19 悪辣は特別製で
敗北。それは今まで何度も味わってきた。死ぬほど嫌いだ。楽しくない。だから勝てないことは捨てて、勝てるところで勝ってきた。
向き不向きは誰にでもある。だが、その不向きが、自分が理想とする夢と同じ道であったのならば、その道のりで味わった敗北を、どう納得すれば良いのだろうか。
諦めれば楽になれるのだろうか。
有明GYM―EXの控え室。悠哉は椅子の背もたれに体を預けて天を見上げていた。
見るに堪えない敗北だった。つまらない負けかただった。相手が上手くて、接戦の末で負けた訳ではなく、ただ単に自分が下手だから負けた。
大勢の観客に見守られて、許しがたい醜態をさらした。
大型の大会で、その初戦で、初心者だと言われて納得してしまうような杜撰で稚拙なプレイを行った。
会場にいる全ての視線から責められるような痛みを覚えた。
そしてその痛みよりも鋭く重い落胆が、自分の心の内側から自分に向けられている。
失望が、血管をめぐる。ドクドクドクと、心臓の鼓動が煩わしい。
「クソ……」
悠哉は視線を天井から部屋にあるモニターへと移した。
2人のプレイヤーが激闘を繰り広げていた。両者ともに基本に忠実で、しかし時折自己流と思われる動きを繰り広げている。その動きには確かな自信があった。
悠哉は片方のプレイヤーに露骨な敵意を向けた。
お前だ…。お前が全て悪い。俺の不調は全てお前のせいだ。
「ムーンロア…!」
負けた相手はムーンロアではない。しかしこの会場で、その名前を聞いたときから、悠哉はあの敗北に囚われてしまった。
悠哉が愚かな怒りに蝕まれていると、スマホに継羽からのメッセージが届いた。
『調子を取り戻して。まだ敗者復活があるよ』
『会場に居るのか?』
『彩音もいる』
言葉が出てこなかった。醜態を見られた恥ずかしさと、彩音と戦って負けたことを不調の理由に上げようとした自分への絶望が混じって、なにも出てこなかった。
スマホの前で指を止めていると、継羽からのメッセージが続いた。
『彩音は待っているよ』
何を、とは言えなかった。それは確かに自分が放った責任だ。やるべきことで、やらなくてはいけないことだ。
プロの土俵で彩音と向き合わなくてはいけない。立場を持たなくては、謝罪に意味がない。合わせる顔がない。
プロにならなくては、いけない。
「勝たねぇと。勝つんだ」
『問題ない。ありがとう』
悠哉はメッセージを送った後で、スマホをテーブルに放置すると、食い入るようにモニターに集中した。
そこには怒りも、後悔も、不調の全てがなくなっていた。
ただ、勝つために分析する。相手を理解して、徹底的に自分のプレイをする。
勝てない敵ではない。ムーンロアも逃がさなければ勝てる。
彩音という王者に勝たなくてはならないというのに、こんな所で足踏みは出来ない。
瞬きすら惜しむように、悠哉は無駄な思考を全て頭の中から弾き出す。そして脳の中に映像を流し込むと同時に、それらを分析して自分の中で理解して利用できる情報へと変換していく。
相手を抑制する動きは、相手を理解することで成り立つ物だ。悠哉のプレイが、やっと元の形に戻った。そして敗者サイドのトーナメントは悠哉にとって最高の舞台だった。
敗者サイドのトーナメントはその性質上、必ず勝者サイドの戦いが終わった後に続くため、先に相手のプレイを見ることが出来る。それはつまり初見で当たる敵がいないということであり、戦う前にプレイの分析が必ず行えるということになる。
相手も同じではあるが、しかし悠哉の異質な剣術は一朝一夕で対策できるほど可愛いものではない。そのため一方的に情報アドバンテージを奪うことができる。
テストが始まる前に出てくる問題をカンニング出来るような物だ。
必要な公式を覚えることも、そもそも問題を先に解いておくことも出来る。
敗者サイドの1戦目、悠哉はやりたい放題という言葉すら足りないほどに我が儘で、自分勝手なプレイで勝ちきった。
初戦の不出来が嘘のように圧勝する。初心者的な動きであるものの、相手は押し込まれてそのまま負けていく。それは不可解の極み。観客席にいる人の多くは、なぜ勝てているのか分からない。
ただ、目の前の現象として、ルクスが攻め続けて相手に反撃すら許さずに押し潰したという事実だけを理解する。身体能力が劣っているルクスが、身体能力に優れた相手を叩き潰すというジャイアントキリング。
それが2戦目、3戦目と続いた。
キャラパワーを嘲笑うようなそのプレイは熱狂を呼ぶ。
敗者サイドの王。上に噛みつく負け犬は応援される。
そしてやってきた4戦目。勝者サイドの決勝戦で負けてきた相手と悠哉は試合をした。
プロとして即活躍できるようなプレイヤーしか招かれていない大会で、勝者サイドの決勝戦まで上り詰めたプレイヤー。決して弱くはない。だが、勝利以外の思考を削ぎ落とした悠哉にとって、その強さは弱点以外の何者でもなかった。
強いものを絡めとる。相手を負けさせるという悪辣な剣術には、強さはむしろ弱点として機能してしまう。
勝利は必然的だった。
「ふぅ……あと2回」
決勝戦前に用意された休憩時間。控え室に戻った悠哉は息を吐いた。
体に残る疲労感を少しでも減らすために、体から熱を放出したかったのだ。
「あと2勝。勝てる。勝つ」
うわ言のように悠哉はそれだけを口にして、次の試合に向けて気持ちを昂らせる。
勝者サイドと敗者サイドが交わる最後の試合。勝者サイドは、この試合に負けても敗者サイドとしてもう一度同じ試合が可能になっている。
つまり敗者サイドである悠哉は、2回ムーンロアに勝たなくてはならない。
状況は始まる前から不利だというのに、調子は恐ろしいほどに良い。過去最高と言ってもいい。だからこそ、負けたくない。
「負けたくねぇ……」
椅子に前傾姿勢で股を開いて座り、左右へ広がった太ももに腕をのせる。そして項垂れるように首を下へ向ける。目を閉じて、頭のなかで情報を整理する。
ムーンロアのプレイスタイルは変わらない。徹底的に基本に忠実であり、もっとも効率的なプレイだ。その結果として防御が上手い。
悠哉の敗北条件は逃げきられること。ゲージを溜めきられることだ。
近接戦闘では勝っているものの、ダメージを受けることを前提としてゲージ溜めに専念されるためあまり意味はない。勝つためには、相手の体力を確認しつつ、見えないゲージの溜まり具合を予想して攻撃していく必要がある。
勝利するには、安全マージンをとりつつ攻撃をさせないように攻める、もしくは攻撃を避けるべきで、ゲージを溜めきられないようにバランスよくその2つを取り持つべきだろう。
構築していく。戦いの動きを構築していく。これまで目にしたプレイから徹底的な分析と、その対策を構築していく。
頭のなかでムーンロアの試合がリプレイされていく。まずはムーンロアの防御の隙間を見る。次に攻撃に変じるリズム、反撃するタイミングを見る。
近接戦闘の情報を取り込むと、次は遠距離攻撃のタイミングと逃げるルート取りを鮮明に浮かべる。
回避すれば大きく距離を離される射撃だけを弾き、それ以外は回避することが安定に思える。が、悠哉はそのプレイを却下する。
時間をかけることで不確定要素を増やすことはしたくなかった。回避するべきか、弾くべきかという選択に完全回答できる出来るとは思えなかったからだ。
最短の距離を最速で走る。飛んでくる攻撃は全て弾く。シンプル故に事故率は減る。それで溜まってしまうゲージは必要経費として処理する。
勝利へのルートが頭のなかで組み上がった所で、控え室のドアがノック音を伝え、その向こう側からスタッフが現れた。
休憩時間の終わり、最後の試合に挑む時がやってきた。
「よし、行くか」
廊下を渡り、舞台に向かう。歩調に焦りはないが、心の中には例えようのない勝利への渇望が渦巻いていた。
キャスターの進行に従って、悠哉は舞台に上がる。その隣には悠哉より少しだけ背の低い男がいる。そして試合前に握手をする。その時だった。
「貴方には負けない」
静かに、悠哉以外の誰にも聞こえない声で、ムーンロアが悠哉を睨み付けた。そして悠哉が何かを言い返す前に、ムーンロアは手を放して振り返ることなくベッド型の白いフルダイブの筐体に入った。
上等だよ。叩きのめしてやる。
火に油を注がれた悠哉は、その熱量を抱えたままフルダイブの筐体に入り込んだ。
この大会用に作られたバトルエリア。白い草原がどこまでも広がっていて、黒い夜空には青い月が浮かんでいる。虫の鳴き声は聞こえず、草木が風もないのに揺らいでる。
幻想的で息を飲むような世界で、今、戦いの火蓋が切って落とされた。
悠哉の目の前で、ムーンロアがバックステップからの射撃を行った。悠哉はそれを真っ向から突撃し、剣で弾く。お互いに初めて戦った時と変わらない動き。
違う点は、悠哉が避けられる攻撃を反射的に自然と避けてしまったことと、ムーンロアの射撃が完全に悠哉を対策したようなものであったことだ。
だが、その程度のズレは予め考慮済み。悠哉は前と同じようにムーンロアに壁を背負わせる。
逃げられなくなった所で、悠哉はゆっくりと呼吸と呼吸の隙間を縫うように、ムーンロアの意識の間隙を踏みしめように、集中力を削ぎ落とすような歩みで最後の距離を詰める。
あと一歩という距離まで迫ったところで、ムーンロアが雷鳴閃のモーションを取った。
瞬間、悠哉は駆けた。スキルを構えた相手に、真正面から突撃した。
「雷鳴閃」
それは斜めに、袈裟懸けに振るわれた。かつての空中回し蹴りを警戒しているような剣筋に、悠哉はうっすらと笑みを浮かべる。
そちらの方が避けやすい。
悠哉は振るわれる剣の先スレスレで急停止し、目の前で剣が振りきられてからまた前へ飛び出した。
完全に動きと距離を見切った動き。
「悪いが、お前みたいなルクスが嫌いなんだ」
剣を振り抜いたムーンロアに、最速で剣を振るいながら悠哉は毒づいた。
防御は出来ない。受けるしかない。普通の相手なら、反応すら間に合わず、仮に間に合ったとしても、正しい判断が出来ずにそのまま胴体を叩き切れる動きだ。しかし、ムーンロアは決勝戦まで上り詰める猛者だ。
ムーンロアが剣を持たない左腕を盾にして悠哉の剣を受けた。
左腕にダメージを無効化するような仕組みはない。ただ、胴体を切られるよりも受けるダメージを押さえることができるだけだ。
攻撃を避けることも受け止めることも不可能と一瞬で判断し、その上でクリティカルヒットを避けるために左腕を差し込んだ。
「チッ」
悠哉は舌打ちをした。やはり防御が上手い。
だが、状況は依然として悠哉が有利だ。
減らされたと言えども、ダメージを与えることに成功し、逃げられないように切り飛ばす方向も計算した。悠哉の攻めはまだ続く。
今度は悠哉が雷鳴閃のモーションを取った。それと同時に銃撃が発砲音を伴って悠哉を襲う。
回避しそびれた弾丸が左肩を撃ち抜き、悠哉はシステムによって発生した軽度のノックバックによって少し後ろへ押し込まれる。
その隙にムーンロアが距離を詰めた。
そのような反撃の仕方は、この大会で見たことがない。
「は?! 舐めるな!」
予想外の出来事に一瞬反応が遅れる。だが、それだけだ。近接戦闘においてはまだ、悠哉とムーンロアの間には絶対的な開きがある。刹那で埋まるほど安いプライドではない。
悠哉は心の揺らぎを即死させて、相手が選ぶ選択肢と自分がするべき行動、自分がとれる選択肢を整理する。
そして迫るムーンロアに向けて、悪辣に笑った。
悠哉が一歩後ろへ引く。そうして稼いだ距離と時間で完成した雷鳴閃を上段に構える。
そして笑う。ムーンロアの瞳の中を覗き込むように、相手の意識がどこに向いているのかを、じっくりと読む。そこに怯えや不安はない。むしろ自信や対抗心のような物を感じる。だからこそ、更に笑う。
雷鳴閃を悠哉がしたように真正面から突破してやるという意識を見たからこそ、笑う。
胴体から顎下に向けて、がら空き。
右上の雷鳴閃に視線が向いているムーンロアはそれに気づかない。
悠哉はムーンロアを限界まで引き付ける。限界まで頭上にある雷鳴閃を動かさない。いつ振るわれるのか分からないという圧力が、より大きな隙を作ることを知ってるからだ。
スキルの間合いに入っても、直ぐには振らない。1歩踏み込まれても、それでも振らない。完全にそれが視界から消え去るまで悠哉はそれを動かさない。そうしてムーンロアが2歩目を動かそうとしたその瞬間に、ようやく悠哉はそれを振るった。
悠哉の左足がムーンロアの顎を蹴りあげる。
ムーンロアがクリティカルヒットを受けて、仰向けに空を飛んだ。そしてムーンロアがその状況を理解するよりも先に、悠哉は走り出す。
着地点へ向けて走り出す。
落下する前にムーンロアは空中で半回転し、走る悠哉を視界に捉えると、着地を狩られないように躊躇なく弾丸を連射する。
弾く。
それらを避けてしまっては絶対に着地に間に合わない。悠哉はそれを分かっているからこそ、それらを全て弾き、最短距離を走る。
やがて着地を咎められないと判断したムーンロアが、剣に意識を向けた瞬間。
また、悠哉は笑った。それは自分が辛酸を舐めた技だったからだ。
悠哉は走るという意思を、跳ぶという意思に切り替える。
「な!?」
ムーンロアが驚愕を叫んだ。悠哉は満面の笑みを向けた。
着地に間に合わせるつもりはなかった。空に浮かぶムーンロアの少し上の高さまで飛び上がった悠哉は、スキル攻撃を発動させる。
「ハッハァァァァッ!雷鳴閃ッ!!」フルメン
悠哉でさえも反射的にしか受け止められなかった技。世界王者に叩きつけられた剣が、防御もさせないままにムーンロアを直撃した。
スキル攻撃に運動エネルギーと位置エネルギーが合算され、そして防御も出来ずにそれがクリティカルヒットする。
それはゲームを終わらせる一撃になった。




