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11 雷雲が動き出す

 初戦に当たったフラマのお陰か、その日の悠哉は冴えていた。


 不意打ちによる必殺を成功させて2勝。弱体化をメインとするキャラクターへカウンターを決めて3勝。


「ははっ! 死ぬほど調子良かったわ! ハハハハァッ!!」


 VRヘッドギアを外し、悠哉は音程が狂った笑い声を上げた。


「あーうるさいな。気持ちが良い勝ち方でもしたのか?」


「リプレイが残るならみせてやりたいね」


 踏み込んできた相手の剣を走り高跳びのように飛び越えて、そのまま相手の頭に剣を振り下ろした3戦目。


 未だに抜けきらない勝利の余韻。つまらない勝ち方ではなく、しっかりとした読み合いと磨いてきた技量によって針の穴を通すような勝利。


 体の芯からふつふつと湧き続ける熱量が、風邪でも引いたような体の火照りを生み出す。不思議と倦怠感はなく、むしろ逆。非常に体調が良い。


 やば、きもちいい。


 ソファーに堕ちるように深く座り、体を沈める。


「とりあえず3勝はしたんだな?」


「とーぜん。もしかしてお前、俺が途中で抜けてきたと思ったのか?」


「お前ならあり得る」


「大会でそれやるのは異常者だろ」


「そうだね」


「ん?」


 含みのあるような肯定に、悠哉は違和感を覚えるも、今、非常に心地が良いので聞かなかったことにした。


「あー…一生こんな試合したい」


 面白くない引きゲーや、面白くない一撃必殺。それらが通らない、それらが使えない戦いがしたい。読み合いの果てに相手を上回る快感が得たい。


 負けた相手に、俺の勝ちと言いたいのだ。完膚なきまでに言い訳の余地なく反論をさせないように勝ちきりたい。


 卑怯や小細工が嫌いで、長く戦いたい、強い敵と戦いたい。ラッキーパンチなど論外という美学がある悠哉には、1試合目と3試合目の勝利は非常に良かった。


 それだけに、2試合目は残念極まるものだった。


 悠哉は2試合目の勝利を思い出して、少しだけ不機嫌になった。最高の気分に水を差されたような、好きな音楽に不協和音を混ぜられるような不快感。


 やりたくはないが、狙えてしまったのだから仕方がない。勝ち方や戦い方に拘りがあれども、なによりも勝利は大切だ。


「あ~仕方ねーよな。仕方ねー」


 ソファーの背もたれに頭を乗せて家の天井を見上げる。


「お疲れのところ悪いが、28日はしっかり予定をあけているか?」


「問題ないね~。学校も休みだし、やるべきことも特にない」


「会場までの交通手段は確認したか?」


「そもそも会場どこ?」


「東京ゲームショーの会場と同じだ。後でスマホに位置情報送る」


「助かる~。お前はどうすんの?」


「観戦するが? 無様負け方をしたら彩音を呼ぶからな」


「うっわ」


 なにかを言いたかったが、なにも言えなかった悠哉は、嫌な顔をしてその話を聞き流した。


「ほんで、次の話をしたいんだが、決まってる?」


「この大会が終わった後の話か?」


「どうせ決まってんだろ?」


「だいたいは決めたが、予定に過ぎない。確定したらまた連絡する」


「直近の予定だけ教えてくれね? モチベとか、調子をその日に合わせたい」


「この大会が終わったらな。今は目の前のことをちゃんとみろ」


 そう言うと啓司は帰り支度を始めた。


「え? 帰んの?」


「帰る。見たいアニメがたまっている」


「1先しない?」


「今のお前は調子が良さそうだから断る」


「逃げるんすか~?」


「負けて萎れるよりは幾分かマシだ。じゃあな」


 家の思い扉がガチャリと閉まる音が聞こえた後で、煽りを余裕で無視した啓司に向けて、内心で賢いなと認めながら、本気ではない言葉を投げた。


「つまんねーの」




 ◇




 同日、4月20日、土曜日。午後3時半、天気は曇り。


 ベッドの上で、彩音は雨の兆しを肌で感じとる。


 なにもかも手につかない気だるさ。朝起きてからこの時間まで、パジャマから着替えていないことが、彩音の今の気分を物語っていた。


 スマホで音楽を聴いたり、動画サイトで配信者を見たり、猫の動画を見たりしてダラダラと時間を無意味に消費する。


 休息と言えば聞こえは良いが、心ここにあらず。なぜか全く眠りにつけない真夜中に近い感覚を覚えていた。


 眠りたいのに眠れない。目をつむっても、朝にはならない。


 気だるさがベッタリと体にへばりついて離れてくれない。


 伯母さんや伯父さんが心配してしまうという危惧はあったが、それは頭のすみで小さくなり続けるだけだった。


 なにも出来ない。なにかをしたいのに、このままではいけないと分かっているのに、それでも、なにも出来ない。


 スマホから視線を反らして、天井をぼーっと眺める。


 雨足がしとしとと、恐る恐るといった様子で近づいてくる。それを恐れている。それを待ち望んでいる。


 彩音はなぜか突然、その雨に打たれたくなった。どうしようもないほど強い雨に滅茶苦茶にされたくなった。


 良くないことは分かっている。


 どうして。このままではいけないと分かっているのに、良い方向へ進まないといけないと分かっているのに、どうして、悪い方向へ向かうことはこんなにも気持ちが楽なのか。


 ベッドからゆっくりと起き上がる。


 シャワーを浴びて、化粧をして、お気に入りの洋服を着て、雨に打たれに行く。


 本当に馬鹿馬鹿しいことを彩音が実行しようとしたその瞬間に、スマホに1つの連絡が入る。


 勝手に期待をして、勝手に裏切られることが怖いのに、どうしても期待してしまう。


 啓司からのメッセージ。


『体調はどうだ?』


 どうしても落胆する心を仕舞いこんで、心配する言葉に空っぽの返事をする。


『悪くはないよ。どうしたの?』


『4月28日、なにか予定はあるか? あるのなら予定を開けておいてくれ』


『どうして?』


『悠哉のためだ』


 予想外の言葉に彩音は驚く。


『悠がどうしたの!? なにか怪我でもしたの?』


『いいや。むしろ逆だ。4月28日、EODの大会があるのを知っているか?』


『今調べるね』


 スマホで即座に調べると、公式が主宰する大規模な大会があることが分かった。


 とある1文が目に止まった。それはこの大会のテーマとも言えるもの。


 新しいプロを発掘するための場、プロを目指す人を集める大会。


『出場資格を悠哉はとった』


 啓司からのメッセージを理解するのに、少し時間がかかった。


『悠は、またプロを目指すの?』


 勝手に期待をして、勝手に裏切られるのは、嫌だ。痛いことはしたくない。それでも聞かずにはいられなかった。


『違う』


 どこか確信があった。悠哉がまた目指す確信があった。


 それは勝手な期待だと、突きつけられた気がした。


 胸が強く締め付けられるようだった。息が苦しい。


 メッセージが追加された。


『悠哉は頂点を目指し始めた』


『彩音を倒して、世界一を奪い取るつもりだ』


 間違えていたのは、自分だと彩音は気付いた。悠哉の夢にとって、プロは通過点でしかない。そして頂点というものは、毎年変わる。


 夢を奪ったと思っていた。その夢を奪い返しにくると、突きつけられた。


『私はどうしたらいい?』


『4月28日。悠哉は彩音がくることを知らない。だから会場にいることがバレないようにしてくれれば良い。試合が終わった後、どんな結果だとしても話をする時間を作る』


『悠は、話をしてくれるかな』


『さぁ。アイツの考えは知らない。彩音が自分で聞き出すと良い。ただ、少なくとも逃げるようなことはしないはずだ』


『分かった。4月28日開けておくね』


『1人は危ない。継羽には伝えておいた。継羽と2人で来ると良い。それと、このことは悠哉に漏らさないように』


『分かった。ありがとう』


 メッセージはそこで途絶えた。


 久しぶりに彩音の中で、活力と言えるものが動き出した。


 雨には当たっていられない。風邪を引くような真似は出来ない。


「4月28日……1週間後ね」


 彩音はシャワーを浴びた。すると今までの鬱屈とした気分の悪さが全て洗い流されていった。後に残ったのは、信じることだけ。


 夜明けの太陽を浴びたような、そんな熱量が彩音の心を暖めた。


間(で四苦八苦する)男、啓司君です。

結構好き。

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