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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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新しい仲間

昨日、オイラは何もできなかった。

母にのしかかった木を動かすこともできず、そこにやってきた人間たちを追い払おうとしたが、母は人間たちに従うようにとオイラに言った。

だから、オイラはただ黙って見ていることしかできなかった。


何もできないまま、この住処へと連れてこられた。

母は後ろ脚を怪我してしまい、自由に走り回ることができない。


昨日、人間が不思議な力を使って倒木を持ち上げたとき、

そのすき間から出てきた母の後ろ脚は、変な方向にねじれていた。

人間が何かしようと近づいたので、オイラは止めさせようと声をあげた。けれど、母は何も言わず、人間たちにすべてを任せていた。


人間たちは、母の後ろ脚を元の形に戻し、木で作った変なものを脚にくっつけた。

これは人間たちの怪我の直し方なのだろうか?


そのあと、不思議な力を使った人間が、母にもまた別の力を使った。

何が起こったのか、オイラにはわからなかった。


住処に着くと、大きな水たまりのような場所に母と一緒に入れられた。

水はあたたかく、雨で冷えた体には心地よかった。水溜まりから出ると、柔らかい皮のようなものでを拭き取られ、それからこの場所に連れてこられた。


疲れていたオイラは、そのまま眠ってしまったらしい。



目を覚ますと、母はすでに起きていた。怪我した後ろ脚を気にしている様子だった。

オイラは、母に〈そのへんてこな木を取ろうか?〉と尋ねた。けれど、母は首を振って〈その必要はない。〉と答えた。


それから、母はこう言った。

〈ギーヴ、お前はこれからここで暮らすのだ。だから、人間たちと話ができるように、人間の言葉を覚えなさい。〉


オイラは、初めて人間を見たときから、どこか嫌な予感がしていた。オイラの体は、母たちグレートウルフよりも、人間に近い形をしていたからだ。

オイラは...人間なのだろうか。


そのことは、母にも言えなかった。もし母がそれを認めたら、オイラはもう、母と一緒にいられなくなる気がしたから。


けれど、今の母の言葉ですべてがわかった。オイラは人間なのだ。母とは違う種族なのだ。

いずれ、母はここを去り、オイラだけがこの場所に残されるのかもしれない。


以前、街を見に行ったとき、母は言っていた。

〈私たちの知らない世界に行く。そのときは、私も一緒に行く〉と。


この場所が、母の言っていた知らない世界なのだろうか。

母は、本当に、ずっと一緒にいてくれるのだろうか。


次々に疑問が湧いてくる。

少しずつ...母に聞いていこう。



昨日、不思議な力を使った人間と、強い威圧感を放っていた人間がやってきた。たしか、ルヴィとランスと呼ばれていた。


ルヴィと呼ばれる人間は、オイラの前に座ると、静かに集中して不思議な力を使おうとしていた。

すると、頭の中に声が響いてきた。


《私はルヴィと言います。一緒にいる彼はランスと言います。あなたのお名前を教えていただけますか?》


突然のことで、オイラはびっくりしてしまった。けれど、落ち着いて答えることにした。


《オイラはギーヴ。ここにいるグレートウルフの王であり、偉大なる母イヴァの子だ。》


《ギーヴ、君の母は見た目以上に重い傷を負っている。完全に治るには、一ノ月の色が二度変わるほどの時が必要だろう。

 その間、私たちが面倒を見るが...ギーヴ君はどうする?》


《オイラは、母にここで暮らすように言われた。母の言葉は絶対だ。でも、オイラは本当にここで暮らせるのか?》

《ギーヴ君は、私たちと同じ人間のようだ。もし君がここで暮らしたいのなら、私たちは歓迎しよう。それに、人間の言葉を学んでみないか?》

《母にも、人間の言葉を覚えろと言われた。教えてくれるなら、オイラは学びたい。》


《では、私が君に教えましょう。...まずは、食事にしましょう。私たちと一緒に食べる?それともこちらで?》

《母と一緒に食べたい。食事は、生肉なら何でもいい。》

《わかりました。すぐに用意します。》


そう言って、ルヴィとランスは去っていった。



オイラは、今の話の内容を母に伝えた。

母は《よかった。》と優しく言ってくれた。


それから母は、こう続けた。

《近いうちに、群れへ戻り、私たちの状況をガルたちに伝えなさい》と。


長く行方不明になっていれば、きっとみんなも心配しているだろう。オイラは、それをルヴィに相談してみることにした。


やがて、食事が運ばれてきた。ルヴィとランスが持ってきてくれた。

ルヴィに話しかけようとすると、また頭の中に声が響いた。


《何か困ったことでもありましたか?》

《今日か明日、群れに戻って、オイラと母のことを伝えたい。この街から出ることはできるだろうか?》

《わかりました。では、明日の朝にしましょう。昨日災難にあった場所まで、私とランスが付き添います。》


ルヴィはあっさりと引き受けてくれた。



食事は、今まで見たこともないものばかりだった。

最初はためらったけれど、母に促されて食べてみると、どれもこれも味わったことのない美味しいものだった。


食事を終えて、のんびりしていると、ルヴィがまたやってきた。

そして、この屋敷に住むみんなを紹介してくれた。


アンフィと紹介された人物が、母の前に座り、ルヴィと同じようにしている。母と、何か話しているのだろうか?


母は楽しそうだった。母は、このアンフィという人を気に入ったのかもしれない。

長い間、母とアンフィは静かに語り合っていたようだった。


アンフィが去ったあと、母は教えてくれた。あの者は人間ではなく、エルフという種族なのだと。


エルフは、人間よりもはるかに長い時間、この世界に生きる存在だという。オイラには、よくわからなかった。

けれど、母がアンフィのことを気に入ったことだけは、オイラにもわかった。



翌日、ルヴィとランスに連れられ、街の外へ出た。

街の中は何かと騒がしかったけれど、森に入ると、その静けさに心が落ち着いた。


ルヴィとランスは、ここでオイラを待っていてくれるという。オイラは急いで、群れのいる場所へ向かった。


群れの集まっている場所に着くと、ガル、イギィ、ツィギィ、そしてギリィがオイラを待っていてくれた。


これまでの経緯をみんなに話すと、ガルが人間に捕まったわけではないのだなと、念を押すように確認してきた。

オイラは、捕まったのではなく、母の指示で自らついていったのだと、改めて説明した。


人間の話では、月が二度色を変えるまで、母の怪我は治らないらしい。

その間、オイラも人間の住処で暮らすことになった、と告げると、ギリィは納得いかない顔をした。

けれど、ガルが頷くと、不承不承ながらギリィも納得してくれた。


他の兄弟たちへの説明は、ガルがしてくれることになった。時々、街の近くで合図をするので、様子を聞かせてほしいとガルに頼まれた。


話がまとまると、オイラはその場をあとにし、急いでルヴィとランスの待つ街外れへと戻った。


母の元に戻ると、群れと兄弟たちの様子を伝えた。母は満足そうにうなずいてくれた。


その日から、オイラの人間の言葉の学習が始まった。

人間の言葉は複雑で難しかったけれど、ルヴィが丁寧に少しずつ教えてくれたおかげで、数日でみんなと簡単な会話ができるようになった。


それから、オイラが落雷のとき助けたかった大カラスの雛を、ルヴィが保護してくれていることも知った。

残念ながら、一羽は見つけたときにはもう命を落としていたらしい。けれど、二羽は元気に育っていて、ふわふわの体毛も生えそろっていた。


このことを知って、オイラはルヴィのことがますます好きになった。


ルヴィは、人間の言葉だけでなく、生活のこと、街のこと、島のこと、大陸のことまで教えてくれた。

オイラたちが暮らしているこの場所は、小さな島で、西にはもっと大きな大陸があるという。

オイラには、まだよくわからなかった。


けれど、ルヴィは、いつか他の街や大陸にも連れて行く、と言ってくれた。

この話を母にすると、母は心から喜び、ルヴィに感謝するようにとオイラに言った。


時々、街の外からガルの遠吠えが聞こえてきた。返事をしようとすると、母に止められた。


人間たちは、グレートウルフを理解しようとせず、ただ恐れるだけの者も多いのだ。と母は言った。


だから、遠吠えが聞こえたときは、ルヴィやランスに街を案内してもらい、街外れの森でガルたちと落ち合った。ガルとは互いに近況を伝え合った。

とくにガルが心配しているのは、オイラの健康と、母の怪我のことだった。



人間たちと暮らしていると、グレートウルフとは違うことがたくさんあると気づいた。

この住処は『屋敷』と呼ばれるらしい。

前足ではなく腕と手、雄雌ではなく男女と呼ぶ。二足歩行も、人間たちの自然な歩き方を学んだ。


そして、毎朝ランスを中心に戦闘訓練が行われていることを知った。オイラも、次の日から訓練に参加することになった。


人間たちは器用な手で武器というものを持って戦う。ランスはオイラに、動きの邪魔にならないよう小さな剣を二つ持たせてくれた。

訓練では木でできた剣を使い、本当に戦わねばならない時だけ本物の剣を使うのだという。


ランスは、とんでもなく強かった。

オイラは兄弟たちの中では落ちこぼれだったけれど、最近ではイギィやツィギィ、ギリィたちとは互角に戦えるようになっていた。

少しは強くなったと思っていた。


けれど、ランスが剣を構えた瞬間、オイラはまるで何もできなかった。

いろいろな方法で襲いかかってみても、簡単に交わされ、そして木の剣で叩かれてしまう。


「これが本物の剣だったら、ギーヴは死んでいますよ。」


ランスには、何度もそう言われた。


ガルとランス、どちらが強いのだろうか...そんなことを、オイラはつい考えてしまった。


母は、たびたびアンフィと話をしているようだった。

母は、アンフィから聞いた人間たちの習慣を、オイラにも教えてくれた。


そんなある日、ルヴィとランスが母のもとにやってきた。

母の怪我した左後ろ脚に取り付けてあった木の添え木を、外すのだという。


ランスは丁寧に添え木を外してから、オイラに言った。


「まだ完全に治ったわけではないから、無理をさせないように。母上に伝えてくれ。」

「分かった。」


オイラはしっかりと答えた。すると今度は、ルヴィが「二人とも、ついてきてください。」と声をかけてきた。

案内されるまま、オイラと母はルヴィの後についていった。


すると、ルヴィは言った。


この屋敷に住む者として、オイラと母のために部屋を用意してくれたのだという。けれど、オイラにはその部屋の使い方がまったく分からなかった。


「使い方は少しずつ教えます。この部屋で生活してください。」

ルヴィは優しくそう言ってくれた。


人間の生活を覚えていくこと――

オイラには、それがとても楽しく思えてきていた。


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