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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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北方からの便り

交易用の馬車十両と、それを護衛する馬車五台が、広々とした街道を列をなして進んでいた。馬蹄が石畳を打つ音は規則的で、どこか頼もしさを感じさせる。


交易用の馬車には、いずれも貴重な品々が積み込まれており、よく鍛えられた馬たちが重い荷を引きながら、確かな足取りで前へ進んでいく。

護衛の馬車は隊列の前後左右に配され、鎧に身を包んだ兵士たちが剣や槍を手に、周囲へ警戒の目を光らせていた。

丘陵の近くでは特に目を凝らし、不穏な気配がないかを注意深く探っている。

その動きには無駄がなく、盗賊や野獣、モンスターによる襲撃への備えも万全だった。


遠くには川のせせらぎが聞こえるが、警護の者たちはその静けさにすら気を抜かず、常に周囲を意識していた。

目的地であるエラムウィンドの街まではまだ距離があったが、隊は補給と交易を繰り返しながら、着実に街道を進んでいた。


途中、エルムリンデンの街でビアンカが、デッサウの街ではエリオットがそれぞれ降車した。

交易品は街ごとに少しずつ入れ替わり、エルムリンデンでは三割近くの荷が新たなものと差し替えられた。そのたびに利益が生まれてくる。


現在、交易品の管理を任されているのはレナだった。

当初、ルヴィとアデル、そしてオレの三人で人材を探していたものの、なかなか信頼できる人が見つからなかった。

いっそミリアーノさんに頼もうかと話していた矢先に、レナが自ら手を挙げてくれたのだった。


ルヴィは即座にそれを認め、アデルもしばらくサポートについた。今では、レナはこの馬車に積まれているすべての品物を正確に把握している。


この街道を通るのは二度目だったが、昨年よりも見違えるほど整備が進んでいた。

リズベック商会とドルムント商会が、この一年をかけて整備してきたのだろう。揺れはほとんど感じない。

アルヴィアではモンスターとの不測の遭遇があったが、それ以外は順調な道のりが続いていた。


今朝、ガレリアを発ち、日が西に傾く頃には、鉄の街、エラムウィンドの姿が視界に現れた。


遠くに並ぶレンガ造りの煙突が、もくもくと煙を立ち昇らせている。

街全体が、鉄と炎とに満ちた気配を漂わせ、大地そのものが音を立てて息づいているかのようだった。

夕焼けの赤い光が煙と建物を照らし出し、エラムウィンドはまるで燃え上がる要塞のような迫力を放っていた。


隊商が近づくにつれて、道の脇には工房や鍛冶場の影が現れ、やがて、耳に届いたのは、金属を叩く力強い音だった。

街道沿いに立ち並ぶ商人や鍛冶屋の店には、すでに灯がともり始めていた。軒先には火の明かりが揺れ、夜の商いに向けた準備が整いつつある。


護衛の兵たちも、街の賑わいを目にしてほっとした様子を見せた。長い旅路の果てに、ようやく目的地へと辿り着いたのだった。


隊商は、エラムウィンドの重厚な雰囲気に包まれながら、ゆっくりと城門をくぐる。

ジャックの先導で、街の東端にあるドルムント商会の集積所を目指す。そこには、すでに大量の荷が集まっていた。


到着した馬車の前に、ロレンツォとフレデリックが現れた。ジャックはその姿を見て、安堵したように小さく息をついた。

オレたちは順に挨拶を済ませ、レナとギーヴ、カレノールを紹介した。


ロレンツォが、レナを見て優しく声をかける。

「...君が、ハウルの妹さんか。」


「はい。お祖父様、叔父様、どうぞよろしくお願いいたします。」


続いて、フレデリックさんが穏やかな笑みを浮かべながら言った。

「よく来てくれましたね。道中、さぞ大変だったでしょう。エラムウィンドでは、どうかゆっくりしていってください。」


「ありがとうございます。荷物の確認が終わりましたら、ぜひそうさせていただきます。」

レナは丁寧に頭を下げると、ジャックと共に荷車の方へと向かっていった。


「ハウルもレナも母親に似たのかな。」

ロレンツォさんのつぶやきに、フレデリックさんがうなずきながら付け加える。

「ただ、仕事に向き合う真面目さは、父親譲りでしょうね。」


やがて、ドルムント商会の人たちが集まり、荷の積み下ろしが始まった。レナとジャックは、書類を手にひとつひとつの荷物を確認していく。


「ところでルヴィ君、前回届けてくれた真珠や珊瑚が、こちらの彫金師たちの間でちょっとした評判になっていてね。

 最近は価格がかなり高騰しているんだ。今回は、いかがかな?」


「はい、フレデリックさん。その件については、質の良いものを、かなりの量、確保できております。もちろん、今回の荷にも含めてあります。」

「それはありがたい。あまりに価格が高騰しては、職人たちも困ってしまいますからね。供給が安定してくれると助かりますよ。」


商会とは、利益だけでなく、街の流通と物価の均衡を守る役割も担っているのだ。フレデリックのその言葉が、それを物語っていた。


「さて、もう日も暮れてきました。今晩は作業を切り上げましょう。併設した宿所をご用意しています。どうぞごゆっくりお休みなってください。」

彼の一声で、積み下ろしの作業は一時中断となり、一行はフレデリックさんに導かれて宿所へと向かった。



翌日も荷の整理は続いた。

その合間を縫って、オレはヴォロッキオ工房や商会を回り、必要な挨拶と用事を済ませた。


集積所に戻ると、荷の入れ替え作業はほぼ完了しており、明日には再び出立できそうな気配だった。

レナとアデル、ルヴィが積み荷の最終確認を進めており、オレもそこに加わる。



翌朝、オレたちはドルムント商会の人々に見送られ、エラムウィンドの街を発った。

馬車に積まれた荷は、往路よりも心なしか増えているように思えた。


川沿いの街道を進む馬車の上で、ソニアが馬車の窓から遠く流れるエルベ川を眺めながらぽつりとつぶやく。


「...海賊さえいなければ、この川も船で遡れそうなんだけどなぁ。」

「エルムリンデンまでは、大型船でも入れるそうですよ。ただ、そこからこちら側は、急流や崖が多くて、船で進むには危険なのだとか。」

「そうなんだ?ルヴィ、それ、誰に聞いたの?」

「エラムウィンドの街で、フレデリックさんが教えてくれました。」


パルマスの街では道具屋に入り浸っていたけれど、やはり、本当に好きなのは船なのだろう。


「ソニアなら、あの流れでも舵を取れるんじゃないか。」

「フフ、ハウルにはお見通しだね? うん、実は、挑戦してみたいって思ってたんだ。」


その様子を見ていたリルが、興味深そうに問いかける。


「でも、船の扱いって海と川で違うものなの?」

「全然違うよ。潮と波、川の流速や蛇行の仕方...全部違う。だからこそ、やってみたくなるんだ。」


ソニアの言葉には、恐れよりも興味が勝っていた。オレはその気概に感心しつつも、心の中で、『ただし乗せる荷や人は選んでくれよ』とだけ願っていた。



旅は順調に進み、やがてエルムリンデンの街が見えてきた。一年かけてルヴィとともに学んできたこの地方の歴史が、街の風景とともに思い出される。


エラムリンデンの街は、現在こそ王国の直轄領となっているが、三年前まではクラウジス伯爵家の居城が置かれた、由緒ある貴族の街だった。

クラウジス伯爵家は、一八〇〇年にわたり王国の礎を支えてきた名門であり、当時の当主マッティア・フォン・クラウジウスは、若い頃からその才知を讃えられた人物だった。

第一王女を正妃に迎え、二十三歳で家督を継ぐと、その卓越した政治手腕によってエラムリンデンを王国でも屈指の大都市へと押し上げた。


二十一年前には、領主不在となっていたエラムウィンドを自領に加え、当時まだ小さな村に過ぎなかったデッサウ、イルマル、ガレリアを物流の要所として育て上げ、フェンリスタからエラムウィンドにかけて広がる経済圏を築き上げたのである。


しかし三年前、前王の孫たちによる反乱に巻き込まれ、彼はこの街で自ら命を絶った。

その死をもってクラウジス伯爵家の領地はすべて没収され、王国の直轄地となった。

ただ一つ、エラムウィンドの街だけは、反乱鎮圧に功のあった南方の辺境伯、ヴァルマール・フォン・レーマンの領地に組み込まれている。


オレたちは今、マッティア・フォン・クラウジウス伯が築き上げた経済圏の恩恵を受け、その流通網を利用して交易を行っている。

この道を、こうして安全に旅できるのも、伯爵が遺した足跡のおかげと言えるだろう。


かつての主を失ったその城は、今もエラムリンデンの北西にひっそりと佇んでいる。

城のまわりに広がる庭園の木々は、まるで過去をそっと覆い隠すように、静かにその古城を包み込んでいた。


街へ入ると、まず向かったのはリズベック商会の本部だった。

本部の隣には集積所が設けられており、規模こそギズモグロウヴやエラムウィンドに及ばないものの、質の高い品が揃えられている。


集積所に馬車を入れると、エリオットさんが駆け寄ってきた。


「ビアンカ様がお話があるとのことです。皆さん、商会の執務室までご同行いただけますか?」


案内に従って執務室を訪れると、ビアンカさんが沈痛な面持ちでオレたちを迎えた。

「皆さん、よくお越しくださいました。」


「ビアンカさん、何かあったのでしょうか?」

ルヴィの問いかけに、ビアンカさんは表情を崩さぬまま口を開いた。


「遥か北方にあるエルダーリーフの街が、北方辺境伯の軍勢に攻め落とされたとの報せが、今朝届きました。

 エルダーリーフは王国領...つまり、北方辺境伯が王国に対して反旗を翻したことになります。」


「北方辺境伯...」

ランスの表情がわずかに陰る。

「ダルムシュタット伯爵は保守派のはず。となると、これは保守派同士の内紛...? あるいは、開明派の策略か。」


「いずれにせよ、状況は複雑化していくでしょう。今はまだ動きの全容は見えていませんが、各勢力の反応次第では内戦がさらに混迷を深める可能性があります。」


「とはいえ、ここはまだ北方から遠く離れた地です。交易は続けましょう。ただし、今まで以上に慎重に動く必要がありますね。」

ルヴィの言葉に皆が頷いた。


「リズベック商会でも、今後は情報の収集にさらに力を入れていくつもりです。新たな動きがあれば、速やかにお伝えします。」

「助かります。どうぞよろしくお願いします。」


一同が礼を述べ、執務室を後にした。

街の空気は変わらず穏やかだったが、遠くで確かに、大地が揺れ始めている


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