16 正攻法の逆転
青々とした草原。現実では草すらも枯らすほど夏の灼熱に天から見下されるが、しかしここは仮想現実。季節の変節は関係がない。
春風の向こう側。黒髪の男が青い目で悠哉を見つめている。
「同キャラクターで負けるわけがないんだよな」
負けたくない。負けられない。悠哉はEODに触れてからルクスしか使ってこなかった。例えルクスに愛着がなくとも、使ってきたプライドはある。
積み上げてきた技術に対する自信。その自信によるこれまでの成果。
好戦的な笑みを浮かべた。バトルが始まる1秒前。
0秒を示すその瞬間に、悠哉は前へ一歩強く踏み込む。相手を見据え、踏み出した足で加速する瞬間。
ムーンロアは銃を向けながら、後ろへバックステップを行っていた。
お前もか。お前も、ルクスを相手にしてその動きをするのか。
「逃げるんじゃねぇよ!!」
弾丸の軌道を読み、剣で弾く。
同じキャラクターであるため身体能力に差はない。そして逃げられる空間に限りがあるのなら、その逃走劇には終わりが来る。
悠哉はムーンロアに円形ドームの壁を背負わせ、ゆっけりと距離を詰めていく。
逃がすつもりはない。逃げられるという苦痛と苛立ちを許さない。そんな意思を持って、悠哉が剣を構えるとムーンロアも同じように剣を構えた。
まだギリギリ射撃しても反撃を受けない距離で、銃撃に頼らないという意思を見せたムーンロアに、悠哉は感心した。
逃げれるだけ逃げて、逃げられなくなったら潔く剣を構える。
逃げられることに苛立ちを覚えるが、しかしルクスというキャラクターの性能を自分よりも正しく扱っているという点では、悠哉は相手を素直に認められた。
だがしかし、それはそれとしても、悠哉の負けるわけがないという自信が崩れることはなかった。
攻め続けてきた自分と逃げ続けてきた相手。多少戦う意思があるからといっても、戦術の違いによる近接戦闘への経験値が違うはずだからだ。
近接戦闘なら自分が上、その自信をもって、悠哉は大きく距離を詰めた。
ムーンロアが雷鳴閃の構えを取る。悠哉は止まらない。ムーンロアのスキルが発動待機状態に入ると同時に剣の間合いにお互いが侵入する。
「雷鳴閃」
雷光が横一線に駆ける。その軌道を悠哉は完全に読み切っている。
迫る雷光を避けるように、悠哉は身体を捻りながら空中に飛び上がり、その身体をフィギュアスケートのように1回転させる。そしてその回転の勢いを最大限生かした蹴りを振る。
空中回し蹴り。ファイブフォーティーキックとも呼ばれる強烈な蹴りを、現実では不可能な高度まで飛び上がって行った。それは仮想の身体だからこそなし得る1秒にも満たない奇跡であり、絶技。
暴力的な運動エネルギーがムーンロアの隙だらけの頭を蹴り飛ばした。
「サッカーしようぜ! お前ボールな!」
EODでは、基本的に武器を使わない攻撃で与えられるダメージは、武器を使った攻撃よりも大きく下がる。
だが、走ってきた運動エネルギーとそれを更に大きくする空中回し蹴り。それらから算出されるダメージは武器ダメージに匹敵するほどに膨れ上がっており、それが頭という部位に直撃したのであれば、話は変わる。
ダメージが大きかった事実は吹き飛んだ距離が証明した。
転がりながら飛んでいく姿に、これまで逃げられ続けた鬱憤が晴れるような爽快感を覚え、悠哉は思わず声をあげる。
「ふぅーーー! 最高ぉぉぉぉぉぉ!!」
どうせ相手には聞こえないのだからどんな言葉を投げてもいいだろうと、心のままに感情を吐き出した悠哉は、その勢いのまま悠哉は転がったムーンロアに追撃を入れるため走り出した。
そして、思考が止まる。
「は?」
それは、反撃のパターンを幾つか頭の中で試算していた悠哉を嘲笑うよう行動。
それは、脇目も振らずに逃げ出した。射撃による反撃も、剣による牽制も、起死回生を狙ったスキルも、何一つ選ばず、ムーンロアは悠哉の目の前で脱兎のごとく逃げ出した。
「ふっざけんなァァ!!」
悠哉は走る足に強い力がかかる。しかし予め作られたデータを越えることは出来ず、バトル開始時点と同じような逃走劇が幕を明ける。
しかしその逃走劇には違いがあった。悠哉が怒りに支配されていることもそうだが、それはもっと致命的なもの。
怒りによって悠哉のプレイスキルは、もはや別物と言えるほどに優れたものになっているが、しかし全ての攻撃を避けきるまでに逸脱したものではない。
それが致命的なボタンのかけ間違えを引き起こす。
初回よりも逃走劇の終幕は早かった。
ムーンロアに壁を背負わせ、今度は飛ばす方向などを意識して、逃がすつもりはないという意志を悠哉は改めて強く固める。
逃げないと誤認した結果が、この下らない逃走劇だったのだ。
「もう逃がさねぇよ」
至近距離の攻防において、ルクスというキャラクターが使えるスキルはない。そのためどうやっても近接では剣だけを使用した斬り合いに発展する。
そこには癖や不得手が如実に現れる。そしてそれを刈り取ることを悠哉はなによりも得意としていた。
悠哉はムーンロアの攻撃の全てを回避するか受け流し、反撃を叩き込む。そして攻撃には2割のフェイントと5割のディレイを絡めた。
まるで初心者と戦っているような戦いにくさを相手に押し付ける。あり得ないところでのディレイや、フェイントによって相手の呼吸をズラす。
普通に戦うことを拒絶する。初心者のプレイを意図的に邪悪に進化させた攻撃。相手を負けさせるというプレイスタイルがムーンロアの体力を一方的に奪っていく。
体力差は7対2。
どうやっても、わざと負けようと動かない限り負けようがない状況。近接戦闘において、悠哉が圧倒的に勝っているという証明。
しかしなぜか悠哉は謎の違和感が拭えなかった。明らかに何かがおかしいのに、それに気づけない。なにかを見通しているような、何かを間違えてしまったような。曖昧でありながらも、確信が持てる違和感。
その正体が牙を剥く。
突如として、ムーンロアが悠哉へ向けて突撃した。突進と共に行われた斜め下からの切り上げは、余りにも拙い軌道を走っている。
「諦めたな!」
その攻撃を悠哉は怒りで吠えながら、しゃがむようにして回避する。
そこから狙える最大の一撃、すなわち胴体へ、悠哉の剣が吸い込まれていく。
違和感。
なんだ? これは間違えている? いや、違う。間違えてはいない。これは正しい攻撃だ。反撃はない。なぜ違和感を? 食らってから離脱は出来ない角度だ。なぜ?
攻撃することは間違っていない。しかし、なにかを間違っている。その違和感に迷いつつも、その答えが出ず、悠哉は剣を振り抜いた。
攻撃によって横飛びに弾かれていくムーンロアに、壁を背負わせた状況を維持するような位置取りで走って追い付く。
状況は悠哉の有利で変わらない。残ったムーンロアの体力は1割にも満たない。蹴りを1発でも当てれば勝てる体力。
ゆらりと、ムーンロアは腕を地面と水平になるように伸ばした。必然的に握った剣も、同じように地面と水平になる。
それは、スキルを発動させるためのモーション。
「ッ!!!」
悠哉は全速力で走った。違和感の正体とそれがもたらす結果が、今、目の前で同時に出現したからだ。
疑問や否定は浮かばなかった。ただ、圧倒的な納得感だけ。
ルクスのクラルスゲージは、ダメージを与えなくとも、攻撃を当てるだけで蓄積させる事が出来る。防御されようとも、受け流されたとしても、攻撃を当てさえすれば溜まってしまう。
「雷光融解」
水平に伸ばされた剣先から紫電が発生すると、それが剣を伝ってムーンロアに直撃する。
黒い髪が、青く染まる。ルクスというキャラクターの輪郭が、風景に溶けていくようにぼやける。まるで度の合わないメガネをかけているような、錯覚を悠哉へ与える。
青い瞳の中に、銃のスコープを思わせる照準が白く浮かんだ。
発動を止めることは出来なかった。出来ない距離だった。破れかぶれの突進は、離脱を目的とした物ではなく、反撃をするための布石だった。
「嘘だろ。いや! まだ!」
悠哉は突進をやめない。
至近距離での攻防なら、身体能力が上の相手にも勝てる。積み上げてきた勝利の上で、悠哉はさらにその上へ手を伸ばす。
蹴りでもなんでもいい。風前の灯にしか過ぎないムーンロアの体力をかき消す程度のダメージでいい。触れさえすればどうにでもなる。
しかし天は高い。そして人に雷鳴を捉えることは出来はしない。
最短最速の刺突は、空を切った。
斜め下、悠哉は輪郭のぼやけた相手を目で追う。
地面から天へ轟くように、しゃがみ込んだ姿勢から力強い雷鳴が悠哉の胴体を切り抜けた。
空を飛ぶ。ゲームらしく、非常識な力で吹き飛ばされる。横に転がされるのとは訳が違う尋常ならざる力。その力が明確に空へ飛ばすという意志を持ち胴体を打ち付ける。
算出されるダメージは目を覆いたくなるほど。
くるくると、前後左右、天地も分からないように空を飛ぶ。
悠哉は身体を動かして、なんとか空中でバランスを取る。そして自分を飛ばした相手を空から見下ろす。
腕を十字に組んでいた。
それはルクスの3つ目のスキル。雷光融解以上に使い道のないスキル。その場から1歩も動かずに5秒その両腕で十字を組むことが発動条件のスキル。
空中に浮いている状態で、それを咎めることは出来ない。
相殺しようにも、相手の方が早くモーションを完遂させる。そして、そもそも雷光融解を発動させたルクスのスキルに相殺を狙えるのは、同じく雷光融解を使用したルクスのスキルだけだ。
悠哉は敗けを認めた。
雷光融解を発動させたルクスの攻撃は、ガードしようとも、受け流そうとも、感電ダメージが入る。
普通に戦っても最強の身体能力から逃げきれるキャラクターは存在しない。それなのに、凶悪な貫通ダメージを持っている。
発動出来たなら絶対に勝つ。その謳い文句に相応しい性能。
「バカ運営が、くたばれ」
逃げて逆転される。この上ないストレスから目を背けるように、敗けから目を背けるように、悠哉はキャラクターへの不満と運営への不満を呟く。
極太の紫電が悠哉を包んで貫いた。
げ、ろ、び
哀れ、主人公はゲロビで消し炭になりました
草




