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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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交易

年が明けた。昨年は、オレにとってまさに転機の年だった。

何より、ルヴィとリルと出会ったことで、自分の運命が大きく変わったと、今は確信している。


そして、今年、いよいよ交易が始まる。

準備には、時間も労力も惜しまなかった。

リズベック商会のエリオットさんも、ドルムント商会のジャックも、きっと万全の準備を整えて待ってくれているだろう。



出発の二日前、オレはレナを伴って馬車でヴァレノ村に帰った。


村に着くと、レナはすぐに教会へ向かった。旅の無事を祈るためだ。


モリッツも、オレも、レナも子供のころは教会で読み書きや算術を学んだ。

オレやモリッツは一通り学び終えると足が遠のいたけれど、レナは今でも教会に足繁く通っている。


デネリフェ島は、豊穣の神デネリフェ・パルマス・デ・グラン・カナリアに縁の地とされ、デネリフェシス神への信仰が深く根付いている場所だ。

カナリアの街には大聖堂があり、祝福の森は、デネリフェシス神が眠る聖地とされている。



オレは、まず母に挨拶を済ませ、それから鍛冶場へ向かった。クローディンたちに、明後日、大陸に向けて出発することを伝えるためだ。

すると、クローディンとベルナルドが、それぞれ手紙を手にしてやってきた。


「これを、ヴォロッキオ工房のサンドロさんに渡してくれないか。」


ベルナルドは、そう言って小さな金属製の箱と手紙をオレに手渡してくれた。


クローディンもまた、

「これをサンドロさんに」と、丁寧に手紙を託してくれた。


どうやら、今回の旅はただの交易だけでは済みそうにない。

皆の想いも、しっかり届けてこなければならない。



今夜は、ヴァレノ村で過ごす。


夕食の頃には、レナも教会から戻り、いつも以上に賑やかな食卓となった。


もし、オレたちが無事に大陸から戻れば、この工房も大きな利益を手にすることになる。

父さんは、その利益で工房を拡張しようと考えているらしい。その計画について、楽しそうに語ってくれた。


交易が成功すれば、良質な鉄鉱石や砂金が安定して手に入り、それらを良質な製品に加工して大陸へ持ち込める。

評判が広がれば、新たな弟子たちも志願してくるだろう。


そのために、今から工房を広げておく、父さんの目は、すでに未来を見据えていた。


クローディンたちも、その考えに賛成している。

だからこそ、今回の交易を成功させなければならない。



昨年、一度だけ大陸に渡ったことがある。だが、決して楽な旅ではなかった。

ルヴィ、アデル、リル、ソニア、そしてランスのおかげで、何とか無事に帰ってくることができた。


今回も皆が同行してくれる。けれど、本格的に交易が軌道に乗れば、いずれは彼らの力を借りずとも、安全に荷を運ばなければならない。


そのために、ルヴィやランスと相談を重ねている。

海の移動については、ソニアにも協力をお願いしている。


考えなければならないことは、まだまだ山ほどある。


けれど...今夜は、そんなことを少し脇に置いて、この村で、家族と、仲間たちと、静かに過ごそうと思った。



翌朝、オレたちは皆に挨拶をしてから、レナとともにパルマスへ向かった。

道中、レナが言った。


「パルマスの教会に寄ってほしいの。お使いを頼まれていて。」


パルマスの街に入ると、北北西に伸びる通りへと馬車を進める。まっすぐ進んでいくと、教会の前に出た。

オレは馬車を止め、教会の前でレナを待った。


しばらくすると、レナが一人の男を連れて戻ってきた。まだ若いが、身なりからして司祭か、司祭見習いだろう。


「はじめまして。私はカレノール・グレイスティールと申します。今回の旅に同行させていただきます。」

そういえば、司祭見習いがレナの紹介で同行することになっていた。この人が、カレノールか。


「オレはハウル・シュルーダーです。レナの兄です。屋敷に案内しますので、馬車にお乗りください。」

簡単に自己紹介を済ませると、レナとカレノールを馬車に乗せた。



屋敷に戻ると、レナが皆にカレノールを紹介してくれた。


ルヴィは、司祭見習いが一緒だと旅が楽になる、と以前から話していた。前回の旅では、ルヴィに頼りきりだった。

少しでも彼の負担が軽くなるなら、きっと旅も安全なものになるだろう。


その夜、カレノールのささやかな歓迎会が開かれた。


彼の話によると、年齢はランスのひとつ上。オレたちとほぼ同世代だった。


カレノールは、教会の孤児院で育ち、幼いころから神学校に入り、今まで学び続けてきたという。

レナは、かつて教会でカレノールに学問を教わっていたことがあるようだった。



翌朝、アンフィとイヴァに見送られ、オレたちは屋敷を出発した。


商館の前を通りがかると、ミリアーノとエリスが外に出てきて見送ってくれた。

二人に挨拶をして、大通りを南へと進む。


パルマスの街を抜け、南の街道をひた走る。途中、テルロの街で一泊し、翌日にはギズモグロウブの街へと入った。

港に着くと、カルロとニコロが、小型の交易船二艘に荷を積み込んで待っていた。


スタンレー、マリーク、エリック、ケビンも、港で見送りに来てくれていた。


積み荷の積み下ろしは、エリックとケビンを中心に、スタンレーが集めてくれたギズモグロウブの人たちが手伝ってくれていた。

これから先も、この街の人たちには、たくさんお世話になるだろう。



すべての準備が整い、オレたちは、ネフライト号に乗り込んだ。


港に並んだスタンレーたちに、最後の挨拶をして、二艘の交易船を従え、ネフライト号はギズモグロウブの港を出航した。

海に出ると、ギーヴは水が怖いのか、船の中央で固まっていた。無理もない。ギーヴにとって、これが初めての航海なのだから。


今回、交易船を護衛するのは、ネフライト号ただ一隻だ。

しかし、これから本格的に交易が続くようになれば、護衛船も三隻は用意しなければならないだろう。



港を出て、しばらく進むと、リルが魔法の練習を始めた。

その隣では、レナも一緒に魔法の練習をしている。二人は、本当に仲がいい。


レナが屋敷に来てから、リルはレナに魔法を教えていた。

その成果もあってか、リルの魔法は、昨年に比べて格段に上達していた。


昨年までは、狭い範囲でさざ波を起こす程度だったのに、今では、広範囲にわたって波を自在にコントロールできるまでになっている。

レナの魔法は、そこまで至ってはいないが、それでも、一定範囲の波をしっかりと操ることができていた。


そこで、オレはふと思いつき、リルに声をかけた。


「リル、せっかくだから、波を立てるんじゃなくて、船に追い風を当ててやったらいいんじゃないか?」


リルは目を輝かせた。

「それ、いい考えね!じゃあ、ハウルとわたしで交易船を、レナがネフライト号を担当して、競争しましょ!」


レナは慌てて首を振った。

「競争だなんて...私、リルちゃんにもお兄様にも全然かなわないから...。」


「大丈夫よ、レナ。ハンデもあるし、これはハウルを負かす絶好のチャンスなんだから!」

「そんな、リルちゃん...。」

「リル、あんまり張り切って、交易船の帆を破るんじゃないぞ。」

「そんなことしないわよ!じゃあ、お昼ごはんまで競争ね!」


リルはそう言うと、さっそく一艘の交易船に向かって詠唱を始めた。レナも、少し緊張しながら詠唱を始める。

オレも、もう一艘の交易船に向けて魔法の詠唱を始めた。


昼までにはまだ時間がある。ペース配分を考えながらやらないと、後半で息切れしてしまう。



風を帆に当ててみると、意外と難しいことが分かった。

強すぎると風が散ってしまい、弱すぎると推進力が足りない。


帆を通じて船全体に風の力が行き渡るように、細かく力加減を調整しなければならなかった。


「これ、昼まで続けるって、リルのほうが先に飽きるんじゃないか?」

オレがつぶやくと、リルがにやりと笑った。

「わたしは大丈夫よ。ハウルこそ、途中で居眠りしないでね!」



レナの魔法で生み出された風は、少し乱れていたが、ソニアが器用に帆を操って、上手に風を集めていた。


ふと見ると、カレノールが興味深そうにこちらを眺めていた。


「皆さんは、いつもこんなに賑やかなのですか?」

「リルがいると、いつもこんな感じなのですよ。」


ルヴィが、さりげなく答えると、すぐにリルが食いついた。


「ルヴィ、わたしがいるとって、どういう意味なのよ!」

ハウルも笑いながら口を挟む。


「ルヴィにしては珍しく言葉選びを間違ったけど、言ってることは間違ってないね。」

「ハウルまで!」


カレノールは、そんなオレたちのやり取りを、眩しそうに笑いながら見ていた。



やがて、昼食の時間が近づいてきた。


この時点で、オレが風を当てている交易船が一歩リードしていた。

リルの交易船は、船体一艘分ほど後ろを走っている。レナが風を当てているネフライト号は、リルと並ぶ位置にあった。


ソニアの舵さばきがなければ、ここまで善戦はできなかっただろう。


この競争、特にゴールは決めていなかったが...


「このまま続けたら、昼食が食べられなくなってしまいますわね。この先に見える小島を先に通過した船を、勝ちにしましょう。」

アデルが提案してくれた。


その提案に火がついたリルが、オレの船を追い上げてきた。ネフライト号も、必死についてくる。

このまま最後まで、気を抜かずに走りきらなければ。


目標の小島が、徐々に近づいてきた。

そのときだった。リルが風を当てていた交易船が、急に失速した。


まさか、本当に帆を破ってしまったのか?慌てて船の帆を見たが、裂けたりしている様子はない。

疑問に思いながらも、オレは小島を目指して進んだ。


そして...気がつくと、交易船よりも先に、オレ自身が小島を横切ってしまっていた。


背後から、リルのはしゃぐ声が聞こえた。


「レナ、わたしたちの勝ちよ!」

リルはそう言いながら、レナに抱きついている。レナは呆然としたまま、こちらを見ていた。


...なるほど。そういうことか。

オレは苦笑しながら小島を見送り、後ろからやってきた二隻の船を見つめた。


そのとき、アデルがきっぱりと宣言した。

「はい。それでは結果をお伝えいたします。リルが不正を行ったため、優勝はハウル。準優勝はレナ。リルは失格となります。」


リルは不満そうにアデルを睨んだが、皆が納得した顔をしているのを見て、何も言えずにいる。



それにしても、この半日で、随分と距離を稼げた気がする。


長い時間、魔法を使い続けていたので、さすがに疲れてしまった。昼食をとった後は、夜の見張りに備えて、横になって休むことにした。



出航から二日間、ギーヴはずっと船の中央で固まっていた。その間、アデルがそっと寄り添い、励ましてくれていた。

三日目になって、ようやく慣れてきたのか、ぎこちないながらも、船内を歩き回るようになった。


「ソニア、この船はソニアが動かしているのか?」


ギーヴが興味深そうに尋ねると、ソニアが笑いながら答えた。

「違うよ。僕は方向を間違えないように舵を操作しているだけさ。ギーヴもやってみるかい?」


ギーヴは少し悩んだあと、首を横に振った。

「オイラにもできるのか?...うーん。でも、やめとくよ。」


普段は好奇心旺盛なギーヴも、船の上では恐怖心が勝るらしい。


「周りには水しか見えないけど...ルヴィ、海ってどれだけ大きい池なのかな?」

ギーヴの素朴な質問に、思わず笑いそうになったが、代わりにオレが答えた。


「海は池じゃないけど、どれだけ大きいか誰にも分からないんだ。少なくとも祝福の森よりずっと広いし、オレたちのデネリフェ島よりも、遥かに大きい。」

ギーヴは目を丸くして聞いていた。


その後も、ギーヴの質問は尽きなかったが、彼は決して船の縁に立とうとはしなかった。



航海の途中、少数の魔物と遭遇することもあったが、オレたちの船団は順調に進んだ。

そして、ギズモグロウブの港を出てから七日目、ついにミドルポートの港に到着した。


港に着くと、懐かしい顔ぶれがオレたちを待っていてくれた。


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