人材
昨日、真っ白な一ノ月が昇った。これから、冬も本格的になっていくだろう。
雪こそ降らないが、毎日、冷たい風が祝福の森から吹き込んでくる。
春になれば、最初の交易船が大陸へ向かう予定だった。
その交易には、ルヴィ、ハウル、ソニア、ランス、レナ、ギーヴ、リル、そして私が同行することになっている。
さらに、レナの紹介で、パルマスの教会から司祭見習いの方が一人、同行してくださることになった。
この準備には、一年もの歳月をかけてきたのだ。
パルマスの街には商館を購入し、ギズモグロウブの街には物資の集積所を設けた。
ギズモグロウブのスタンレーさんには、従弟のマリークさんを紹介してもらい、手伝ってもらうこともできた。
ギズモグロウブの集積所では、スタンレーさんの紹介でエリックさんとケビンさんを雇い、ソニアの兄であるカルロとニコロと一緒に働いてもらっている。
マリークさんは、普段はパルマスの商館で働いていて、そこにはエリスという女性も雇い、サポートにあたってもらっている。
物資も順調に集まりつつある、この交易はきっと成功するだろう。
ただ、一つだけ不安がある。ここ、パルマスに拠点を置くペルディーニ商会のことだ。
どんな横やりを入れてくるか分からない。
二年ほど前、こんなことがあった。
お母様の宿をよく利用していたミリアーノという行商人が、この街を気に入り、行商で貯めた財産で小さな店を開こうとした。
ペルディーニ商会に正式に加入し、店を構え、行商の伝手で良い品を仕入れ、堅実に経営を続けていた。
そして、カナリアの街にも店舗を出そうとしていた矢先...商会から、突然、追徴税が課せられた。
納めはしたものの、理由は一切教えてもらえず、ミリアーノさんや彼を応援する人たちが抗議に押しかけても、まともな説明はなかった。
それからも嫌がらせが続き、ついには従業員の誤発注によって、多額の借金を背負わされてしまった。
後になって、その従業員が商会に雇われた者だったことが分かり、裁判を起こそうとしたが、ミリアーノさんは、すでにパルマスの街を去ったあとだった。
こんな商会の横暴が目立つようになったのは、八年前、現代表ハーリ・ペルディーニが就任してからだと、お母様は話していた。
パルマスには商会が一つしかない。
だから、商人たちは、属するか、属さないかの二択しかない。
多くの商人が不本意ながらもペルディーニ商会に従っている、というのが現状だった。
噂では、王都から派遣された監察官と結託し、暴利をむさぼっているとも囁かれている。
この群島の街々は、それぞれ自治が認められている。
街の代表者が統治を行い、その代表が王国に背かないよう、王国から監察官が派遣される仕組みだ。
先日、ルヴィから教わった話では、監察官には、領地を持たない貴族が任命されるのが通例だという。
今のパルマスの監察官は、ヴォーリオス・ダスクウィーバー男爵。任期は五年目ほどで、あと一、二年、問題なく務めれば領地が与えられると聞く。
そんな立場にある監察官が、商会と手を組んで私腹を肥やすなど、にわかには信じがたい。少なくとも、普通ならあり得ない話だ。
だが、監察官はさておき、ペルディーニ商会に良からぬ噂があるのは、紛れもない事実だった。
今日は、マリークさんがギズモグロウブへ向かうというので、私とルヴィ、ハウル、レナが同行することになった。
最近では、レナも交易について積極的に学んでいて、店の手伝いでも大いに助けられている。
ギズモグロウブへは馬車で向かう。南の街道を通り、途中テルロで一泊する予定だった。馬車は、リッキとライズが引いてくれる。
出発直前になって、ギーヴとイヴァも一緒に行きたいと言い出した。人間としての見識を広めるために、イヴァがギーヴに同行を勧めたらしい。
予定通り、ギズモグロウブに到着した。
けれど、テルロでもギズモグロウブでも、ちょっとした騒ぎになった。グレートウルフが一緒なのだから、無理もない。
それでも、ルヴィの機転で、何事もなく街に入ることができた。
ギズモグロウブの集積所に着くと、スタンレーさんから新しい人を紹介したいと連絡が入った。
マリークさんとハウル、レナに集積所を任せ、私とルヴィはスタンレーさんの事務所へ向かった。
事務所では、スタンレーさんが出迎えてくれた。
「ルヴィ君にアデルさん、早かったですね。マリークはお役に立てていますかね?」
「マリークさんのおかげで、交易の準備は順調に進んでいます。これもスタンレーさんのお力添えのおかげです。」
私が答えると、スタンレーさんは嬉しそうに笑った。
「それは良かった。さて、今日紹介したい人物ですが...彼は、ルヴィ君の話を聞いたとき、すぐに思い浮かんだ人物なんです。
ただ、島内を巡っていて、なかなか捕まらなくてね。」
「そうだったのですか。でも、どうして島内を?」
「...実は、大きな借財を抱えてしまい、島の街を回って金策していたそうです。」
「なるほど。それなら、そのあたりの事情も、詳しくお聞かせいただけますか?」
「もちろんです。では、本人を呼びましょう。」
スタンレーさんは一度部屋を出ると、ほどなく一人の人物を連れて戻ってきた。
その人物を見た瞬間、私は驚きで声を上げてしまった。
「スタンレーさんが紹介したいというのは、ミリアーノさんのことですか?」
「お知り合いでしたか?」
スタンレーさんが目を丸くする。
「はい。母の宿をよくご利用いただいていましたから。」
すると、ミリアーノさんも私に気づき、目を細めた。
「あなたは、パルマスのマリアさんのお嬢さんでしたか。どうしてこんなところに?」
「今は、宿の手伝いではなく、こちらのルードヴィッヒさんの交易の手伝いを、妹と一緒にしているんです。」
「そうでしたか...。」
ミリアーノさんは、少し寂しそうな顔をした。
「私は、アデルさんもご存じの通り、パルマスで大きな借財を作ってしまいました。
この借財を返済しなければ、新たな仕事を始めるわけにはいかないと、スタンレーさんにも伝えてあります。」
それを聞いたルヴィが、落ち着いた声で尋ねた。
「失礼ですが、その借財は、どのくらいになるのでしょう?」
「...金貨千枚ほどです。在庫は珊瑚と真珠なのですが、なかなか売ることができなくて。」
私は、ミリアーノさんの事情をルヴィに簡単に説明した。
「やはり、商会の差し金だったのですか...。しかし、裁判はしません。」
ミリアーノさんはきっぱりと言った。
「たとえ裁判に勝っても、商会にうやむやにされ、商品を用意してくれた商人たちに迷惑がかかるかもしれませんから。」
その言葉を聞いて、ルヴィは静かに微笑んだ。
「その商品、すべて私に買い取らせてください。金貨千枚を今すぐ支払うことはできませんが、まず半分、五百枚分を購入しましょう。
年が明けたら、その商品を大陸に持って行き、売ってきます。そして帰ってきたら、残りの五百枚分を改めてお支払いします。...いかがでしょうか?」
ルヴィの提案に、ミリアーノさんはしばらく考え込んでいた。
そして、顔を上げると静かに尋ねた。
「ルードヴィッヒさん、私は何をすればよろしいのでしょう?」
「私のことはルヴィと呼んでください。ミリアーノさんには、パルマスの商館の経営を手伝ってほしいのです。」
そう答えると、ミリアーノさんは少し表情を曇らせた。
「パルマスで店を経営するのは構いませんが...私は、ペルディーニ商会から疎まれています。皆さんにご迷惑をおかけするのではないでしょうか?」
それに対してルヴィは、静かに首を振った。
「心配には及びません。私たちは、交易で利益を上げれば、いずれペルディーニ商会から難題を持ち掛けられるでしょう。
そのときは、商会を脱会し、新たに自分たちの商会を立ち上げるつもりです。そのためにも、今は人材を集めているのです。」
ルヴィが先を見据えた展望を語ると、ミリアーノさんの表情がふっと明るくなった。
「そういうことでしたら、私もお力をお貸ししましょう。」
「ありがとうございます、ミリアーノさん。では早速、交易物資を集めている集積所をご案内します。」
私たちはスタンレーさんにお礼を言い、事務所をあとにした。
集積所に着くと、ちょうど皆が集まっていた。ルヴィは皆にミリアーノさんを紹介した。
「これから、マリークさんにはこの集積所の管理を、パルマスの店の経営はミリアーノさんにお願いしたいと思います。」
ルヴィの言葉に、ハウルが笑いながら言った。
「本格的に交易が始まったら、これでも人が全然足りないね。」
「そうですわね。」
アデルも頷く。
「この集積所にも、もっと物資が集まるでしょうし、パルマスの店でも取引が本格的に始まりますもの。」
ルヴィは皆を見回して、ゆっくり言った。
「今後は、マリークさんとミリアーノさんの裁量で、人を雇っていただこうと考えています。どうか、よろしくお願いします。」
ルヴィの人を見る眼は厳しい。
けれど、いったん信用した相手には、決して疑うようなことはしない。
マリークさんもミリアーノさんも、ルヴィの目にかなった人物なのだろう。
ミリアーノさんのことは、お母様もきっと喜ぶだろう。パルマスの街から彼が姿を消したとき、随分と心配していたのだから。
ミリアーノさんは、もともとパルマスの商人たちの間でも人気のある人だった。
スタンレーさんやルヴィは知らないかもしれないが、彼に店を任せることは、私たちの未来にきっと良い影響をもたらすに違いない、そんな気がしていた。
私たちがスタンレーさんのもとに行っている間、ギーヴとイヴァは海を見に行っていたらしい。
ギーヴは、初めて見る海に大いに感動していた。集まって話を終えた後、ギーヴは私のもとに来て、海について矢継ぎ早に質問してきた。
ひとつひとつ丁寧に答えていったが、ギーヴの好奇心は尽きることがなかった。
ギーヴは、今、まさに人間として成長している。
私たちは、彼を誤った方向へ導かぬよう、慎重に、温かく見守っていかなければならない。そう強く思った。
その日の夕方、私たちはギズモグロウブを後にして、パルマスの街へ戻った。
リッキとライズの体を拭きながら、私はルヴィに話しかけた。
「ルヴィのもとには、素晴らしい人材が集まってきますわね。」
ルヴィは笑いながら答えた。
「私のもと、ではありません。私たちのもとに、ですよ。私一人では、これだけの人たちを集めることはできなかったと思います。」
「ルヴィは、交易が上手くいったら、どうなさるのですか?」
少しの間考えてから、ルヴィは答えた。
「先のことは分かりませんが、もし経済的な基盤ができたなら、各地を旅してみたいですね。その前に、ジュノたちと海底ダンジョンの攻略が待っていますが。」
「そうでしたわね。私も、ルヴィと一緒に旅に出ても足手まといにならないように、魔法の勉強を頑張らなければ...。」
私がそう言うと、ルヴィは優しく微笑んだ。
「アデルの魔法の習得の速さには、私も驚いています。でも、無理はしないでくださいね。アデルのペースで、ゆっくり進めばいいんですよ。」
「ありがとう、ルヴィ。こうして、二人で話すのは久しぶりですね。」
「そうですね。お互い忙しくなりましたし、何より...友人がたくさん増えましたから。」
ルヴィの言葉に、私はそっと笑った。
「私は、あなたがリルと私を救ってくださったとき、私の新しい世界が始まるのだと、そう感じました。これから、どんな未来が待っているのか...楽しみですわ。」
ルヴィは、穏やかな笑顔で私を見つめ返してくれた。




