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17 電子上の敵対者

 夜の21時。VRヘッドギアを悠哉は疲れたように頭から剥ぎ取り、ソファーの上で重苦しいため息を長々と吐き出した。


「くっだらねぇ……」


 運営がキャラクターの個性を尊重しすぎた結果、一部のキャラクターで歪んだプレイが横行している。改善を求めたメールを悠哉は運営に送りつけたが、特に変化はなかった。


「ま、難しいんだろうな」


 悠哉は抱えていた腹立たしい気持ちを冷静な言葉で静める。


 逆転性能をそのままにして、積極的に攻められるような身体能力をルクスが獲得すると、頭の悪い攻撃特化の怪物に成り果ててしまう。そして逆転性能を弱めることは、ルクスの個性を薄めるに等しい。


 悠哉としてはルクスに思い入れはないので、薄めてくれればそれだけで良い。もしくは、適正のある新しいキャラクターが出てくれればそれでいい。


 積極的に攻め続けたいだけだ。


「はぁ……マジでクソつまらん」


 VRゲームにおけるキャラクター適正の狭さ。才能のなさが悠哉をより不快にする。そしてその不快感をきっかけにして、先ほどの敗北が再燃する。


 対戦相手のプレイに対する文句から始まり、運営に対する罵詈雑言を経て、最終的に自分に怒りの矛先が向かう。


「感情でプレイしすぎだ。あまりにも俺の頭が悪すぎた。マジで……俺のプレイが悪いよなぁ。でも逃げムーブやりたくねぇ」


 やがて疲労感に苛まれ、悠哉はうだうだと文句をたれつつ、気分転換のついでに菓子パンと麦茶を空腹を訴える体へ流し込む。食べ物が胃に入ったというのに全くもって眠気を感じられず、悠哉はしっかりと昼夜が逆転した生活を送っていた。


 直ぐにゲームする気にはなれず、ソファーに埋もれてスマホを触る。なんとなく自分のプレイヤーネームである転上を検索にかけてみる。


 人生初のエゴサーチは、なんとも言い難い気持ちを抱かせた。


 相手が良かっただけ。予想外の戦術で初見殺しをしただけ。対策されれば直ぐに勝てなくなる。バカでも出来るガン攻め。対策されてないだけで、自分が上手いと思っていそう。正直、このプレイで勝たれるとプロ環境が面白くなくなるから負けてほしい。面白くない勝ち方。


 顔も知らない相手からの批判に気分が悪くなるが、しかし好意的な言葉もあり、むず痒い気持ちになる。


 転上っていうプレイヤーカッコよくない? 楽しそうにプレイしてるから、自分もプレイしたくなる。手数が足りない?なら足を足そうって感じで笑う。攻めが上手すぎる。


 出来るだけ心を平坦にして文字を読んでいく。すると批判する言葉は嫌に長文だが、好意的な言葉は短く端的であるということが良く分かった。


「へぇー見るやつは見てるんだな」


 面白くないと言う声がよりは、面白いと言ってくれる声の方が何倍も嬉しいもので、それは確かに悠哉の憂鬱を払ってくれた。


 自分のプレイに疑問を抱いていた悠哉を、前へ推し進める力になった。


「面白い戦い方か……。よし、やるか」


 上機嫌に悠哉は再びEODの世界へダイブした。


 EODには、格闘ゲームらしくキャラクター毎にテーマソングがある。ソングは言うがボーカルはなく、曲のジャンルもキャラクターの陣営毎に分けられている。


 戦闘中にBGMとして流れており、設定で曲を固定化させたり、そもそも曲を消したりなど出来る。そして悠哉はフラマの曲を固定化している。


 だから、悠哉はマッチ画面で固まった。


 マッチ画面から流れてくる前年度の世界大会で使用されたBGMが、それが名を語った偽物ではないことを証明していた。


 使用キャラクター、フラマ。プレイヤーネーム、ハーフレッド。


 息を飲んだ。選択を迷った。そして、戦うことを決めた。


 どこまでも続くような草原。それが塗り替えられていた。


 床も、壁も、天井すらもコンクリートで作られた冷たすぎる世界。等間隔に並ぶ白線を照明機器が照らす。そこは地下の駐車場。


 インターネットの海で、うっかり世界王者とエンカウントした。


 その事実を、普段は気にも止めないBGMと塗り替えられた世界が突き付ける。


 バトルエリアの景観もBGMも、対戦相手には影響を与えられない。その基本ルールを無視することが世界王者となった3人組のみに与えられた特権。


 本物という威圧感。自分を取り巻く全てが敵に回った。


 目の前には片目が赤色になったフラマがいる。


 それでも負けるつもりは毛頭ない。


「さぁ。やるか」


 バトル開始の5秒前。戦闘を組み立てる最後の時間。


 悠哉は安定のバックステップからの射撃を考えて、それを破棄した。


「逃げて勝ってなにが楽しいんだよ」


 ルクスというキャラクターを尊重するよりも自分のプレイを裏切ることの方が、気にくわない。


 即死をやめて、安定プレイを捨てて、ただひたすらに自分が納得する戦いをする。


 カウントダウンが0を示す。


 バトル開始と共に前へ飛び出して振るわれた悠哉の剣を、ハーフレッドが驚いた様子で受け止める。


 悠哉は機先を制することに成功すると、ハーフレッドの咄嗟に出た防御の隙間に蹴りを叩き込む。


 それをハーフレッドが、知っていたようにジャンプで回避した。


炉心融解(インフラマラエ)


 空中で太陽が具現化した。


 それから流れるように大剣を悠哉の頭に振り下ろす。


 受けるという選択肢はない。身体能力で劣っている上に、位置エネルギーが味方している攻撃を受け止められる訳がない。


 片足は攻撃に使っている。受け流すことすら不可能。


 悠哉は体を横にして飛び、転がるようにその剣を避ける。


 暴力と呼ぶに相応しい一撃が地面で炸裂し、激震が地面と空気を介して悠哉に触れる。


 悠哉は体勢を整えつつ、フラマの着地に刺突を狙う。


死水蒸発(エクスハティオ)


「嘘だろ!?」


 死水蒸発(エクスハティオ)のモーションを、空中に浮かび上がった瞬間から始めていなければ間に合わない発動。それに悠哉は恐怖すら覚えた。


 それは初手に攻撃を受けたという人間の反応ではない。


 ふざけた先読みをしやがって。


 悠哉は白い爆発に飲み込まれて地面を再び転がった。


 予想外の攻撃ではあるものの、受け身はとれた。しかし勢いを利用することは出来ず、起き上がるまでほんの一瞬だけ隙が生まれる。


 大剣が回避不能の距離から振り下ろされた。


「受け流っ!?」


 盾にした悠哉の剣は、その役目を果たすことはない。


 ハーフレッドは身を翻し、華麗に1回転することで無理やりに大剣の軌道を縦から横へとねじ曲げた。


 絶句。


 それは運動エネルギーを無駄にせず、回転する力を加えて悠哉の腹部を強打する。


 当然のように、技術は昔よりも数段上。


 ダメージの方向もコントロールされており、悠哉は宙を舞った。


 フラマに遠距離攻撃はない。ハーフレッドは当然のように悠哉の着地点に走り込む。


 悠哉はその瞬間に、重力の恩恵を活用しつつ、ハーフレッドの攻撃のタイミングを見切り、正しい迎撃を行うことが求められた。


 どうする? いや、確実にスキル攻撃がくる。雷鳴閃の用意は必要。どの角度で振り抜く? 重力を利用して縦か? 避けられれば終わるのに? ハイリスクだ。


 高速で頭を回す。5秒程度の滞空時間。3秒以内に動きを決め、2秒で反撃する。


「だあっ!! しゃらくせぇぇぇ!!」


 悠哉は片手に握った銃を投げつけた。ハーフレッドは驚いた様子を見せたが、しかし当たることはない。走りながら横に回避される。


 だが、それで良かった。


 着地に間に合うルートが、その回避で絞られる。


 後はタイミングを合わせるだけ。


 3…2……


「は?!」


 結論。ハーフレッドは、そもそも着地に間に合わせるつもりはなかった。


 空に浮かぶ悠哉の少し上の高さまで飛び上がったハーフレッドが、スキル攻撃を発動させる。


燃成剣器(グラディウス)


「っ─雷鳴閃(フルメン)ッ!」


 予想外を叩きつけられながらも、上から振るわれた大剣に反応できたのは、ほとんど無意識であり、反射的な行動だった。


 しかし、走力を跳躍力に変えて、その勢いを乗せた大剣と、踏ん張りも効かない空中で反射的に振った剣。天秤は無慈悲に傾く。


 地面に叩きつけられ、コンクリートの床がひび割れる。


「痛ってぇ…」


 痛覚はない。ハーフレッドの攻撃は直撃しなかった。しかし、ハーフレッドの攻撃によって地面に叩きつけられたことで、ダメージが発生した。


 悠哉が地面から起き上がると、走っても間に合わない距離に炎が軽やかに降り立った。


炉心集炎(フォーカス)


 悠々と余裕を見せながら、その炎を引っ込める。そして焦りなど欠片もない様子で、ゆっくりと悠哉へと歩み始めた。そして緩慢な仕草でゆるりと大剣を水平に構える。


 イグニスゲージの効果的な運用法。炉心融解(インフラマラエ)の発動を限界まで遅らせるプレイだということは一目で分かった。


「きっついな」


 息を吸い込み、そして吐き出す。弱音はいらない。


 悠哉の体力は、お腹にクリティカルを受け、地面に叩きつけられたことで半分近くを削り取られている。


 それに対してハーフレッドは3割程度の自傷ダメージを負っている程度。


 悠哉は一撃も攻撃を当てられていない。


 即死は狙わない。狙える様子はない。逃げるつもりない。そもそも身体能力的に直ぐに捕まる。銃は捨てた。クラルスゲージは全く溜まっていない。


 勝てるのか?


「勝つんだろ!」


 悠哉は心に活を入れると、剣を強く持ち直した。そこでふと、片手が空いたことに意識が向いた。


 剣を両手で握って正眼に構える。


 ひどく久しぶりな型通りのマトモな剣術。VR剣術指南で学んだ浅知恵。


 剣を両手で握れば、筋力差は大きく縮まる。受けるという選択肢と受け流して反撃するという選択肢が生まれる。


 ハーフレッドの歩みが止まった。そして炎が猛る。


炉心融解(インフラマラエ)


 受けに回る。全ての意識を防御に回す。隙を見つけるために、反撃の糸口を探る。


 銃も、即死も、安定プレイも、なにもかもをかなぐり捨てた。


 しかし、なにもかもを捨て去って、残るものなどたかが知れていた。安定プレイがなぜ安定なのか、その意味が正しく悠哉を叩き潰す。


 防御を崩され、吹き飛ばされ、攻撃は全て返される。


 なんだよ…1年前と変わらないじゃないか。


 炎が大剣に集約する。体勢を崩された悠哉はそれを見ているしか出来ない。


燃成剣器(グラディウス)


 叩きつけられた炎が、悠哉の心を燃やし尽くす。


「クソガァァァァァ!!」

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