12 惑星を捲る
東京ゲームショウの会場。幕張メッセ。
「いや~久しぶりに来た」
「お前は1年ほどゲームから離れていたからな」
啓司からのチクチク言葉に悠哉は顔をしかめる。
「うっさいなぁ」
「それで? 調子は?」
「最強」
「そうか、お腹は?」
「空いたな。時間まだあるよな?」
スマホで時刻を確認し、まだまだ余裕があることを確認する。
「なんかブースで飯食えないの?」
「残念ながらイベントはこの大会だけだ」
「あー、つまり飯は?」
「外で食べるか、幕張の中をさ迷うかだ」
「…人多くね?」
「大会の参加者だけでも2000人はいるからな、ここで食べるよりはな」
「よっしゃー外いくぞー!」
これからの長丁場に備えて、悠哉たちは店を探し始めた。
「やっぱバーガーが最強か?」
目の前にあったハンバーガーのチェーン店の看板によって、悠哉はジャンクフードの魔力に当てられてフラりと流されていきそうになる。
「お前ニンニクマシマシのヤババーガー頼むだろ」
「悪いんかぁ!?」
「悪い」
「じゃーなに食うんだよ」
「お腹に優しい卵料理」
「お前が食いたいだけだろ!」
ほどほどに喧嘩して行き着いたラーメン屋で、ニンニクなどを奪われた悠哉は不服そうに麺をすすった。
「まぁ、旨かった。たまにはニンニク抜きも悪くないな。ん? 待てよ。ニンニク抜きなら、ニンニク使わないバーガーで良かったんじゃ?」
「まぁ、そうだな」
「はいー、クソ。とっとと会場行って参加するぞ。バカが」
深く考えると気分が悪いので、無理やりに話題と気持ちを切り替えて、悠哉は歩き出した。
その道中で、啓司が静かに訊ねた。
「で? 勝てるか?」
「なに? 勝つさ。とか言えば良いのか?」
「言いたければ」
「カチカチ山ァ!」
「燃やされてるぞ」
「うおーー! あっちーー!」
適当に返事して、雑談をして、気付けば会場にいた。
予選を越えてきた約2000名。それらを大幅に間引いて8名まで磨り減らし、その8名が幕張の舞台に立つ資格が得られる。
つまり予選だ。8つのブロックに別れた予選。
「冷静に考えて、会場まで呼び出して、8回勝たないと壇上に立てないってヤバイな。地方からやってくる人だっているんだぞ」
「プロ未満のアマチュアを呼んでいるんだ。不正を警戒しているんだろう。それに、結論勝てば良いだけだろう」
あまりにも強者の視点すぎる言葉に、悠哉は軽口を叩く。
「勝者がいるということは、勝者がいるということです」
「勝者しかいないが?」
「敗者には口がなくなるからな」
無慈悲だが、死人に口無し。
「で? お前のブロックは?」
「Bブロック。え? 予選は見えないだろ?」
「Bブロックにいれば、そこのライブ映像が流れてくるからな」
「そーなのか?」
「同時に複数試合起こっているから、ピックアップされるような戦い方をしてくれよ」
「滅茶苦茶言うな」
「冗談。最終的に舞台で映像が見れるから、気楽に頑張れ」
啓司は軽い調子で手を振って、悠哉から離れていった。
誰も仲間がいない空間。目に映るのは全員敵。不安は覚えなかった。むしろその逆に、やる気が漲る。
8回勝って終わらせてやる。
それから悠哉はスタッフからの呼び出しに従ってバトルを開始した。
そして一敗もせず、その場の頂点に輝いた。
予選を潜り抜け、本選が始まるまでの1時間、悠哉は控え室で啓司と話をしていた。
「今日は後3連勝して終わりだ。簡単だな」
冴え渡っている。読み合いを数回しくじったが、それでも悠哉は冴え渡っていた。
「お前、そう言って負けた大会何個あった?」
「ここアマチュアだろ? 勝てるって」
「お前もアマチュアだが?」
「プロ予定」
「ニートか?」
「内定もらってくるわ」
「せいぜい頑張れ。落ちたら彩音に養ってもらえ」
悠哉は怒りを含んだ嫌悪を顔に浮かべた。
「ごめん。言い過ぎたか」
「口には気を付けろ。なにが最後の言葉になるか分からんぞ」
そう軽口を叩き合うことで、悠哉は緊張をほぐしていた。
「対策考えなくて良いのか?」
「キャラ対は出来てる。後は人読み。それは実戦でしか見れないさ。それに俺は初戦だ。観戦もクソもない」
「初戦の相手はエトワールか。有利不利はなさそうだな」
エトワールは技を設置してからそれを射出するというコンセプトのキャラクターで、スキルをまさかの16個保持しており、スキルが4つの基本ルールを4倍も逸脱している。
まず8つの技が設置技で、弾強度が非常に高く、そこに存在しているだけで凶悪。それらのスキルを残りの8つのスキルで相手に向けて射出する。
典型的な遠距離キャラでありながら、攻撃するために設置という行動を挟む必要があり、手間のかかる面倒なキャラクターだ。
持ち物、つまり武器の類いはなにも持っていない。素手でありながら身体能力は下の下、スキル以外に攻撃手段がないため、近寄れればルクスでも余裕で勝ててしまう。
しかし設置スキルは30秒持続するため、スキルの消費を待っていたらバトルエリアが設置物だらけの地獄に生まれ変わる。
そのため全力で距離を詰める必要があるが、逃げ続けるエトワールを相手に、8つの設置スキルの位置と、それらを飛ばすことが出来る8つのスキル、合計16個のスキルの挙動と距離をリアルタイムで処理し続ける必要がある。
キャラクター対策は空間認識能力を高めることだ。
「そもそもこのゲームって、強みという名前のクソを押し付け合う物だから、有利だろうと不利だろうと、勝ってる方がそのまま勝つゲームだろ?」
「本当に、知れば知るほどに、ルクスの強みがあまりにもシステムと相性が悪いな」
「違うねー。ゲームシステムをぶっ壊す!」
「お前の戦い方はあまりにもシステムに逆らいすぎだ」
「不利背負ってる時がデフォルトだから、慣れちまったよ」
誤解を招くと思っているため、悠哉は決して口にしないが、不利であればあるほど、苦しければ苦しいほど、その戦いは楽しいものになると思っている。
逆境を楽しむバトルジャンキー。ドMではない。
「天神さん。もうそろそろ出演です」
スタッフに呼ばれ、悠哉は控え室の席を立った。
「じゃ言ってくるわ」
「ここで見とく。頑張れー」
ダルそうに手を振った啓司に軽く手を上げてから悠哉は部屋を出た。
全ては、全てを蹴散らすために。頂点を奪う第一歩を踏みしめた。
「すみません。舞台に上がる前に、確認事項と注意事項のすり合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
公式が主宰する大規模な大会で、問題が起こることは悠哉も望んではいない。
◇
会場の一般席。舞台上からは絶対に見つけられないが、しかし舞台上の選手を見ることに不自由しない席で、彩音は開幕の時を待っていた。
「すごく多いね」
隣の継羽が人の多さに感嘆に近い声音を上げた。
「そうだね。悠は多分、気にしないと思うけど」
「私は無理だなぁ。彩音は大勢に見られて平気?」
「人の視線には慣れてるし、もうとっくに慣れてしまったよ」
正直、彩音は観客のことを気にしたことはあまりない。大舞台で失敗できないという緊張はするが、しかしそれでパフォーマンスを落とすようなミスはしない。
外見上、どうしても人の目を引いてしまうからこそ、彩音はそこになにか特別な感情を持つことはなかった。
会場の喧騒が一瞬だけ大きくなる。それは幕開けが近い予兆。騒がしい言葉がさざ波のように広がって、雑音へと変わる。
舞台の上に展開された大型のスクリーンが、開幕までの数字が1桁になったことを知らしめた。
「はじまるね」
継羽がポツリと呟く。
残り時間、1秒。
喧騒が突如として、その呼吸を止めた。
会場に生まれた空白に、司会の声がマイク越しに響いた。
『エルガレイオン・オーバードーズ!! ラインオーバー! 開幕!!』
派手な演出が、比喩ではなく、文字通りに爆発を起こして、観客席の全てに問答無用の歓声を上げさせた。
プロ選手なんて出てこないのに、これだけの歓声が響いたのは、その司会の人気だ。
『皆さん、初めましての方は初めまして、今大会の司会進行を任されました。上永吉と申します』
簡素な自己紹介を済ませた男は、その声音に重さをもってしてその存在感を見せつける。しかし決して重苦しいものではない、不思議な声音だ。
生真面目スーツが、良い声で少年のような笑顔で笑う。嬉しいという抑揚を隠しきれない声で司会進行の役目を勤める。
VRゲームがプロゲーマーの地位を上げたのなら、そのプロゲーマーの影響でその地位が上がった存在だ。
大会自体に、そのゲーム自体に興味がなくとも、その人が司会をするのなら会場に来る、ということすら容易に起こるようになってしまった。
今回のような、有名選手が1名も出てこないようなアマチュア大会では、司会人気のゴリ押しを行うことが多い。
それでも目の前で饒舌に語る司会、上永吉は、そう易々と呼び立てられるような人物ではない。それを可能としたのは、やはり公式という巨大な力だろう。
司会が筒がなく進行し、壇上に8人の選手が並んだ。
司会が一人一人の戦績や使用キャラクターなどを紹介していく、当たり前だが、選手自体の発言は無かった。
大会初心者にマイクパフォーマンスなど出来るわけがない。それこそ、プロチームに所属し、その手の研修を受けていないのならば尚更だ。
やがてトーナメント表が、大型スクリーンに表示される。
1戦目に悠哉のプレイヤーネーム、転上があった。
「1戦目…」
継羽が苦しみに喘ぐような声を上げる。
初戦というものは、いつだってやりにくくなるものだからだろう。会場の雰囲気に飲まれ、本来のパフォーマンスを発揮できずに負けるかもしれない。
そう継羽が考えていることを予想し、彩音は笑った。
壇上にいる悠哉が、本当に気付かれないレベルの微笑を浮かべてるからだ。
嘲笑、嘲り、それがなにに向けられているのか、何を意味しているのか、それを理解している彩音は何も心配していなかった。
司会は滑らかに、しかし確かな力強さで1戦目の対戦カードをぶつける。
ベッド型のフルダイブシステムに2人の選手が入ると、会場の巨大なスクリーンが天上に収納され、空いたその余白に、光によって立体的な映像が作り上げられる。
黒髪に蒼い瞳の青年、ルクスと宇宙の銀河が人の形になったような、性別不詳のキャラクター、エトワール。
知らぬ間に彩音は両手を握りしめていた。そして無意識に言葉が溢れる。
「頑張って」
────バトルが始まった。
太陽、火星、水星……8つの星がバトルエリアに生成され、悠哉が操るルクスへ向かう。
相手は惑星を射出する時間差と、惑星の設置位置の違いによる到達時間の差。その2つを利用しつつも、設置した惑星を距離をキープするための障害としても活用している。エトワールの基本的で最も難しい立ち回りを忠実に守っていた。
エトワールのキャラクター対策は、リアルタイムで動き続ける状況を管理することだ。しかしそれは裏を返せば、エトワール側も同じように、惑星と状況を管理し続ける必要があるということだ。
全力疾走しながら相手とポーカーをし続けるようなものだと彩音は思っている。
いつ飛ばしてくるのか、設置されたどれを飛ばすのか、その2つはスキルを発動させるための声で判別できる。問題はどこに置かれていたか、どこに置かれるかの2つだ。
8つの惑星はそれぞれ設置距離が異なる。エトワールの指で方向が決まり、スキルの種類によって出現位置が異なるのだ。
惑星それぞれの設置距離を覚えていないと、回避不能の惑星が目の前で炸裂する。
だからこそ最短距離を走って詰めることは出来ない。エトワールが指を指した瞬間に、惑星の設置位置にいるのなら、必ず一歩後ろへ下がる必要がある。
無論横へ逃げることも出来るが、相手がその横移動に合わせて来たなら意味がない。
そしてそもそも、惑星を設置する時に動けないなどということはない。2D格闘ゲームではないのだから、常にお互いに動き続けることになる。
だから彩音はエトワールと対戦する時は、カードゲームをしている気分になる。ターン制ではないカードゲームだ。
継羽が焦ったような情けない悲鳴を上げる。
「あっ!」
ルクスが斜め後ろから飛来した惑星を避け損ねて直撃する。
試合時間はすでに2分を越えて、ルクスの体力は20%を下回った。その状況での惑星の直撃だ。悲鳴を上げることはなんら間違いではない。
次、当たり所が悪ければ、つまり体の芯を捉えるような一撃を食らえば負ける。
彩音は冷静だった。
エトワールとの戦いはカードゲームだ。そして─────カードゲームにはプレイヤーの自我とも言える拘りや、癖とも言える好みがある。
彩音には既にそれが見えていた。
「……勝った」
体力が一切減っていないエトワールと10%ほどしか体力のないルクス。
その宣言は誰の目からも、誰に向けた宣言なのか分かるものだ。しかし彩音に他の誰でもない悠哉へ、その勝利を贈った。
エトワールは、その悪質なまでの遠距離性能を持つ代償に、近接に寄られればなにも出来なくなる。そこらを歩く老人にすら殴り合いで負けるだろう。
それが順当に起こった。
会場が沸いた。
10%以下の体力での大逆転だ。実況解説の熱量に押されて、悠哉がベッド型の白いフルダイブマシンから出てくる。
凶悪な笑顔を隠すことなく、握り拳を上げ、勝者に相応しい堂々たる振るまいを見せた。
名もなき無名のプロ未満。
それが会場の空気を変えた。
彩音は目にした。司会と実況解説が居住まいを正したことを目にした。所詮はアマチュアの大会と見くびった相手を唸らせ、司会にしか目のいかない観客の目を釘付けにした瞬間を目にした。
ちなみにこの世界の幕張メッセは魔改造されています。
ゲームがプロ野球と同じだと感じれば、予算回されるのも当然です。
なので、舞台に出てくる施設は、どれもこれも現実とは大きく異なります。
会場がデカすぎるとか、そんな設備はないとか、そんな話はしなくていいです。
この世界には、、、ある。
上永吉
しっとりした重みの声、落ち着いたイケメンフェイス、少年のような笑顔。
物腰柔らかな態度と面白い話術を携えた28歳。
ふぁ!?なんだこいつ!?
3秒で生まれた怪物。




