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13 負かすため

 初戦敗退のプレッシャーを最高のスパイスにして悠哉は勝利した。


 簡単だったとは決して言えず、薄氷の上を全力疾走したような気分だった。しかし、気持ちが良いほどに綺麗な逆転であり、それは悠哉のプレイスキルに非常に強い影響を与えた。


 控え室、スマホを触っている啓司に悠哉は軽く手を上げる。


「よう。勝ったぜ」


「おー見てた見てた。次、決勝だろ? 対戦相手の動き見なくて良いのか?」


 エトワールを下した後、続いた2試合目、つまり準決勝で悠哉は呆気ないほどストレートに勝利をもぎ取った。


 相手のミスを誘発させるように、圧力をかけ続け、苦しくなった所で楽になれる罠を仕込む。抑圧によるストレスが怒りや反抗心となり、目を曇らせる。


 ゲームではなく、キャラクターでもなく、それを操るプレイヤーの、よりによって人間的な反応を狙う。対人特化の必殺剣。


 戦いは対話。そう考えている悠哉にとって、準決勝の相手は悠哉の言葉を理解できなかった。冷たい必殺剣が通ってしまった。 


「違うんだよなぁ……」


 初戦があまりにも対話として完成されすぎていたがために、2試合目、つまり先程の試合への落胆がつい漏れてしまう。


「なにがだ?」


「近接戦闘じゃ満足感が得られないって話」


「あぁ、寝かせてからの即死が嫌だと言っているのか。ゲームのシステムだから、受け入れた方が良い」


 釈然としない気持ちのまま、悠哉は控え室の椅子に腰を下ろす。


 部屋の角に備え付けられたモニターから、決勝戦に進むための戦いを観戦できた。


「正直、もう人対策はだいたい出来てるんだよなぁ」


「本気か?」


 驚いた顔で啓司がモニターから顔を離す。


「あーマジマジ。後は直接向かい合わないと分からん」


「それでも良く見ておけ」


「りょー」


 悠哉は画面の向こうで戦っている2人のキャラクターに意識を向ける。戦いを公平に見ようとするも、しかしどうしても片方のキャラクターに気持ちが片寄った。


「ルクスねぇ。大会戦績は悪いけどな」


「お前と同じ理由かもな」


「キャラ愛だろ。お、これワンチャン雷光融解(リベロクラルス)狙えるぞ?」


 ルクスしか使えないというのなら、わざわざこのゲームをやり続けようとは普通思わない。ルクスだけをやり続けて大会に出てくるという理由より、ルクスが好きだからルクスを使っているという理由の方が理解できる。


 俺もルクス以外が使えたらな。


 決して手に入らない才能の前に悠哉は項垂れる。


 VRゲームの宿命。プレイヤー本人の脳を使っているために、プレイヤーそれぞれに適応できるキャラクターと出来ないキャラクターが生まれてしまう。


 自分の脳で他人の体を使うようなものだ。違和感はどうしても拭えない。その違和感が動きに悪影響を及ぼす。


 感覚のズレを抱えたまま至近距離での切り合いを行うなど不可能に近い。


 だからこそ、プレイヤーは違和感を覚えないキャラクターを使うことを推奨される。その違和感はゲームジャンルによっては気にしなくても良いものだ。


 MMOであるのなら違和感を覚えないキャラクターを作れば良い。FPSも同じだ。それに多少違和感があっても、それが致命的な問題にはなりにくいものもある。


 だが一瞬で勝敗が決まるようなゲームでは、その違和感は敗北に直結するため、非常に大きな問題になる。


 EODは後者だ。


 そして悠哉はルクス以外に適正がない。最弱に名前が上がるキャラクターしか使えない。


 プロゲーマーとして活躍したいのなら、ゲームタイトルを変えるべきだ。しかしそれでも、悠哉がEODを続けたのは、このゲームがこれからのVRゲーム界を牽引するという予感があったからだ。


 プロゲーマーとして最も輝ける可能性。それを見いだしたからこそ、悠哉はルクスだけをひたすらに研磨した。


 プロにルクス使いが1人も居なくとも、それでも研ぎ続けた。


 彩音に捻り潰された時の絶望は、あまりにも強烈だった。


 悠哉はタメ息をこぼす。


「どうした? 疲れたのか?」


「いや。俺もフラマが使えたらなって思っただけだ」


「お前はあのキャラ好きそうだからな。キャラクターの性能も、見た目も」


「見た目はなぁ、惜しいんだよ。赤いドレスに白い鎧がついてるんじゃなくて、逆なら最高だった」


「白いドレスに赤い鎧?」


「大剣も真っ赤じゃなくて白をメインにしてくれれば神」


「つまり彩音のカラーが最高と」


 彩音は世界王者になった際に、運営から特別なカラーリングのコスチュームを貰っていた。それは正に悠哉の理想通りだ。


 白を着飾った炎。


「…カッコいいんだよなぁ」


 使えない。その痛みが走る。目を背けるように悠哉はモニターに意識を向ける。


 ちょうどその時、試合の決着がついた。


 他人事のように啓司が笑う。


「変わり者同士の決勝戦だな」


「はっ。どちらが上か教えてやるよ」


「勝てるのか?」


「あぁ、一番余裕。俺は今まで同キャラで負けたことはない。知ってるだろ?」


「使用者が少ないからな」


「おい。お前、今、対戦回数が少ないって舐めたろ」


「レジェンダリーの600より上で、ルクスとの対戦回数を言ってみろ」


 悠哉は口を閉じた。啓司はその沈黙を目にして言葉を続けた。


「答えはたった5回。1度負けても8割は勝ったことになるな」


「きっしょ! 人のランクマ成績見るなよ!」


「お前が自分のランクを自慢するのが悪い」


 狙い済ましたようなタイミングで、軽口の切れ目に控え室のドアが開かれ、大会のスタッフが顔を出す。


「それじゃ行くわ」


「負けたら彩音を呼ぶ」


「負けねーよ」


 余裕綽々の笑みで部屋を出る。ドアが閉まり、啓司の気配が絶たれた所で悠哉は笑みを引っ込めた。そして無意識に怒りがうっすらと顔に貼り付いた。


 あのルクス使いは本気ではない。全力ではあったが、本気ではない。


 同じキャラを使うからこそ分かるその事実に、悠哉は深く強い怒りを覚えていた。


 叩き潰す。


 舞台に上がる。脚光を浴びる。怒りを完全に胸の奥に沈めて、普通の笑みを浮かべる。


 観客席にいる人に、こんな感情を悟られる訳にはいかない。見てくれる人に楽しい姿を見せなくては、プロ以前に、プレイヤーとして失格だ。


 沈めた怒りは、内側でグツグツと煮えたぎる。


 対戦相手の顔を見たとき、そして戦う前の握手をした時、真っ赤なタバスコや唐辛子をぶちこまれた気分だった。


 目の前の男は、自分の戦い方に何の疑問も抱いていない。


 ぶちのめす。


 笑顔で巧妙に潰した怒りは、ベッド型のフルダイブマシンに乗り込んた時に発露する。


 VR空間のバトルエリア。個人のカスタマイズを無視して作られた空間は、大会用に作られたものであり、個人のカスタマイズでは再現できない物だ。


 慣れない環境。見慣れない世界。困ることはない。戦えばそんな物に意識を割く余裕はなくなる。


 特に、今の悠哉は相手しか見ていない。


 他の何にも意識を向けず、バトル開始のカウントダウンをただ静かに待っていた。


 やがてそのカウントダウンが、0を示した。


 開幕と共に飛来した銃弾を、悠哉は剣で払う。


 バックステップからの射撃。それは流れるように淀みなく、何度も何度も繰り返してきたことが伺える完璧な初動だった。


 ルクスはほとんどのキャラクターに対して、基礎能力で勝てない。移動速度、筋力、行動速度、どれをとっても下から数えた方が早い。


 近接戦闘において不利を背負うため、遠距離が主体のキャラクターが相手でない限り、基本的にバックステップからの射撃が初動になる。


 雷光融解(リベロクラルス)を放つためのゲージを回収するための時間稼ぎ。


 その動きはなにも間違っていない。


 だからこそ、悠哉の逆鱗に触れる。


 目の前にいるのは同キャラクター、ルクスだ。身体能力に差があるわけではない。それなのに近接戦闘を嫌い、リスクを嫌い、ひたすらにゲージを溜めるために時間稼ぎを繰り返す。


 ルクスとして完璧だ。逃げ切れるなら完璧だ。フェイントを仕掛けて、それに釣られた相手を攻撃するのではなく、距離を作るために逃げる。全く隙がない。リスクもない。ゲージを溜めるための時間稼ぎとして完璧だ。


 気にくわない。


 戦闘は対話だと考えている悠哉にとって、相手のその動きは、対話のテーブルから無言で離席するような行いだ。


 その行いがデフォルトの無礼者。


「マナーが足りてねぇなァ!!!」


 悠哉は全力疾走で相手のルクスへ向かう。


 飛来する銃弾を剣で弾きながら、遮二無二突撃する。


 攻撃がダメージを当てなくとも、相手のキャラクターに当たった時点でルクスのゲージは溜まる。


 雷光融解(リベロクラルス)は使われたら最後、勝ち目はない。だからこそゲージを回収させない立ち回りが基本的だと広まっている。


「どうせ溜まらんモンに怯えやがって、相手のゲージ管理をしたくねぇだけだろ! ボケェ!!」


 雷光融解(リベロクラルス)を使うことによる逆転に全てを掛けたキャラクター。だからこそ、相手のゲージの溜まり具合を計算しないといけない。ゲージが溜まりきらないように試合を終わらせることが必須条件だ。


 悠哉はその前提に疑問を投げる。


 ルクス使いとして、疑問を投げる。


 逆転に全てを掛けたキャラクターであるからと言って、逆転以外で勝てないのか?


 答えは否。


 システム的な即死や判定勝ちは良く拾える。


 エトワールのような、近寄られたら負けという弱点を背負ったキャラクターが相手なら、ルクスのゲージを溜めきるという勝利条件を満たさなくとも、相手の敗北条件を満たすことで勝つことが出来る。


 勝つのではなく、負けさせる。そのように勝てる。


 VRゲームの宿命によって、キャラクターの考察がその使い手しか出来なくなっている。そのためにキャラクターの対策というものは実際に対戦して理解するしかない。


 ルクス使いのプロは居ない。


 だからこそ、ネットに転がっているルクスのキャラクター考察は、どれも浅いと言わざるを得ない。まれに唸るような理解をした考察も見かけるが、しかしそれは使い手にしか恩恵がなかったり、ルクスというキャラクターの情報が広まることで初めて効果が出てくるものであったりして、万人が使えるような情報ではない。


 だからこそ楽で勝てる対策として、ルクスからの攻撃を受けることが出来る回数を決め、その回数を越える前に倒すことが広まっている。


 ルクスには、その対策を突破するだけの基礎能力がない。


 結果、ルクス側はバックステップからの射撃というように、下がりながら攻撃することで、その予定された攻撃回数を越えることを目的として逃げ回る立ち回りが広がる。


 目の前にいるルクスはそのテンプレートを徹底しているだけだ。


 悠哉はそれに改めて疑問を投げる。いや、疑問という軽いものではない。怒りすら滲む否定だ。


 それ、楽しいか?


 そもそも逆転というのは、試合の始めから用意して、準備して行うようなものではない。


「気にくわねぇってんだよ!」


 オンラインのマッチングでは、プレイヤーの声はスキルの発動のみ相手に届くようになっている。暴言や規制用語をカットし、健全なゲーム体験を残すためだ。


 しかしプライベートマッチでは、それの設定を変えることが可能になる。


 突進し、至近距離まで近寄った悠哉の怒りが言葉として相手に届き、一瞬だけ相手のルクスが硬直する。


 同じ身体能力のキャラクターが、至近距離で切り合いになる。


 剣と剣がぶつかる度に、攻撃した側とされた側で読み合いが発生する。悠哉はもう、相手の癖を見切っている。


 条件は寸分違わず同じだというのに、あまりにも一方的な剣戟だった。


 相手に逃げられるような隙を与えず、相手のフェイントや罠は全力の一撃で強引に突破する。


 やがてプレイスタイルの明確な違いが、体力差という数値として現れる。


 自分の勝利条件を満たそうとするプレイと、相手の敗北条件を満たそうとするプレイ。自分が勝つためのプレイと相手を負かすためのプレイ。本来ならばそれに優劣はない。どちらも勝利を目指していることに変わりはないからだ。


 しかしルクスというキャラクターにおいては、明確にその行動に差が現れる。


 勝つために逃げ回る消極的なプレイと、負かすために相手を追いかけ回す積極的なプレイ。


「逃げて勝ちてぇなら、弾キャラでも使ってろやァ!!」


 意識の外、剣戟の下。悠哉のハイキックが相手のルクスの顎を蹴り上げる。強制的に身体を仰向けにした相手を、悠哉は銃を握った手で叩きつけるように殴った。


 結果的に、力業で強引に転倒させることに成功する。それは即死に繋がる。


 悠哉としては、即死という勝ち方は気に入らない。だが、一方的に攻め続けられた果てに即死を受けるという敗北は、強い敗北感を覚えることを悠哉は知っている。


「くたばれェェェェェ!!!」


 逆手に持ち変えたロングソードを、身体と重力の全てを使って振り下ろす。


 相手のルクスが剣を盾にして、その一撃を受け止めようとする。


 身体能力は同じ、しかし身体を十全に動かした側とそうではない側。天秤は容易く傾く。そして位置エネルギーがダイレクトにそれを後押しする。


 重みに耐えきれなくなった盾がぶれると、突き刺さっていた剣先がその表面を滑り落ちる。落ちた先にあるものは─────栄光だった。

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