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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
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旅立ち

パルマスの街に戻ると、私たちはマリアに挨拶をし、ここまでの経緯を説明した。

リルが、大陸への旅に同行したいことを真剣な表情で告げると、マリアは少し思案顔になり、私の方を見て尋ねてきた。


「ルヴィさん、アデルとリルがご一緒しても、ご迷惑にはなりませんか?」


「ご迷惑だなんて、とんでもありません。

 ただし、安全な旅ではないということは、お二人にもきちんと説明しています。それから、旅程は往復で四十日ほどかかると見込んでいます。」


私の言葉に、マリアはしばし黙考したあと、静かに頷いた。


「そうですか...ルヴィさん、ありがとうございます。

 ...わかりました。では、許可しましょう。ただし、アデルもリルも、ルヴィさんの言うことをしっかり聞いて、慎重に行動するのですよ。」


「はいっ、お母様!ありがとう!」

リルが元気よく答える。その声には、嬉しさと少しの緊張が混じっていた。マリアは、安心したように微笑んでリルの頭をそっと撫でた。


話が終わると、私はアデルと一緒に厩へ向かった。

アデルが持ってきてくれたブラシを手に、私たちはリッキとライズにまたがり、街の外へと出る。陽も少し傾き始め、空には穏やかな風が吹いていた。

広い草原に着くと、馬具を外し、リッキとライズを自由にさせてやる。二頭は嬉しそうに鼻を鳴らし、ゆっくりと草を食み始めた。

その間、私たちは静かに彼らの体をブラシで丁寧に手入れする。


「ルヴィはすごいですわ。私より二つも年下なのに、大陸までの旅を考えられるなんて。」


「私はただ、少し知識があって、自由に使える時間があっただけです。」

私は、心からそう思っていることをそのまま口にした。


アデルは手を止めずに、そっと続ける。

「私はルヴィに初めて助けてもらったとき、新しい日々が始まるのではないか...そう感じました。今、こうして大陸への旅に同行できるのも、ルヴィの提案があったからですわ。」


私も手を止めずに、彼女の言葉を受け止める。


「私にとって、アデルとリルに出会ったことが救いでした。何もわからない中で、二人を助けることが自分にできる唯一のことだと思っていたんです。

 それがなければ、私は前に進めなかったかもしれません。だから、今こうしているのは、アデルとリルのおかげなんです。」


言葉を交わしていると、ふと西の空が鮮やかなオレンジ色に染まり始めていることに気がついた。

「そろそろ戻りましょうか。リッキとライズも、もう十分満足したでしょう。」


私がそう言うと、アデルはそっと笑った。

「そうですね。宿のお手伝いをリル一人に任せてしまって...今頃、頬を膨らませているかもしれませんわ。」


「ハハハ、そうかもしれませんね。」

私たちは笑い合いながら、リッキとライズに「そろそろ帰ろう」と声をかけた。二頭は振り返り、まるで理解しているかのように、素直にこちらへ歩いてきた。


宿に戻ると、リルが少しふくれっ面で私たちを出迎えた。

「お姉様、ずるい。お仕事をさぼったでしょ。」


突然の非難に、私とアデルは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


その様子にリルはますます頬を膨らませる。

「もう!二人で何を笑ってるの?今日はお客さんが少なかったから良かったけど...お姉様も、早く手伝ってちょうだい。」


「ごめんなさい、リル。今日はね、リッキとライズに大変働いてもらったから、お礼をしていたのよ。これから手伝うから、許してくれる?」


姉妹のやりとりに、私は小さく笑いながら、自分の部屋へと向かう。

部屋に戻ると、明日の旅に向けて、道中に必要なものを一つひとつ丁寧に整えていった。

その後、マリアに夕食をごちそうになり、温かい団らんのひとときを過ごしたのち、私は早めに床についた。



◇◇◇



翌朝、私は部屋の金庫から金貨と白金貨の一部を取り出し、街の中央通りへと足を運んだ。早朝にもかかわらず、既に店を開けている商人もいる。


しばらく歩いたのち、宝石類を扱う店を見つけて中へ入った。店内は静かで、品のよい光を放つ宝石たちがずらりと並べられている。

陳列棚の中を念入りに見ていると、状態の良いサンゴが目に入った。さらにその隣には、大ぶりの真珠や黒真珠も並んでいた。


店主はこちらを不審そうな眼差しで見ていたが、気にせず価格を確認し、いくつかの宝石を選んだ。

良質なサンゴと真珠、黒真珠、それぞれ、後に価値があると判断できる品だ。

代金を支払うと、店主の態度は一変し、先ほどの警戒心はどこへやら、満面の笑みで私を見送りしてくれた。


宿に戻ると、アデルとリルが出迎えてくれた。


「こんな朝早くから、どこへ行ってきたのかしら?」

リルがじっとこちらを見て問いかける。


「少し、商人の真似事をしようと思いまして、買い出しに行ってきたのです。」

当たり障りのない返答をすると、リルはさらに一歩踏み込んでくる。


「へぇ、で、何を買ってきたの?」

「それは、商売上の秘密ですから、教えられませんよ。」

「ふーん...ルヴィは、商人にでもなるつもりなの?」

「それは、今回の旅次第ですね。」


「今、お母さまが朝食の準備をしているから、食べてから出かけましょう。」

「そうですね。では、私は荷物を馬車に載せてきます。」


私は購入した品々を馬車に大切に保管し、その足で部屋へ戻った。金庫から残りの貨幣のうち半分を取り出し、ポーチにしまって身につける。

ちょうどそのとき、アデルが迎えに来てくれた。彼女に案内されてダイニングへ行くと、テーブルの上には朝食が整えられていた。


四人で朝の食卓を囲み、温かいパンとスープで腹を満たしたあと、私はマリアに宿代として金貨を一枚差し出した。

マリアは驚いたように断ろうとしたが、私が静かに首を振ると、少しだけ戸惑った末に、それを受け取ってくれた。


その後、私は厩へ向かい、リッキとライズに馬具を取り付け、馬車の準備を進めた。

アデルとリルも荷物を手際よく運び込み、やがて全てが整うと、二人は並んで馬車に乗り込んだ。


そこへマリアが姿を見せ、私たちに向かってゆっくりと語りかけた。


「昨日も話したけれど、アデルもリルも、ルヴィさんの言うことをちゃんと聞いて、慎重に行動するのよ。

 ルヴィさんも、ハウルさんも、自分のことで手いっぱいになることもあるかもしれないけれど、どうか、無事に帰ってきてね。」


その言葉に、アデルとリルはそろって姿勢を正し、真剣な面持ちで返事をした。

「はい、お母さま。」


「それでは、マリアさん、行ってきます。」

「ルヴィさん、気をつけて行ってらしてね。」

「お母さま、行ってきます。」

「行ってきます、お母さま!」


それぞれの想いを言葉にして交わし合い、そして私は手綱を軽く引いた。

リッキとライズは、まるでこの日を待っていたかのように、揺れも少なく、なめらかに馬車を動かし始めた。

ゆっくりと街の通りを抜け、やがて開けた道へ出ると、二頭はその歩幅を自然と広げていく。


ハウルの家に着くと、ハウルとレナが外で待っていた。

馬車が止まるやいなや、リルは嬉しそうにレナのもとへ駆け寄っていった。


「レナも一緒に行けたらいいのに。」

そう言うリルに、レナは首を横に振って答えた。


「私には、大陸を旅する勇気なんてないわ。リルちゃんはすごいと思うけど...怖くないの?」


「ルヴィとハウル、それにお姉さまが一緒だから、平気よ。」


二人はすっかり打ち解けていて、初めて出会った時からまるで昔からの親友のようだった。きっと、相性がとても良かったのだろう。

私はアデルと共にハウルのもとへ歩み寄り、軽く頭を下げた。


「おはようございます、ハウル。良い天気ですね。」

「おはようございます。」

「おはよう、ルヴィ、アデル。早かったね。今日は旅立ち日和だよ。きっと良い旅になる。悪いけど、積荷を運ぶのを手伝ってくれないか?」


「もちろんです。アデルとリルは、レベッカさんたちにご挨拶をお願いできますか?」

私がそう言うと、アデルは頷き、リルとレナを伴って家の中へ向かった。


私はハウルと共に鍛冶場へ向かう。

鍛冶場では、デニスとモリッツが既に作業をしており、精巧に仕上げられた鉄製品が山のように積まれていた。

四人で馬車に荷を積み込み始めたが、それは予想以上の重労働だった。


すべてを積み終えて、一息ついた頃...


「昼食の準備ができましたよ。」

レナが声をかけに来てくれた。アデルとリルも、どうやら一緒に準備をしていたらしい。


賑やかな昼食が終わると、旅支度を整えたハウルが家の中に姿を現した。

レベッカとデニスは、それぞれハウルに手紙を一通ずつ手渡し、旅先で伝えてほしい言葉を穏やかに告げていた。


その間、私はアデルとリルと共に先に馬車へと向かった。

レナも静かに後をついてきて、馬車のそばまで来ると、ライズのところへ歩み寄った。


「立派なお馬さんね。撫でさせてくれてありがとう。あなたは賢いのね。」


そう言って、ライズの首筋を優しく撫でる。ライズはまるでそれに応えるように、小さく鼻を鳴らした。


私はリッキとライズの前へ出て、それぞれの鼻筋にそっと手を添えながら言った。


「とても賢いんですよ。私が合図をしなくても、街からここまで、ちゃんと連れてきてくれたんです。」


「そうなのですか。ルヴィ様の考えが、わかるのですね。」

レナの声は、どこか感心と敬意が混じっていた。


「そうなのかもしれませんね。」


私は笑顔を向ける。すると、レナもまた、澄んだ瞳で静かに笑ってくれた。

その笑顔は、リルに似た無邪気さと、アデルに似た落ち着きが、どこか同時に宿っているように感じられた。


ハウルがこちらに歩み寄ってくると、リッキとライズの前に立ち、優しく声をかけた。

「リッキ、ライズ。今日もよろしくな。」


そう言って、それぞれの首筋を丁寧に撫でる。二頭は、まるで応えるように、ブルルッと鼻を鳴らした。


私とハウルは御者台に乗り込む。すると、家からデニスとレベッカ、モリッツの三人が近づいてきた。

「ルヴィ殿、皆を頼む。気をつけて行ってくるように。」


「旅路の無事を祈ってますわね。」

デニスとレベッカがそれぞれ声をかけてくれる。


レナも、そっとモリッツの横に立ち、こちらをじっと見つめていた。その頭に、モリッツが優しく手を置き、髪を撫でながら言った。


「皆さん、どうか気をつけて。ハウル、無理するなよ。」


「わかってるよ、モリッツ。レナも、行ってくるね。」


ハウルの言葉を合図に、私は手綱を軽く引く。リッキとライズは滑らかに歩き出し、馬車はゆっくりと村を離れていった。

街道までの道を進みながら、ハウルがふと思い出したように問いかけてきた。


「ルヴィ、すっかり聞くのを忘れてたんだが…オレたち、どういうルートで鉄の街を目指すんだい?」


その言葉に、馬車の車内からリルとアデルが顔を出し、こちらを覗き込んできた。どうやら二人も、旅の道順については考えていなかったようだ。

「それを知らずによくついてこられましたね。ハハハハハ。」


「まあ、そうなんだが...オレはルヴィを信用してるからな。」

ハウルが照れくさそうに言うと、リルも勢いよく頷く。


「わたしたちも!」

その言葉に、アデルは少し顔を赤らめて俯いた。


「まあ、時間はたっぷりありますし、道中で色々学びながらエラムウィンドを目指しましょう。」


私はそう言って、馬車を揺らしながら、これから進むルートについて語り始めた。


「まずは海沿いを南下して、島の南東にある港街、ギズモグロウブへ向かいます。

 そこからは定期便を利用するか、船を借りて、大陸側の港街ミドルポートまで渡航することになります。」


御者台から後ろを振り返りながら、私は淡々と説明を続けた。


「大陸に渡ってからは、馬車を借りて、街をいくつか経由しながら七日から八日ほどの移動になります。ですが、この区間が最もリスクが高いと考えています。」


ハウルとアデル、そしてリルがじっと耳を傾けているのを確認しながら、続ける。


「まず、王都での争乱が周辺地域に波及している可能性があります。それから、道中で魔物と遭遇する危険もある。

 さらに、南方辺境伯が今どういう立場にあるかにもよって、地域ごとの警備状況が左右されるでしょう。」


少し間を置いてから、付け加える。

「基本的には、安全な街に泊まりながら進むつもりですが、どんな理由で足止めされるかは予測できません。覚悟はしておいてください。」


私の話を一通り聞いたあと、リルがどこか楽しげな口調で言った。

「逆に言えば、すべて問題なく順調な旅になる可能性もあるってことかしら?」

「リル!」


すかさずアデルが、たしなめるように声を上げる。


草原の向こうに、青く広がる海が見えてきた。四人で感嘆の声を上げる。皆、海を見るのは初めてだった。海に近づくと、潮の香りが鼻に新鮮な刺激を与える。

街道が左右に続く道に突き当たると、私は進路を右に取るようリッキとライズに指示を与えた。


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