18 遅効性の毒
それから悠哉は信じられないほどに負けた。連敗につぐ連敗。もちろん全て負けた訳ではないが、もはや連敗と言いたくなるほどの暗澹たる勝率を叩き出した。
同キャラクターで負けたことと、彩音に負けたことが悠哉のプレイに影を落としていた。
なにかもを削ぎ落とした結果、なにをすればいいのか分からなくなった。
気分の悪さが積もりに積もる。やがて積載量を超過した不快感が爆発する。
「あーーー! マジで、なんだ?! イライラする!」
不快感が爆発することで、その根元の土台が顔を出した。
相手が良かっただけ。予想外の戦術で初見殺しをしただけ。対策されれば直ぐに勝てなくなる。対策されてないだけで、自分が上手いと思っていそう。
さらりと流していたはずの批判が、予想以上に悠哉を蝕んでいた。批判を否定するだけの自信は連敗によって儚く消えた。
「チッ。くっだらねぇ」
気にしないようにしたくとも、どうしても脳裏によぎる。ムーンロアというプレイヤーに負けたこと。そしてその動きが。
悠哉は真剣に迷った。迷うことすら腹立たしいが、それでも迷うことが止められない。
自分のプレイを変えるべきなのか、勝ちに繋がらない拘りは捨てるべきか。
頭を抱えてソファーで横になる。
「あーーーー!!!」
不調に陥った悠哉は、それからなにか改善することもなく8月の終わりを迎えた。
つまり、大会当日。
「寝不足は問題ない。しっかり寝た」
「それなら良いんだが……どうみても機嫌は悪そうだな。なにかあったか?」
「何度も聞くなよ。なにもねーって」
有明GYM―EX。会場の控え室で、悠哉は啓司にぶっきらぼうに言い放つ。
「まぁなにもないって言うのならなんでもいい。とにかく勝てよ。プロとしての価値が」
「分かってるって、今後のために~だろ?」
「そうだ。今後のために、ここで勝て」
「はぁ~。お前さ~。目の前のことに集中しろって言う割に、今日はしつこいな」
「俺が口出しするのは今日が最後になるからな。お前がプロになったなら、ちゃんとしたマネージャーがつくだろう」
「最後だからしつこいってか? 最後だからアッサリするもんだろ? 普通はよ」
啓司がなにか思案するように顔を歪める。
「やっぱりお前、なにかあったろ」
「なんにもねぇって」
「…まぁ良いか、わかった。つまらない負けかたをするなよ」
負けることを前提としたような言葉が悠哉の逆鱗に触れた。
「あー!うるせぇ! 負けたくて負けてるんじゃねぇんだよ! ボケー!!」
啓司は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「今なら俺でも完勝できそうだな」
「バカにしてんのか?」
「バカにしてる」
「は?」
笑いっぱなしの啓司に、悠哉は当たり前に頭に来た。しかし、悠哉がなにかを口にするよりも先に、啓司が笑いを押さえてピシャリと言い切った。
「なにがあったのかは聞かないが、お前、このままだと負けるぞ」
「チッ。出ていけよ、今すぐに!」
首をすくめて、素直に従う啓司に更に悠哉は腹が立った。
「なにが言いたいんだよ。言いたいことあるなら言え」
「なら、最後に1つ。今日は彩音も見に来ているぞ」
扉の前で振り返った啓司は、それだけを口にして部屋を出ていった。
口論と言うには一方的な感情。それがほとんど八つ当たりであることを心のどこかで自覚している悠哉は、舌打ちを静まり返った部屋に響かせた。
「誰が負けたくて負けんだよ」
◇
EODからログアウトした彩音はベッドの上でタメ息を溢す。
またしても悠哉を叩き潰した。
マッチを拒否して、対戦拒否するべきか迷い。それから手加減して負けるべきかを迷い。それらをまとめて一刀両断した。
後悔がない訳ではないが、しかし公人としてそうせざるを得なかった。
プロゲーマーとして、お金と信頼を受け取っているのだから、ゲームに対して真摯であるべきなのだ。
そしてそもそも、悠哉が待っていて欲しいと言ったのは、プロゲーマーの彩音に向けた言葉で、家族としての彩音に向けた言葉ではないことを分かっていたからだ。
あの瞬間は、プロとして向き合うべきであり、個人的な感情で手を抜いて負けるなど許されることではない。
後悔はある。だが、それは些細な問題だ。
悠哉はやると言ったことはやる。なら、私は待つだけ。待っていて欲しいと言われたから待つだけ。プロとして待てばいい。
彩音は自分をそう納得させて、プロとして戦いを分析する思考に切り替える。
「相変わらず読みづらい。それに、動きに迷いがなかった。でもあの剣術にはあまり変化はないかな」
悠哉ほど苛烈な攻めを行うルクスなどいないため、必然的に過去の悠哉との比較になってしまう。
本来なら彩音は、スマホのメモ帳に思ったことを淡々と綴り、それをノートで清書して記録するが、しかし悠哉のプレイだけはしっかりと覚えていた。
忘れようのない異質な剣術が答えだ。そこには誰しもが持っているはずのリズムがない。変調や音程の振れ幅が大きいわけではなく、文字通りに秩序がない。
始めてピアノに触れた子供が無秩序に鍵盤を叩いている。
リズムになりきっていない音の羅列だ。しかしそれを上から叩き潰そうと動くと、その動きを抑制するように音が跳ねる。
初動を潰される。どうみても隙だらけで、容易く反撃できるはずなのに、気づけば攻撃を受け続ける状況に陥る。
リズムを読もうとする相手をそのまますり潰し、リズムを押し付けようとする相手のリズムはぐちゃぐちゃにかき乱す。
やりたい放題する子供の隣で、普通のプレイヤーがピアノがマトモに弾けるわけもなく、無秩序な子供の音楽を理解しようとする真面目なプレイヤーは、理解が間に合わずに演目が終わる。
程よく上手いプレイヤーを狩り殺す悪魔の剣術。
「1度でもペースを握られれば面倒になるのは変わらないけど、攻撃のパターンは多くない。それと攻撃する側になれば圧倒できる。まぁ、それはルクスのキャラクターに問題があるけど…」
良くも悪くも、子供が叩く鍵盤には、思わず耳を傾けたくなるような圧倒的な技術力はない。多種多様なディレイやフェイントで誤解するが、使っている音に特殊な細工はないのだ。
そしてリズムはなくとも、次に使われる音を予測してその音に自分の音を重ねれば、ルクスというキャラクターの脆弱性が露見し、強引に自分のリズムを刻むことができる。
つまり、しっかりと対策を行っているプレイヤーには容易く流され、ただの子供の、聞くに値しない雑音になる。
丁寧に向き合うことも、向き合わないことも間違いだ。正解は優しく教えるように、音を矯正するという認識が正しい。
「昔より勢いが強くなってて、それなのに、なんというか、隙間が多くなったかな」
彩音はポツポツと独り言を呟きながら、スマホのメモ帳にそれらを書き込んでいく。
ふと、その文字列の隙間からある疑問が覗いた。
もし、悠哉にルクス以外の適正キャラクターが手に入り、それが攻める力を持っていたなら、あの剣術はどのように進化するのだろうか。
ルクスという弱さの中から生まれた悪魔の剣術は、どのような変化を起こすのか。
悠哉のプレイの分析を終えた後、彩音はその事だけを頭の中に置いた。
いつか自分を倒すと明言した悠哉は、どんな風に変わっていくのか。それを考えることは、非常に楽しかった。
悠哉を倒した後悔はいつの間にか潰れて消えた。悠哉は必ずプロとして自分を倒しにくるという信頼がそれを潰した。
その信頼が、舞台上で裏切られる。
有明GYM―EX。壇上に立った悠哉は、どこか様子がおかしかった。
「怒ってる? いや、焦ってる?」
丁寧に隠そうとしているために、彩音と言えども理解しきれずにいる。だが、確かに悠哉の様子はおかしかった。
「悠哉、なんか怒ってるよね?」
隣の継羽が、彩音の呟きを拾って確かめるようにリフレインした。
「調子が悪そう」
「どうしよう? 初戦だよね」
大会の進行的に、舞台袖に戻ることはなく初戦が始まる。メッセージを送っても、それを確認する時間はない。
「出来ることはなにもない。祈ろう」
彩音は両手を握って自分のことのように、その試合に没入した。
日本トップクラスのチームが複数集まり、共同で開催された完全招待制の大会は、そこにいるプレイヤーの質を彩音から見ても驚異的な物にしていた。
しかし、即座にプロとして活躍できる。そう判断できるプレイヤーは、初戦には1人しかいなかった。
プロとして活躍できるプレイヤーと初心者のプレイヤー。両者が戦ったのであれば、どちらが勝つのかは火を見るよりも明らかだった。
初戦敗退。
その意味が彩音の脳と心を揺るがせた。
「なんで…?」
言葉に出たのは疑問だった。勝てなかった理由。様子がおかしくなっていた理由。そして、なによりも、どうして悠哉のプレイが拙いものに変わっているのか。なぜ、文字通りに初心者的な動きで終わっているのか。
様々な疑問が積もりに積もる、しかしそれらを彩音は並列で処理できる力を持っていた。ゆえに、疑問で身動きがとれなくなるようなことはなかった。
まずはプロとして、悠哉のプレイが劣化した理由を考察し終える。
そもそも、あの異質な剣術の正体は、初心者の動きにプロの動きを混ぜ、その比重を絶えず変化させ続けることで成立する物だ。それは相手によってその比率も変わり、状況によっても変わる。その見極めが非常に難しく、繊細な剣術だ。
様子がおかしい悠哉には、それが使えなかった。そしてそれを取り戻そうとして、バランスを掴みきれずに失敗した結果の敗北だ。
冷静に、冷たくプロとして答えを導きだした後で、本題とも言える不調の正体に目を向ける。
───────初めから答えは分かっていた。
「私のせいだ…」
「彩音、まだ敗者復活あるよね?」
「あ、そうだ。継羽、メッセージ送れる?」
「え?」
「私は既読スルーされてるから、継羽が送って欲しい」
まだ出来ることはある。その理由で彩音は直ぐに気持ちを割りきった。




