ウルリカ
部屋の中は、まるで黄金の海のようだった。山のように積まれた金銀財宝が、魔法の光を受けて輝き、眩しいほどの光を放っている。
その財宝の山の中から、伝説のドラゴンが姿を現した。
赤い鱗に覆われた巨大な体躯。その堂々たる姿は、まさに伝説の存在にふさわしい威厳をまとっていた。
ウルリカはゆっくりと首を伸ばし、右を向いた後、鋭い左の瞳でオレたちをじっと睨んだ。
「吾の知るアンフィトリーテとは、姿かたちが異なるようじゃが...呪いでもかけられたか?」
「わらわには、事情があってこのような容姿をしておるのじゃ。それよりも、この者、ハウルが、そなたの夢を見たというから連れてきたのじゃ。」
「その者が吾の夢を...?」
ウルリカはじっとオレを見つめると、小さく唸った。
「ふむ...資質は備えているようじゃな。ハウルと申したか。汝は、どのような王になりたいのじゃ?」
「お、王様って...!? いや、オレは王様になりたいわけじゃなくて、ルヴィ...いや、ルートヴィヒの家族のことを聞きたくてここに来たんだけど...。」
オレとウルリカのやりとりを聞いていたアンフィが、すかさず割って入る。
「そうじゃったな。ウルリカ殿、このルートヴィヒと申す者は、過去の記憶を失っておってのう。何か分かることはないかのう?」
ウルリカはしばらく考えるように目を細めた後、静かに言った。
「汝もまた、王の資質を備えておるのう...。ネフェリウス=ベアルの末裔であれば当然のことじゃが。」
ネフェリウス=ベアル。
その名を聞いた瞬間、オレは思わず息を呑んだ。それは、かつて世界を恐怖に陥れた魔王の名前だ。
なぜルヴィが、魔王の末裔だというのか?
その疑問が頭をよぎった瞬間、リルがオレよりも先に声を上げた。
「ちょっと待ってよ! 王様とか魔王ネフェリウス=ベアルとか...話の内容が混乱してきたんだけど! 魔王の血族は、皆処刑されたはずじゃなかったの!? なんでルヴィが、その魔王の末裔なの!?」
リルの問いかけに、今度はアンフィが口を開いた。
「そうじゃな...おぬし等は、魔王の血族について、何も知らぬのじゃったな。」
アンフィはゆっくりと語り始めた。
「後の世で魔王ネフェリウス=ベアル・ギレム・ヴォルガリスと呼ばれる王が滅ぼされたとき、一人の魔女が王城から赤子を抱えて逃れたのじゃ...。
その魔女こそ、スクルドの魔女ヴェガ・エレファンティネじゃ。」
オレは息をのんだ。十三人の英雄の一人、ヴェガ・エレファンティネ...その名は、かつて世界を救った英雄として歴史に刻まれている。
「彼女を助けて逃したのが、同じく十三の英雄の一人、スクルドの騎士アルタイル・ヴァンディールじゃった。」
「アルタイル・ヴァンディール...?」
リルが驚いたように名前を繰り返す。彼もまた、英雄として語り継がれる伝説の人物だった。
アンフィは頷き、続ける。
「ヴェガは王城を逃れると、エルミオン大森林へと奔った。エルフたちの庇護を受けながら、彼女はその赤子を育てたのじゃ。
しかし、やがて追及の手が伸び、エルミオン大森林にも危険が迫ると、ヴェガは火山の島へと逃れた。そして、ウルリカに庇護を求めたのじゃ。」
ウルリカが、低く唸るように言った。
「ヴェガが吾のもとへ来たとき、その瞳には決意と悲しみが宿っておった。彼女は言ったのじゃ。
『この子は、生まれながらにして背負うべきものがあまりに重い。だが、この子に罪はない。どうか、未来を託したい』と。」
「その赤子は...?」
オレの問いに、ウルリカはゆっくりと頷いた。
「赤子は、すくすくと成長し、やがてスクルドの青年と恋に落ちた。そして、ヴェガの言葉に従い、その姓を隠しながら、血を代々受け継いでいったのじゃ。」
静寂が訪れる。
その意味するところを、オレたちは理解し始めていた。
「つまり...ルヴィの祖先は...?」
アンフィは静かに頷いた。
「そうじゃ。ルートヴィヒは、魔王ネフェリウス=ベアルの末裔なのじゃ。」
皆が息を呑んだ。
ルヴィは何も言わず、ただ静かにウルリカを見つめていた。
アデルの声が洞窟に静かに響いた。
「そ、それでは、ルヴィのお父様とお母様は、今どこにいるのですか?」
長い沈黙を破るその問いに、皆が息をのむ。
ウルリカは黄金の瞳をゆっくりと細め、低く響く声で答えた。
「その者の父と母については、吾にもわからぬ。しかし、その体に流れる血が、ネフェリウス=ベアルの末裔であることを示している。
ヴォルガリスの一族は、血と共に知識を受け継ぐといわれておる。汝にも過去の知識が受け継がれておるはずじゃ。」
リルがウルリカをじっと見つめ、いつもの調子で問いかけた。
「ルヴィは色んなことを知っているの。それって、過去の知識ってことかしら? それに魔法もなんでも使えるのよ。それも受け継いだ知識なの?」
ウルリカは目を細めると、低く響く声で答えた。
「多くの知識を持っているのは、確かに受け継がれたものじゃろう。魔法の知識もその一部かもしれぬ。しかし、魔法を扱うということは知識とは別であろう。」
その言葉を聞いていたアンフィが、ふと考え込むように口を開いた。
「ヴォルガリスの一族ということは、人間ではなくスクルドということになるかの? であれば、魔力の豊富さにも納得がいく...。
それにしても、ルヴィの魔法の熟練度は尋常ではないように思うが...。」
「その者の才と努力の賜物であろう。魔法使いとして大成しておるのじゃな。すでにその者には、その者に仕える二つの翼がおるようじゃ。」
ルヴィは困惑したように眉をひそめ、低くつぶやいた。
「仕える二つの翼...?」
アンフィが首をかしげながら言葉を返す。
「魔法使いに仕える者といえば、使い魔のことじゃな。ルヴィに使い魔などおったかのう?」
ウルリカは静かに笑みを浮かべ、諭すように告げた。
「主人も周囲の者も気づいておらぬとは...仕える者が不憫じゃのう。」
その言葉にリルが何かひらめいたように、ぱっと顔を輝かせた。
「レアティースとオフィーリアじゃない?二羽とも翼を持っているし、きっとそうよ!」
「確かに...。」アンフィも納得したように頷く。「ただ懐いているだけかと思っておったが...あの二羽が、自ら使い魔たらんとしたのであろうのう。」
ウルリカはルヴィの瞳をまっすぐに見つめ、静かに語りかけた。
「レアティースとオフィーリアに会ったら、心を通わせてやるとよい。」
そう言って一度言葉を切ると、ウルリカは黄金の瞳をこちらに向け、鋭く見つめながら続けた。
「しかし、アンフィトリーテ、汝が連れてきた者たちは、ただの子供ではないようじゃな...それぞれが特異な資質を持っておる。」
アンフィが小首をかしげる。
「そうなのかや?」
ウルリカは一人ずつ視線を移しながら、まるで彼らの本質を見抜くように言葉を紡いだ。
「この者は海を支配する資質を持っておる。そして、この者は異質じゃ...人間でありながら、獣の王たる資質を秘めておる。」
皆の目がソニアとギーヴを捉えた。
そしてウルリカの視線は、アデルへと向けられた。
「その者もまた、王の資質を備えておる。」
アデルは目を見開き、自らの胸に手を当てた。
次に、ウルリカの瞳はレナをとらえた。
「その者は、王を支える王佐の才を秘めておる。」
レナが王を支える者?そんなことは考えたこともなかった。だが、ウルリカの言葉には揺るぎない確信があった。
「そして...そちらの者は、己が仕える者を玉座へと導く、武の才を備えておるようじゃな。」
ウルリカの視線がランスへと注がれる。
ウルリカの視線がリルへと移った瞬間、空気が張り詰めた。
「その者は...王を滅ぼす星を持っておる。」
ウルリカの言葉が重く響き、洞窟内に静寂が広がった。リルの顔が青ざめ、目を見開いてその言葉を消化できずにいた。
「わ、私が...王を、滅ぼす?」
小さな声が洞窟内に響く。ほかの仲間たちも息を呑んでウルリカを見つめた。
「どうして...私がそんなことを?」
リルが声を震わせながら、さらに問いを重ねる。アンフィが深く息をつき、言葉を選ぶように答えた。
「王を支える者もあれば、王を倒す者もいる。それが星の巡りあわせというものじゃ。だが、必ずそうなるとは限らぬ。
わらわもウルリカ殿に『王の資質を備えている』と、はるか前に言われたことがあるが、二百年経てもこの通りじゃ。」
アンフィの言葉が、少しだけリルを落ち着かせたようだった。しかし、リルの心にまだ重いものが残っている。
アンフィがカレノールを指さし、疑問を投げかけた。
「この者には特別な資質は無いのかえ?」
ウルリカはしばし沈黙を保ち、そして静かに答えた。
「その者は、すでに仕える神を見つけて歩み始めておろう。」
その言葉に、カレノールは微かに頷いた。彼の顔には決意と平穏が浮かんでいたが、どこか神聖なものを感じさせた。
洞窟内の静寂を破るように、ウルリカがゆっくりと向きを変えオレ達を正面に見据えると、厳かな雰囲気を纏いながら言葉を発した。
「吾の名はウルリカ。汝らは皆、吾と友誼を交わす資格を有しておる。一人ずつ名乗るがよい。」
その威厳に満ちた声に、場の空気がさらに引き締まる。誰もが息を呑み、しばしの沈黙が訪れた。
やがて、オレは意を決して一歩前に出た。ウルリカの燃えるような瞳をまっすぐに見上げ、名乗りを上げる。
「オレは、デネリフェ島ヴァレノ村の鍛冶屋、デニス・シュルーダーの次男、ハウル・シュルーダーだ。」
オレの名乗りに続き、仲間たちも次々と前へ進み出る。
「私は、デネリフェ島パルマスの街の宿屋、マリア・フェルステルの次女、アヴリル・フェルステルです。」
一人、また一人と名を告げていく。
やがて最後に、ルヴィが静かに前に進み出た。
「私は...」
その声は、どこか覚悟に満ちていた。
「ネフェリウス=ベアル・ギレム・ヴォルガリスの末裔、ルートヴィヒ。」
その名が響いた瞬間、ウルリカが目を細め、満足げに頷いた。そして、ゆっくりと口を開く。
「ルートヴィヒよ。吾の前では、ルートヴィヒ・ギレム・ヴォルガリスと名乗るがいい。」
ルヴィは真剣な表情でウルリカを見つめ、力強く頷いた。洞窟に満ちる空気が、先ほどよりもずっと厳かで、どこか神聖なものに包まれているようだった。
オレ達はウルリカと友誼を交わし、その威厳ある存在に深く敬意を抱きながら、洞窟を後にした。
ウルリカの言葉が胸に残る。ルヴィの血脈、仲間たちの資質...。
黄金に輝く財宝の山を背に、オレ達は再び歩みを進める。洞窟の出口に向かう途中、誰もが無言だった。
それぞれが、ウルリカから告げられた言葉を噛み締めていたのだろう。
外の光が差し込むと、長い洞窟の旅が終わったことを実感する。眩しい陽の光を浴びながら、オレはそっと拳を握る。
これから進む道が、どんなものになるのかはわからない。
だが、ウルリカとの邂逅は、確かにオレ達の運命を大きく動かした。
「行こう。」
オレの言葉に、皆が静かに頷いた。




