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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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祝福の森の同盟

ギーヴがこの屋敷に来て、もう二ヵ月が経った。

街は秋の色に染まり、ひんやりとした風が吹き抜ける季節となった。澄み渡った空気の中、色とりどりに染まった森や草原の姿は一層鮮やかに映えている。

森の木々は、夏の力強い緑から静かに姿を変え、黄金色に輝く草原が遠くまで広がっていた。


最初のころは、ルヴィが念話という魔法でギーヴに人間の言葉を教えていた。

二週間ほどで簡単な会話ができるようになり、今では、問題なくやり取りできるまでに成長している。


ギーヴは朝の修練にも参加するようになり、武器を使った戦い方を学んでいる。

ギーヴには、身のこなしを邪魔しないようにと、短剣を二振り与えた。

もともと高い身体能力を持つギーヴにとって、武器を使わずとも十分戦えるが、新しいことを学ぶのが楽しいらしく、毎朝張り切って訓練に励んでいる。


母であるイヴァの怪我もすっかり良くなり、今では広い庭を元気に駆け回る姿が見られる。

ギーヴとイヴァは、最初は客間で静養していたが、今では一階に部屋を与えられ、仲良く一緒に暮らしていた。



交易の商品を扱うために購入した店舗の改修も、ようやく終わった。新たに雇った者たちに、アデルとハウルが仕事を教えているところだ。


今はまだ、ハウルの家で作った鉄製品だけが、店の棚に寂しく並んでいる。

ギズモグロウブの物資集積所でも新たに人を雇ったらしく、ソニアの兄弟たちと一緒に仕事を覚えていると聞いた。


私自身も、王都での暮らしを離れ、この街の生活にだんだんと馴染んできた。

こうして友人たちと共同生活を送るのは、幼年学校の寮での日々を思い出させる。


レオンやロザーナは、今頃どうしているだろうか。ペルセトフたちは元気にしているだろうか。

あの後、スピネルやクリスタは無事過ごせているだろうか??


父や祖父、母、ガリー、パーシーは変わりないだろうか。


王都をあんな形で離れてきた以上、実家に迷惑がかかっていないはずはない。

けれど、そうした過去の出来事が、まるで別の世界の話のように思えるほど、ここでの暮らしは心地よかった。



今日は、ギーヴ、ルヴィ、そして私の三人で祝福の森へ行く予定だ。

ギーヴがグレートウルフの兄弟たちと話をするらしい。私たちはただの付き添いで、詳しい話の内容は分からない。


リビングでくつろいでいると、ルヴィとギーヴが二階から降りてきた。


「それでは、出かけましょうか。」

「ルヴィ、ランス、いつもありがとう。」


私が声をかけると、ギーヴが丁寧にお礼を言った。



三人で街に出て、北東の門を目指して歩く。北東か北西の門を出ると、すぐに祝福の森に入れる。


ギーヴと初めて会ったのも、北東の門を出て少し歩いた場所だった。あの日から、ギーヴは何度もここでグレートウルフの兄弟たちと会っている。

今日もきっと、近況を伝え合うのだろう。


北東の門を抜け、しばらく歩くと、ギーヴと出会った場所にたどり着いた。


森の一部は、倒木と焼けた木々で開けた空間になっている。その端に、大きな石があった。

石の上には、一頭のグレートウルフが座っていた。ギーヴから「ガル」という名だと聞いたことがある。


よく見ると、同じグレートウルフでも、それぞれ顔立ちや体つき、声に違いがある。ギーヴに会いに来るのは、いつもこのガルだった。

けれど、今日はガルのほかに、石の下に三頭のグレートウルフが座っていた。


その中の一頭は、見た目で雌だと分かった。イヴァのように、鼻が小さく、目元がすっきりしている。

ガルと、もう二頭のグレートウルフは、鼻がしっかりしていて、目元もたくましい。


ギーヴは、石の下にいる三頭を紹介してくれた。


イギィ、ツィギィ、そしてギリィ。

みな、イヴァの最後の子どもたちだという。雌のグレートウルフは、ツィギィというらしい。


ギーヴとガルが話を始めるようだったので、私たちは大きな石の反対側にある倒木の上に腰を下ろし、皆の様子を見守ることにした。


何を話しているのだろう。主にギーヴとガルが言葉を交わしているようだ。

ギーヴによれば、ガルは祝福の森に暮らすグレートウルフたちをまとめる、王のような存在らしい。


ふと、祝福の森にはグレートウルフが何頭くらいいるのだろうと気になってギーヴに尋ねたことがあった。

そのとき、ギーヴは「たくさん。」とだけ答えた。

すかさずリルが「そんなのわたしだって知ってるわよ。」と言い、大笑いになったのを思い出す。


「今日は、いつものようにすんなり話が終わるわけではなさそうですね。」


ルヴィの声に我に返った。確かに、ただならぬ空気が伝わってくる。

特に、ギリィと紹介されたグレートウルフは、初めから機嫌が良さそうには見えなかった。ギーヴに対して何か思うところがあるのだろうか。


そのギリィが、大きな声で吠えた。


私とルヴィは、ギーヴのそばまで歩み寄った。ルヴィがギーヴに、状況を説明してほしいと頼む。


「それが...『母が元気になったなら、森に返すべきだろう』と、みんなが言っているんだ。」

イヴァの骨折はすでに完治している。森へ戻っても問題はないだろう。


「ギーヴは、みんなに何と答えたのですか?」

「母のことは母に聞いてみないと分からないって答えた。でも、それでオイラが母を独り占めしているって怒ってる。」


ギーヴの声は、少し寂しそうだった。


「そうでしたか...。そういえば、今日はイヴァを朝食のあと見かけませんでしたが、どこへ?」

ルヴィが改めて尋ねると、ギーヴは答えた。


「朝食のあと、アンフィのところへ行った。」

「なるほど...。では、明日イヴァと一緒に来ると伝えてみては?」


ルヴィが提案すると、ギーヴは低く唸った。その瞬間、ギリィが怒りを爆発させたように吠えた。


私が身構えると、すぐにガルが間に入って吠え返す。

ギーヴが、状況を説明してくれた。


「ギリィが『今すぐ連れてこないなら、オイラを襲って母を連れ戻しに街に入る』って言った。それをガルが止めた。」

「ガルは賢明ですね。」



次の瞬間、ギリィが飛びかかった。ギーヴを狙っている。

私はとっさにギリィの横腹に体当たりをした。ギリィは私より二回りも大きかったが、なんとか押し返すことができた。

ギリィは横に跳ねて態勢を立て直す。


そこへ、ガルも飛び出し、ギリィの前に立ちはだかった。


「ガルが言っている。『オレたちでは、あの人間には勝てない』って...。ランス、そんなに強いのか?」


ギーヴが驚いたように尋ねる。

私は思わず目を見開いた。


「ガルが、そう言っているのですか?私はグレートウルフと戦ったことがありませんし、ましてや群れの王に勝てるとは思いませんが...。」


けれど、ギリィの殺気は消えなかった。


私は静かに鞘ごと剣を抜き、ギリィに向かって構えた。ガルもギリィの前から一歩下がった。

ギリィは私を見つめながら、同時にギーヴにも視線を向ける。

隙がある。


ギリィが再び跳んだ。今度は真っすぐ私に向かって。左前脚の爪で私を裂こうとしている。

私は剣を両手で持ち、左から右へと薙ぎ払う。左前脚を打ち払いながら、ギリィが右前脚の爪を振り下ろしてきた。

それを剣の柄で受け止め、すかさず右足でギリィの腹を蹴った。なんとか跳ね返すことができた。


ギリィは転がりながらすぐに体勢を立て直そうとする。私は間髪入れずに飛びかかり、ギリィの背にしがみついた。剣と腕で、太い首を締め上げる。

ギリィは私を振り落とそうと必死に暴れた。だが、決して手を離さなかった。


そのとき、街のほうから唸り声が聞こえてきた。街のほうを振り返ると、イヴァに乗ったアンフィがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。


私はギリィから離れ、ギーヴの隣に立った。ギリィはうなだれている。

やがてイヴァが到着し、アンフィはイヴァの背から軽やかに降りると、私たちのところへ歩み寄ってきた。


「イヴァが連れて行けとうるさくてのう。ちょうど良いところに来たようじゃな。」


アンフィは、そう言って笑った。

イヴァは四頭のグレートウルフたちの中に入り、何かを伝えている様子だった。


ギーヴが、その内容を私たちに教えてくれた。

「母は、これからオイラと一緒に、ルヴィやランスたちと暮らしたいって言ってる。...それでいいのだろうか?」


「もちろんです。私たちは大歓迎ですよ。そのために、あなたたちの部屋を用意したのですから。」

ルヴィがすぐに応えると、ギーヴは安心したようにうなずいた。


「母は、街で暮らすオイラたちに干渉しないようにって伝えてる。それから、勝手にランスに戦いを挑んだギリィと、それを止められなかったガルに怒ってる。」


イヴァは王の座をガルに譲ったとはいえ、なお威厳に満ちた存在だった。

ギーヴがさらに続けた。


「母は、ルヴィとガルで話をして、ルヴィたちとグレートウルフの間で友好関係を結ぶようにって言ってる。」


すると、ガルが前に進み出た。ルヴィもガルの前に立ち、目を閉じて集中する。

どうやら、ふたりは念話で話し合っているようだった。


しばらくして、ガルたちは森へ帰っていった。

私たちも歩いて屋敷へ戻ることにした。



その夜、食事の前にルヴィがみんなを集めて話し始めた。


「今日、ギーヴの兄弟であるガルと話をしてきました。彼は、祝福の森に住むグレートウルフたちを率いる王でした。

 そして、ここに住む私たちの仲間と友好関係を結ぶことになりました。

 グレートウルフは、人間を襲うような種族ではありませんが、これから、なにか協力し合えることがあれば良いと考えています。」


すると、リルが声を上げた。


「もしかして、わたしたちの狩りを手伝ってくれたりするのかしら?」

「ハハハ、リルらしい発想だね。」


ハウルが笑いながら答えた。


「関係は今までと大きくは変わらないと思うよ。イヴァとギーヴがオレたちの仲間になったから、形式的にそうしただけだろう。」

「でも、祝福の森のグレートウルフと友好関係が築けたなんて、すごく心強いですわね。これも、イヴァとギーヴのおかげですわ。」


アデルも嬉しそうに言った。


リルやアデルの気持ちはよくわかる。

だが今は、ハウルの言う通り、形式的なものに過ぎないだろう。

けれど、これから少しずつ交流を深めていけば、新しい可能性が開けるかもしれない。



今、ルヴィやハウルは、交易の準備に奔走している。年が明ければ、一回目となる交易船が大陸へ向かう予定だ。私も、それに同行することになっている。


ルヴィは、自分の素性がはっきりしないこともあり、「時間を持て余している。」と冗談めかして言うことがある。

けれど、私には、ルヴィが着実に自分の立つ地盤を築いているように見えた。


皆とともに様々なことを学びながら、未来へ備えていけるのなら、それでいい。

ルヴィと一緒に交易を手伝うのも、きっと悪くない選択だろう。


明日は、特に予定もない。エクリプスと一緒に街の外を駆けるのも、いいかもしれない。


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