交易の代償
私にとって初めての旅は、大きなトラブルもなく、無事に終わった。
初めて見る街、初めて渡った海、そして初めて上陸した大陸、どれもが、私にとって未知の世界だった。
昨年、ハウルお兄様が大陸へ旅に出ると聞いた時、私には信じられないほど恐ろしいことに思えた。
けれど、私と同じ歳のリルちゃんも一緒に旅をしていたのだった。そして、帰ってきた二人は明らかに変わっていた。旅は、こんなにも人を成長させるのだ。
その姿を見て、私の中で旅への憧れが募っていった。
旅から戻ったお兄様は、共に旅をしてきた仲間たちと共同生活を始めることになった。
私もその生活の中で、リルちゃんやお兄様が経験してきたことを、少しでも学びたいと思った。
ルヴィ様やアデルお姉様は、その思いを快く受け入れてくださった。お父様やお母様のお許しも得て、私は皆と共に暮らすことになった。
そして、交易の旅の話を聞いたとき、私は思いきって旅への同行を願い出た。
お兄様もルヴィ様も喜んで旅の同行を許してくれた。アデルお姉様やリルちゃんも、私の参加を喜んでくれた。
ちょうどその頃、ルヴィ様が交易品の管理を任せられる人材を探していたため、少しでもお役に立てればと思い、立候補することにした。
ただ旅についていくだけではなく、私にも何か役割がほしかったのだ。
算術には自信があったので、アデルお姉様に教えていただいた内容を、今では最低限こなせるようになった。
算術や読み書きは、幼いころから教会で教わってきた。
最初のうちは、モリッツお兄様やハウルお兄様についていくだけだったが、算術を学び始めると、だんだんとそれが楽しくなっていった。
ハウルお兄様が基礎を学び終えて、教会に通わなくなってから二ヵ月ほど経った頃、カレノールお兄様が教育係としてヴァレノ村にやってきた。
カレノールお兄様には、フィオラちゃんという、私と同い年の妹がいた。私はフィオラちゃんと共に、カレノールお兄様から算術や読み書きを教わった。
三年が過ぎると、カレノールお兄様はパルマスに戻り、代わりに別の教育係がやって来た。
その後、カレノールお兄様がパルマスで司祭見習になったことを、手紙で知った。
ハウルお兄様たちと共にパルマスの街を訪れた際、私は真っ先に教会を訪ねた。フィオラちゃんとカレノールお兄様は、以前と変わらず私を温かく迎えてくれた。
交易の話をすると、カレノールお兄様が私たちを気遣い言ってくれた。
「大陸までの旅は危険ですから、司祭様に同行していただくのが望ましいですが、もし見習いでよろしければ、私が同行いたしますよ。」
このことをルヴィ様とハウルお兄様に話すと、お二人とも喜んでくださり、ルヴィ様はカレノールお兄様と会ってくださった。
私は、パルマスの商館とギズモグロウブの物資集積所を行き来しながら、マリークさんやミリアーノおじ様に教えていただき、交易品の目録を作成していった。
そして今、交易の旅から戻ってきて、私ははっきりと自分の成長を感じている。
かつて、旅は恐ろしいものだと思っていた。けれど今は違う。危険が伴うことは分かっているけれど、それ以上に、新しい世界と出会う喜びの方が大きいのだ。
これからも、ハウルお兄様やルヴィ様と共に新たな旅に出ることを想像すると、心がときめいてしまう。
その気持ちを胸にしまいながら、私はまず、今回の旅で自分の役割をきちんと果たせたかを確認しなければならない。
旅に出る前に作った目録、旅の途中で記録してきた交易状況のリスト、そして持ち帰ってきた品物の一覧を照らし合わせ、売り上げの計算を始める。
ミリアーノおじ様とアデルお姉様、それに私の三人でそれぞれ売上を計算し、金額が一致することを確認していく。
数字を積み上げていくうちに、普段目にしないような大きな金額になっていき、思わず不安になってしまった。
しかし、最後に三人の計算結果を見比べると、すべてぴったり一致していた。
売上額から、ミリアーノおじ様が算出した仕入れ額を引き、さらに旅にかかった経費を差し引いて、最終的な利益を出す。
その結果を持って、ルヴィ様とハウルお兄様のもとへ報告に向かうと、二人は落ち着いた様子で会話を始めた。
「考えていたより、利益がだいぶ上回りましたね。」
「そうだね。護衛の船団と、アルヴィアの自警団の経営を本格的に考えよう。」
「ハウルお兄様は、この金額に驚かないのですか?」
「レナは、びっくりしただろうね。オレは、前回の旅で大体の感覚がつかめていたから、このくらいになると予想してたよ。」
「これも、レナがしっかり交易品を管理してくれたからですわね。お疲れ様でした、レナ。」
「そんな...私は、ミリアーノおじ様とアデルお姉様に言われた通りにしていただけですわ。」
「そういう謙虚なところも、レナちゃんの魅力だな。」
ミリアーノおじ様は、そう言いながら私の頭をやさしく撫でてくれた。
そのあと、ルヴィ様が私に声をかけてくださった。
「レナ、これから教会にお礼を持っていくのだけれど、一緒に行きますか?」
「はい、お供します。」
すると、ハウルお兄様が冗談めかして言った。
「アデルも一緒に行かなくていいのかい?レナも、ルヴィのこと気に入ってるみたいなんだぜ。」
「ハウル、何を言っているんです。私は、これから食事の用意をするのですよ。」
アデルお姉様の頬が、かすかに紅く染まっているのが見えた。
ルヴィ様とアデルお姉様は本当にお似合いで、私の入る隙など少しもない。私は、ただルヴィ様のお手伝いができれば、それでいいのだ。
教会に着き、用向きを伝えると、応接室に通された。
しばらくして、年配の男性が応接室に入ってきた。
「私は、この教区を任されている司教、テオバルド・ファロウィンドと申します。今回は、司祭の派遣依頼とのことですが、詳しく伺えますか?」
「司教様、お話の前に、こちらをお納めください。先日、司祭見習のカレノール様が交易団に同行してくださったお礼になります。」
「なるほど。カレノールの友人というのは、あなた方のことでしたか。ご寄進、ありがたく頂戴いたします。」
ルヴィ様と司教様の話は順調に進み、教会は今後、交易団への協力を約束してくださった。
応接室を出ると、カレノールお兄様を訪ねることになった。教会の方に尋ねると「今は孤児院で算術を教えています」と教えてくれた。
教会の孤児院へ向かうと、カレノールお兄様が孤児たちに算術を教えていて、フィオラちゃんがその手伝いをしていた。
カレノールお兄様とフィオラちゃんは、もともとヴァレノ村の出身で、フィオラちゃんが幼い頃にご両親を流行り病で亡くされ、教会で保護されたと聞いたことがある。
教会の孤児院で育った二人にとって、この場所はまさに、我が家なのだろう。
カレノールお兄様が司祭見習となり、宿舎を与えられた後も、こうしてたびたび孤児院を訪れているという。
外から、子供たちが学んでいる様子を見守っていると、カレノールお兄様が私とルヴィ様に気づき、その場をフィオラちゃんに任せて、外へ出てきてくれた。
「お邪魔ではなかったですか?」
「お邪魔も何も、ルヴィやレナなら大歓迎だよ。今度、子供たちに旅の話をしてくれないかな?」
「それはぜひ。屋敷でも、皆で世の中のことを学んでいます。カレノールも、フィオラや子供たちを連れて、ぜひ参加してください。」
「ありがとうございます、ルヴィ。是非参加させていただきます。」
その後、この間の旅のことや、今後の話を三人で語り合い、私たちは孤児院を後にした。
ある日、ペルディーニ商会から呼び出しがあったと、ルヴィ様、アデルお姉様、ハウルお兄様が商会に出向いていった。
帰ってきたハウルお兄様は、ひどく怒っていた。
「交易で儲けたから、金貨千枚の税金を支払えだって!信じられない!オレたちは、商会のルールに則って税金を納めたのに...こんなの理不尽だろう!」
「そうですね。商会は、ルールにない税金を納めろと言ってきているわけですから、従う必要はありません。...想像通りの展開になりましたね。」
そこへ、ミリアーノおじ様が慌ただしく駆け込んできた。
「ルヴィ君、商会が動き出したようですね。」
「はい、そのようです。これから再度ペルディーニ商会へ出向いて、税金の支払いを拒否する旨を伝えてこようと思っています。」
「相手は何をしてくるか分かりません。気をつけてください。」
「ありがとうございます。私とハウル、それからランスの三人で行くつもりです。今回は危険ですので、アデルには屋敷に残ってもらいます。」
「わかりました。私は屋敷に残ります。ルヴィ、どうか気をつけて行ってきてください。」
「ハウルとランスがついています。大丈夫ですよ。」
そう言って、ルヴィ様はランス様とハウルお兄様を伴い、ふたたびペルディーニ商会へと向かった。
しばらくして、三人は無事に戻ってきた。
「ミリアーノさん、商館に皆さんを集めてもらえますか?」
「ここへ来る前に、エリスにお願いしておきました。すでに皆、集まっていると思います。」
アンフィ様とイヴァ様を屋敷に残し、私たちは皆で商館へと向かった。
商館に着くと、従業員のエリスさん、エラルドさん、ヘンリッタさん、ウィンデルさん、トビアスさんらが、すでに集まっていた。
ミリアーノおじ様が前に出て、静かに話し始めた。
「本日、ルヴィさんたちがペルディーニ商会から、理不尽な税金の要求を受けました。この件は、以前からある程度予想していたことでもあります。
先ほど、ルヴィさんがこの要求を正式に拒否したところです。そこで本日は、皆さんにルヴィさんからお話しがあります。」
ミリアーノおじ様に代わって、ルヴィ様が前に出た。少し緊張した面持ちで、しっかりと皆に向き直る。
「先ほどミリアーノさんからもお話があった通り、ペルディーニ商会の理不尽な要求に対して、私たちは拒否する意向を伝えてきました。
ただ、この先、商会がどのような態度に出るかは分かりません。それゆえ、従業員の皆さんにも、危険が及ぶ可能性があります。
万が一に備えて、もし商館で働き続けることが不安であれば、どうか遠慮なく申し出てください。私たちは、その決断を尊重いたします。
一方で、今後も私たちと共に歩んでくださる方には、くれぐれも身の回りに注意して過ごしていただきたいと思います。
何かあれば、すぐに私たちへご相談ください。
一日も早くこの問題を解決できるよう、全力を尽くす所存です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
私は、このことをカレノールお兄様にも伝えなければならないと思った。
「リルちゃん、私、ちょっと教会に行ってきますわ。」
「わかった。気をつけて行ってきてね。」
リルちゃんが優しく答えてくれた。
私はその言葉に背中を押されるように、教会の孤児院へと向かった。
孤児院に着くと、フィオラちゃんが出迎えてくれた。
カレノールお兄様は買い物に出かけているとのことで、私はフィオラちゃんと一緒に街へ探しに出ることにした。




