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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
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ヴァレノ村

馬車はパルマスの街を出て、なだらかな街道を駆けていた。左右には広々とした草原が広がり、心地よい風が頬を撫でる。

左手の先には、緑をたたえた祝福の森の姿が見えていた。


車内からリルが声をかけてきた。

「ルヴィは、ただ知識が豊富なだけじゃなく、馬車も操れるのね!」


「本当に素晴らしいですわ。」

アデルも感心したように相槌を打つ。


ハウルは少し不思議そうな顔をしながら、前を見つめて言った。


「ルヴィは不思議なやつだよなぁ。今度、オレにも教えてくれないか?」

「わたしが最初に魔法を教えてもらうんだから!」


と、リルがすかさず割り込んできた。


その様子にアデルはくすりと笑いながら、落ち着いた口調で提案する。


「みんなが一人ずつ教わるのでは、ルヴィが大変でしょうから、皆で一緒に教えていただくのはどうかしら?」


「うん、それはいい考えだ。魔法も知識も馬車の扱い方も、皆一緒に教えてもらえばルヴィも助かるだろうし、皆も成長できる。」


ハウルはすぐに同意してくれたが、リルだけは少しだけ不満そうな顔をしていた。


いつの間にか『教えること』が既成事実のように語られていることに少しだけ戸惑いを覚えつつも、それを否定する気にはなれなかった。

知識を共有し、共に学び、共に成長する...それは、きっと素敵なことだと思えたからだ。


そんなふうに考えていると、ハウルが前方を指差して声をかけてきた。


「もう少し進むと、左に閑道がある。その道に入ってくれないか。街道より狭いけど、馬車も通れる道だ。ただ、街道ほど整備されていないから気をつけてね。」


しばらく進むと、ハウルの言った通り、街道から左へと分かれる細い道が見えてきた。

私は馬車の速度を落とし、慎重に閑道へと入っていく。道は少し狭いが、馬車でも問題なく進めそうだ。

やがて、ハウルが前方を指差し、声を上げた。


「あれが、オレの村だ!村に入ったら真っすぐ進んで、中央広場で左に曲がってくれ。」


「わかりました。このままゆっくり進みましょう。まだ日も中天に達していないですし。」


私の言葉に、ハウルは目を見張って驚いたように言った。

「そうか...まだ昼前か。歩いていれば到着するのは日が沈むころだよ。馬車って本当にすごいなぁ。」


その言葉に続けて、リルが馬車の前方を見ながら、優しい声で呼びかけた。


「リッキ、ライズが頑張ってくれたのよね。ありがとうね、リッキもライズもお疲れさま。」


アデルも、穏やかに微笑んで言った。

「そうですね。あとでたっぷり労わってあげないといけませんわね。」


中央広場を左に曲がり、しばらく進むと、村の外れへと出た。道は次第に細くなり、やがて途切れ、馬車は草原へと入っていく。

すると、ハウルが右手にある森の方を指差して声を上げた。


「あそこが、オレの家だ。」


視線の先には、煉瓦の煙突から細く煙が立ちのぼる建物が見えた。どうやら鍛冶場のようだ。その隣には、こぢんまりとした主屋も建っている。

馬車をそちらに向けて進めると、ハウルは馬車から飛び降り、自宅へと走っていった。


鍛冶場の前までたどり着くと、私は馬車を止め、アデルとリルを先に降ろした。

リッキとライズの馬具を外そうとすると、リルが先に駆け寄り、優しく二頭の首筋を撫でながら声をかけた。


「ありがとう、リッキ、ライズ。お疲れさま。」


アデルもにこやかに声をかける。

「リッキ、ライズ、お疲れさまでした。」


アデルがリルに向かって微笑みながら言う。


「リル、ルヴィの邪魔になってしまいますよ。」

リルは少し慌てながらアデルのもとへ移動した。


私はその間に、リッキとライズの馬具を外し、草原へと導いた。手を伸ばして鼻筋をそっと撫でながら声をかける。

「ここはいい草原だ。好きなだけ食べていいよ。」


するとそのとき、ハウルが水の入ったバケツと、二つのタライを抱えて戻ってきた。


彼は手際よく二頭の前にタライを置き、バケツからたっぷりと水を注いでくれた。


「ありがとう、ハウル。」


私がそう伝えると、ライズがブルルルルと鼻を鳴らした。まるでお礼を言っているかのようだった。


「三人とも、オレの家まで来てくれてありがとう。中に入ってくれ。」


私はリッキとライズに向き直り、やさしく言葉を添えた。

「あまり遠くに行かないでくださいね。」


そして、アデル、リルとともに、ハウルのあとに続いて家の中へと入った。


主屋に入ると、優しげな雰囲気の女性と、少し緊張した面持ちの若い女性が私たちを迎えてくれた。


「こっちがオレの母さんのレベッカ。こっちはオレの妹のイレーナだ。」


ハウルが紹介してくれる。


「あなたがルヴィさんですね。それから、そちらのお嬢さん方がアデルさんとリルさん。先ほど、簡単にですがハウルからお話を聞きました。

 ハウルがいろいろとお世話になったようで、ありがとうございます。私はハウルの母、レベッカ・シュルーダーと申します。」


「お兄様がお世話になりました。私のことはレナとお呼びください。」

イレーナが、はにかむように名乗った。


アデルは控えめに頭を下げながら、丁寧に言葉を返す。


「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。私たちのほうこそ、ハウルにお世話になっております。今日は大勢で押しかけてしまって申し訳ありません。」


私も一礼しながら口を開く。


「私たちは、ハウルのお父様とお兄様にお願いがあって伺いました。」


それを聞いたレベッカは、穏やかに微笑んで頷いた。

「話は聞きました。もうすぐ主人たちが参りますので、少しだけお待ちくださいね。」


するとハウルが、妹のレナに言い聞かせるように言った。

「リルはレナと同じ年なんだよ。仲良くするんだぞ。」


「では、私は昼食の準備をしますので、あとはハウルとレナに任せるわね。」


そう言って下がろうとするレベッカに、私は思わず「どうぞお構いなく」と声をかけた。だが彼女は、やわらかな笑みを崩さずに言った。


「ハウルがこんなに素敵なお客様を連れてきたのですから、私は嬉しいんです。ですので、好きにさせてくださいね、ルヴィさん。」


その言葉には、まっすぐな温かさがあった。私は思わず何も言い返せなくなってしまった。


そんな私の代わりに、リルが明るく声を上げた。

「それでは、お言葉に甘えてお世話になります。」


そう言うと、リルはすぐにレナのそばへ歩み寄り、にこにこと話しかけた。


「レナって、とっても綺麗ね。お姉さまも綺麗だけど、レナはすっきりとした顔立ちに赤毛がとても似合っているわ。

 それに、まっすぐ通った鼻筋と大きな瞳が知的でとっても素敵。きっとレナは、お姉様に次いで、世界で二番目に美しいんじゃないかしら。」


リルのストレートな褒め言葉に、レナは顔を赤くしてうつむきながら、それでもなんとか声を返した。


「そ、そんなことはないわ。リルちゃんだって、かわいい笑顔と赤茶色の髪がそのお洋服にすごく似合っていて、とても素敵で羨ましいわ。」


リルはレナを気に入ったようで、その美しさを素直に絶賛していた。


確かにリルの言う通り、レナはすらりとした細身の体に、整った顔立ちをしていた。

アデルの、やや丸顔で優しさに満ちた美しさとはまた違った印象だ。そしてリル自身も、アデルに似た輪郭を持ちながら、元気で健康的な魅力にあふれている。

そんな三人の異なる美しさに思わず見惚れていると、不意に豪快な声が響いてきた。


「おう、ハウルがお客さんを連れてきたんだってな。君たちがそうか?」


声の方を向くと、二人の男性が部屋に入ってきた。


先ほどまで華やかだった室内の空気が、男性二人の登場によってがらりと変わった


「ルヴィ、こっちがオレの父さんのデニス。そして、兄のモリッツだ。」

ハウルが二人を紹介する。


「はじめまして、私はルートヴィヒと申します。ルヴィとお呼びください。こちらは友人のアデルとアヴリルです。

 ハウルにはいろいろとお世話になりまして、今回はお二人にお願いがあり、ハウルに無理を言って同行させていただきました。

 突然、大勢でお邪魔してしまい、失礼をお許しください。」


私の丁寧な挨拶に、デニスは豪快に笑い声を上げた。

「ハハハハハ、そんなに堅苦しくすることはない、ルヴィ殿。むしろ、ハウルの方がお世話になっているのではないのかな?」


「そうなんだよ、父さん。ルヴィは、父さんとモリッツの商品は質が良いって褒めてくれたんだ。

 アデルとリルのお母さんには、たくさん品物を買ってもらって、しかもお礼までいただいちゃったんだよ。」


ハウルが興奮気味に話すのを聞きながら、デニスとモリッツの顔にも自然と笑みが広がる。


「ハウル、お前にとって素晴らしい出会いがあったようだな。この出会いを大切にするんだぞ。われわれにできることがあれば、何でも協力してやろう。」


デニスの言葉に、ハウルは目を輝かせながら頭を下げ、これまでの経緯を説明し始めた。


話を聞き終えたデニスはうなずいたが、その表情はやや曇り、低く呟いた。


「そうか、剣を二振り作るのか...しかし鉄がなぁ。」


横で聞いていたモリッツが、少し険しい顔で補足する。


「そうですね。ここ数年、鉄鉱石も砂鉄も価格が高騰していて、最近ではこの島に入ってくることもほとんどないんです。」


「なるほど、そういった事情があるのですか...。」

私は状況を飲み込みながら、静かにうなずいた。


「すまない、ルヴィ。ここまで来てもらって、オレがしっかり状況を把握していれば、無駄足を踏ませずに済んだのに...。」


ハウルが悔しげに眉を下げて頭を下げると、リルがぷくっと頬を膨らませて声を上げた。


「もう!ハウル、しっかりしてよね。」


ふと気づくと、アデルの姿が見当たらなかった。私は軽く周囲に目をやりながら、すぐに気持ちを切り替えて、話の続きを口にした。


「無駄足などということはありませんよ。ハウルのご両親にもお会いできましたし、お兄さんや妹さんにも会えました。

 それだけでも、私にとっては価値のあることです。それに...良質な鉄鉱石や砂鉄が手に入れば良いのですよね?」


すると、リルが目を丸くして尋ねてきた。

「ルヴィは、鉄鉱石のある場所まで知ってるの?」


「知っていると言えば知っていますが、この近くというわけではありません。ただ...座して待つより、良い方法があるかもしれないと思ったのです。」


「それは興味あるな。オレにも教えてくれよ。」

ハウルが身を乗り出すようにして言う。


私は一呼吸置いてから、静かに説明を始めた。


「このデネリフェ島から南東に向かい、北の中海を渡って大陸に入り、少し内陸へ進んだところにエラムウィンドという街があります。

 鉄の街と呼ばれていて、良質な鉄鉱石の産地として知られています。」


デニスとモリッツも、顔を上げて私の話に耳を傾ける。


「片道におそらく二十日ほどはかかるでしょう。けれど、幸いなことに私には時間があります。私が直接、鉄鉱石を求めに行くのも悪くないと思ったのです。」


デニスの表情がふと変わり、真剣な口調で静かに話し始めた。


「鉄の街か...あそこは鉄鉱石も砂鉄も取れるし、何より質がいい。ルヴィ殿が行くのであれば...ハウルも連れて行ってもらえまいか?」


その提案に、ハウルは驚いたように目を見開いた。

「父さん、本当にオレも行っていいの?」


「もちろんだ。ただし、ルヴィ殿の許可があればだが...。」


そう言って、デニスは私の方へ視線を向けた。

だが、私の答えはすでに決まっていた。


「もちろんだよ、ハウル。君がいてくれると心強い。それに、残っている品物も大陸なら良い値で売れるはずだ。鉄鉱石や砂鉄に関しては、君の方が目が利くだろうからね。」


ハウルは苦笑しながらも、どこか嬉しそうな顔で首を振った。

「それは信じ難いな。ルヴィを上回る知識なんて、オレが持っているはずがないよ。」


そのやり取りに割って入るように、リルが勢いよく声を上げた。


「それで、当然わたしたちも連れて行ってくれるのよね?」


私はすぐに返した。

「リルとアデルは、マリアさんの許可をいただかないと連れて行くことはできませんよ。」


「それじゃ、急いで街に戻りましょ!」


そのとき、タイミングよく扉が開き、レベッカが部屋へ入ってきた。


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