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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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パルマス商会設立

誘拐事件が落ち着いてから一月が経ち、相変わらず私たちは忙しい日々を送っていた。


ルヴィが新しい商会の設立を申請し、監察官から正式な許可が下りると、彼が会長に、私とミリアーノが副会長に就任することとなった。

商会の名は「パルマス商会」。この街の名を冠することで、地域に根差した商会として信頼を得たいというルヴィの想いが込められている。


商会の発足に伴い、想定をはるかに上回る数の商店がペルディーニ商会からパルマス商会へと移籍した。

その背景には、例の誘拐事件の騒動が広まり、ペルディーニ商会への不信感が広がったことが大きく影響しているのだろう。


もっとも、移籍した商店の中には、ペルディーニ商会から嫌がらせを受けるところも少なくなかった。

そのため、店主たちの次男や三男を中心に自警団を組織することになった。

訓練はランスが担当しており、厳しくも的確な指導のもと、自警団は次第に形を成していった。今では町中でも頼りにされる存在になりつつある。


ルヴィと二人で、商会の基本方針やルールについて話し合った。


新しい商会では、商人の取引規模に応じてランクを設定することにした。

交易など、複数の街をまたぐ大規模な取引を行う商人を「ミスリルランク」とし、この街での売上に対して課税を行う。

複数の街に支店を構える大規模な卸売業者は「プラチナランク」、同様に売上に課税される。

複数都市に店舗を持つ大規模な小売業者は「ゴールドランク」とし、課税の仕組みはミスリルやプラチナと同様だ。


この街に店舗を構えて小売りを行う商人は「シルバーランク」、

店舗を持たず、毎日あるいは定期的に露店を出す商人は「ブロンズランク」、

さらに、定期的に街を巡る行商人を「アイアンランク」と定めた。


プラチナ、ゴールド、アイアンの各ランクは五年に一度の更新料が必要となり、その他のランクは毎年更新料を支払うことになる。

アイアンランク以外には、年に一度の税金徴収も行う。


登録料・更新料・税金はランクによって異なるが、ペルディーニ商会のような不当な高額ではなく、商業の推進に必要な経費として、適正な額を設定する方針だ。


この案をミリアーノさんに提案したところ、「分かりやすくて良い」と褒めてもらえた。

ルヴィも「ルールは単純明快で、誰にでも分かるものが良い」と言っていた。


私はルヴィと一緒に新しい仕組みを作り上げていくことが、楽しくてしかたがない。

ルヴィは他にも多くの場面で頼りにされているから、せめて商会のことぐらいは、私が中心となって支えていこうと思っている。


表向き、パルマス商会はミリアーノさんが取り仕切っている。

彼のように、ペルディーニ商会によって商売を潰された商人たちが、毎日のように商会を訪れては相談を持ちかけてくる。


最近では、テルロやテルデ、サウセス、バジェルモソといった街にも支部を出してほしいという要望が、次々に寄せられるようになった。

ダスクウィーバー男爵からも、各地への支部設立を正式に依頼されているのだが、今のところはパルマス本部の運営だけで手一杯の状況だった。


そこで、母の宿屋を訪ねて、リズさんに商会を手伝ってもらえないかとお願いした。

長いこと動かなかったリズさんだったが、ようやく重い腰を上げてくれた。


こうして、リズさんはアンフィとともに商会の経理を担当してくれることになった。


リズさんがパルマス商会に加わったことで、さらに多くの商人や従業員たちが、ペルディーニ商会を離れ、パルマス商会に流れてくるようになった。


一月後、二回目の交易の旅に出発する予定だ。

今回はハウルが責任者となり、着々と準備を進めている。

ただ、私は今回の旅には参加できそうもない。

それよりも、パルマスの商会をしっかり運営できるよう土台を整え、形にしなければならない。


そのうえで、テルロやテルデにも支部を出したいと考えている。

新しく立ち上げた商会であれば、あのギズモグロウヴの街も受け入れてくれるかもしれない。

もし実現できれば、デネリフェ島南部を拠点とする有力な商会として、王国内の商人たちからも認知されることになるだろう。


そんな忙しい日々を送りながらも朝の日課は欠かさず続けている。日々の修練と魔法の学習を続けるうちに、私は次第に気づいてきた。

どうやら私は、剣などの武器で戦うよりも、魔法を使う方がずっと好きなようだ。


朝の修練のおかげで、最低限剣を扱えるようにはなった。だが、リルやソニアのようには上達しない。

一方で、新しい魔法を覚えることや、詠唱を早めて発動を速くすることには手応えを感じている。

そう、魔法は楽しい。


ルヴィのように無詠唱で魔法を使えるわけではないが、それでも詠唱のスピードが上がったことで、魔法の発動時間は以前と比べてずっと短くなっている。


朝の修練と魔法の学習の合間には、商会の仕事で毎日が忙しい。

けれど、その忙しさもまた、私にとっては楽しい時間だった。


そんなある朝、いつものように朝の修練のため屋敷の庭に集まると、ハウルが口を開いた。

「今朝、変な夢を見て目が覚めたんだ。」


「変な夢って、どんな夢よ?」

すかさずリルが言い返す。


「オレたちがドラゴンと話してる夢さ。カラフルで妙にリアルだったんだよ。」

「ドラゴンの夢なんて...まさに夢のまた夢ね。」


「ふむ、リルはドラゴンを伝説上の存在と思っておるのか?」

興味を引かれたのか、アンフィが口を挟んできた。


アンフィは、イヴァがこの屋敷に来てから、彼女と一緒に朝の修練に顔を出すようになっている。

とはいえ、基本は日向ぼっこをしながら、のんびり皆の様子を眺めているだけだ。

たまに気まぐれで参加することもあるが、その腕前はルヴィやハウルでは相手にならないほど。

ランスには及ばないにしても、やはり現役の冒険者であることを感じさせる。


アンフィの言葉が気になったのか、リルが訊ねた。

「アンフィ、ドラゴンを見たことあるの?」


「うむ、二度ほど会ったことがあるぞ。ハウル、夢に出てきたドラゴンの鱗の色は何色じゃった?」

「たぶん、赤だったと思う。」


「ふむ...おぬしたちの仕事が一段落したら、リルをドラゴンに会わせてやってもよいぞ?」

「アンフィ、よろしいのですか?そのような約束を...。」

「心配いらんよ、アデル。ハウルの夢枕に立ったというのなら、ウルリカに何か言いたいことがあるのじゃろう。」


「ウルリカって...魔王を倒した十三人の英雄の一人、あのウルリカのこと?!」

リルが驚いた顔で、アンフィに詰め寄る。


「そうじゃ。エレンシル様から、そう聞いておる。」

「ええ!?アンフィって、あのエレンシル・エルミオンとも知り合いなの?!」


リルの勢いに、私が代わりに答えることにした。

「アンフィは、エルミオン大森林のエルフなのですから、エレンシル様を知っていても不思議ではないでしょう?」


「まあ、そうなんだけど...でも、十三人の英雄のうち二人も知り合いがいるなんて、ずるいじゃない。」


リルがこれほど興奮するのも当然だろう。

十三人の英雄とは、遥か昔、魔王が世界を支配していた時代に、その魔王を倒したと伝えられる勇者たちのことである。


約二千年前の出来事で、もはや伝説として語り継がれているが、エレンシル・エルミオンは今なおエルミオン大森林に住むエルフたちの長老として生きている。

エルフの中には、当時のことを知る者がまだ存在しているかもしれない。


リルがルヴィに提案した。

「今度の交易の旅から戻ったら、ドラゴンに会いに行かない?」


「そうですね。でも、今度の旅には私は参加しないつもりですよ。」


私はすかさず質問する。

「ルヴィ、それは商会のことがあるからでしょうか?」

「はい。商会の運営を軌道に乗せて、テルロに支部を出せるようにしたいと考えています。」


それを聞いて、私は自分の考えを伝えた。

「ルヴィ、商会のことは私に任せてください。まだ、交易の旅にはルヴィが必要だと思います。

 皆が旅から戻るまでに、ミリアーノさんやリズさんと協力してパルマス商会をしっかりとしたものにしておきたと考えています。」


ルヴィは少し考えてから安心したように言った。

「分かりました、アデル。ありがとうございます。では、商会のことはアデルにお任せます。」


「では、そろそろ朝の鍛錬を始めましょうか。」

ランスの声で、朝の修練が始まった。


夏の終わりが静かに訪れたころ、ルヴィをはじめとする屋敷の仲間たちは、交易の旅へと出発していった。

私はアンフィ、イヴァと共に屋敷に残り、パルマスにおける商会の基盤づくりに力を注ぐこととなった。


ルヴィが出立する前に、商会の組織体制については綿密に話し合いがなされていた。

商会本体を中心に、小売部門と交易部門の二つに分けて構成し、それぞれが自律的に機能する仕組みを整える。

私は商会の副会長に就任し、あわせて小売部門の代表も務めることが決定していた。

そして、交易部門の代表はハウルが担うこととなった。


小売部門の運営を円滑に進めるため、副代表には、かつて商館で長く働き、その実務と人心のどちらにも通じたヘンリッタさんを迎え入れた。

その後、各部門の人事についてはミリアーノさんとじっくりと協議を重ね、一つひとつ丁寧に決めていった。


やがて詳細な役割分担と人員配置が整うと、小売部門は驚くほどスムーズに動き出した。

店舗の品揃えや接客体制、仕入れと販売のバランスまでが次第に形を成しはじめ、商会としての息吹が街の中に確かに根を下ろしつつあった。


窓の外では、しとしとと降り続く雨が屋敷の庭を濡らしていた。

いくつもの水たまりに落ちる雨粒が、静かに波紋を広げては消えていく、その様子を、私は黙って見つめていた。


「ふむ、ルヴィのことでも考えておるのか?」

背後から、アンフィの声がふいに届く。


「ルヴィだけじゃありませんよ。皆が今、どの辺りを進んでいるのか...そんなことを考えていたんです。」

そう答えると、アンフィはくすりと笑って言った。


「その様子では、やはりルヴィのことを考えておったのじゃな。顔にそう書いてあるぞ。」

「冗談はやめてください。いまの私は、のんびりしていられるような身分じゃないでしょう?アンフィだって知っているはずです。」


「それもそうじゃな。...おぬしもルヴィも、ここに集まった者たちも、皆なにがしかの才に恵まれておる。

 じゃが、才ある者ほど、焦りや迷いを抱きやすいものじゃ。あまり急くでないぞ。」


私は窓から目を離し、肩越しにアンフィへ視線を送った。


「焦っているわけではありませんよ。ただ、今進めていることをきちんと整えてから...アンフィ、あなたに皆をドラゴンのもとへ連れて行ってほしいのです。」


アンフィは少し目を細めて、穏やかに尋ねた。


「おぬしも、ドラゴンに会いたいのか?」


私は静かに微笑み、アンフィに答えた。


「あと数日で、ルヴィたちが帰ってきます。

 商会の方も順調に動き出していますし、私たちにも、そろそろ何か新しいことを始められるのではないかと、少し期待しているのです。」

「ふむ、若いというのは、そういうことかもしれぬのう。わらわも興味の持てることなら良いのじゃが。」


「アンフィは、どのようなことに興味があるのですか?」

「わらわは...旅を続けていたいのじゃ。けれど、今はそうもいかぬからのう。あと数十年は、このように身を潜めねばなるまいて。」


「そうなのですね...。

 実は、ルヴィが十四歳になったら、セイレーンの方々と原初のダンジョンを攻略する約束があるんです。それなら、アンフィも一緒に行けるのではないですか?」


「ほう、そんな話があったとは初耳じゃな。その時は、ぜひともわらわも連れて行ってもらおう。」

「アンフィが一緒なら、とても心強いですから。今からその日が楽しみですね。」


外では、雨の音が静かに響き続けていた。


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