めたような声が響いた。


 それは空っぽになるまで研ぎ澄ました心に、強く反響した。


 残り1秒────0秒。


 緊張感が爆発する。


 それが戦いのゴングと重なった。


 悠哉は即座に後方へステップしながら、銃の照準にフラマを捉えた。


炉心融解(インフラマラエ)


 フラマがそう呟いた瞬間。白い鎧の部分から炎を放出し、瞬く間にフラマは赤一色に染まった。


 悠哉は驚くこともなく、躊躇なく引き金を引いた。


 フラマは大剣を振り回し、悠哉の射線にそれを滑り込ませる。そして金属同士がぶつかったにしては、嫌に軽い音が響いた。


 炎を放出しながら、炎に焼かれながら、フラマが距離を詰める。


 30メートルほどあった距離が2秒で踏破される。


 当然、悠哉はその2秒の間に数回の射撃を繰り出したが、そのどれもが弾かれたり、避けられたりで効果はなかった。


「チッ」


 大剣が当たるほどの距離に近づかれた悠哉は、右手で用意していたスキルを発動させる。


雷鳴閃(フルメン)!」


 雷を纏ったロングソードを横なぎに振るう。それはフラマの驚異的な身体能力に追いすがるほどに素早い物だったが、しかしその剣は空をきった。


 フラマはそのスキルを、驚異的な反射神経と身体能力で回避した。身の丈ほどの大剣を握りながらのバク宙である。


 まさか回避されるとはつゆにも思っていなかった悠哉は、戦いは始まったばかりだというのに、冗談だろう、と呆れて笑った。


 ダメだこりゃ、そんなことを頭の片隅で考えながらも、悠哉はフラマの着地点にタイミングを合わせてローキックを繰り出した。


 流石にそれは回避されず、フラマの足元を不安定にし、次の行動を止めることに成功した。


 悠哉はスキルを使って左へ向けて振り抜いた剣を、今度は右手へ戻しながらフラマへ振るった。


 しかしそれは大剣に阻まれ、金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、悠哉の手に痺れを残した。


 悠哉の攻撃はそれでも止まることはない。


 今度は左手で用意していたスキルで追撃を敢行する。

 

 悠哉は銃口を大剣で守られていないがら空きの体へ向けながら、発動待機状態のスキルを発動させた。


雷鳴集(ストロペトゥム)!」


 紫電が銃口から放たれる瞬間。悠哉はフラマが大剣の裏側で、握り拳を胸に当てていることに気付いた。


死水蒸発(エクスハティオ)


 フラマが自身を中心に、悠哉の紫電を弾くほどの白い大爆発を起こした。


 その爆発に至近距離で巻き込まれた悠哉は当然のように弾き飛ばされ、地面を転がった。


「ぐっ!いって!」


 痛みはほとんどない。悠哉の視界の隅に目立たないように表示されているインターフェースのHPバーもあまり減っていない。


 ただ、ゲーマー特有の、ダメージを受けた時に咄嗟に出る反射的な言葉で、痛覚リンクなどと揶揄されてきた言葉だ。


 悠哉は転がった勢いを利用して即座に地面から起き上がると、フラマに視線を向けた。


 フラマのHPはエクスハティオの発動により減少しており、それは悠哉が受けたダメージよりも大きい。


 本来ならば、ダメージトレードで勝てたと喜んでいい。しかし悠哉は顔をしかめた。視界の隅にあるインターフェース、その中にあるスキルアイコンのクールタイムを目にしていたからだ。


 残っているスキルは1つのみ。しかしそれは、大きなリターンがあるものの非常に扱いづらく、はっきり言って役に立たない。


 悠哉は冷静にフラマとの距離を測る。目算で20メートルと判断し、バトル開始時よりも状況が悪くなっていることを強く実感した。


炉心集炎(フォーカス)


 エクスハティオによって、悠哉に付着した炎がフラマへと集まっていく。そしてフラマの炎も消えて白い部分がまた見える。


炉心融解(インフラマラエ)


 すぐに白い部分が火に焼かれて消えた。


 それから一瞬でフラマが悠哉の目前まで迫った。


 スキルによる強化がない剣速はフラマを捉えられず、銃口を向ける隙を作るには、あまりにも防戦一方だった。


 叩きつけられる大剣。振り回される大剣を必死に受けるだけで手一杯。


 千日手のような戦いを押し付けられる。それも格上から。


 やがて悠哉は攻撃を受け損ね、体に大剣が突き刺さる。


 攻撃を受けて発生したノックバックに、バックステップを重ねることで大きく距離を離すと、その最中で悠哉はクールダウンの終了したスキルのモーションを取る。


 銃を持った腕で力こぶを作るように構える。スキルが発動待機状態に移行する時間までそれを維持してから、銃口をフラマへ向ける。


雷鳴集(ストロペトゥム)!」


 放たれた紫電は大剣で防がれるが、当てたことに意味があった。逆転をするために必要なゲージが少し貯まる。


 だが全てのゲージを回収しきるには、体力的な余裕はない。


 フラマがまた距離を詰め、戦闘が再開される。


 剣を使うスキルのクールダウンは終わっているが、しかし、至近距離での斬り合いでスキルを発動させるためのモーションを取ることが出来ない。


 やがて逆転性能を発動させるよりも先に、その時が容易く訪れた。


 悠哉の振るった剣が空を切り、それをフラマが大剣が強引に上へ弾く。


 自分を守る剣は、次のフラマの攻撃までに戻ってこない。


 フラマが両手で大剣を握りしめる。


 バッターがホームランを打ったと分かる瞬間。もしくは、バスケでスリーポイントが決まる瞬間。確実に決まったと確信する感覚を悠哉は覚えた。


 ここでも、そうなのか、ここでも俺は負けるのか。俺は彩音に夢見たことすら勝てないのか。


 そんな真っ黒な絶望が胸中を満たすと、スキルの発動を告げる声が耳を打った。


「…燃成剣器(グラディウス)


 世界すら燃やすような赤色の渦が大剣に収束し、それが振り抜かれる。


 HPが全て消滅する瞬間。悠哉は自分の劣等感が酷く痛かった。


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