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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第四章
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イヴァとギーヴ

昨夜は、黄色い月が昇り、あたり一面、本格的な秋の気配に包まれていた。

今日は朝から曇り空で、恐らく雨になるだろうと思う。


朝の修練を終えると、わたしたちは屋敷のお風呂で汗を流し、それぞれの部屋へ戻った。

わたしは自室で髪をとかしていた。

わたしの髪をお姉様が、お姉様の髪をわたしがとかす、そんな時間が、いつもの習慣になっている。時々、レナの部屋に行って、レナとも髪をとかし合うこともある。


ルヴィたちもお風呂を使えばいいのに、男の子たちは皆、外で水浴びをしていた。

そろそろ、外での水浴びはつらい季節になってきたのではないだろうか。


わたしは、剣の修練と魔法の学習で忙しい日々を送っている。

ハウルのお父様に作っていただいた細身の剣は、とても使いやすい。けれど、思い通りに使いこなせるようになるには、まだまだ修練が必要だと感じている。


組み打ちでは、ルヴィやハウルに相手をしてもらう。ソニアやお姉様では、力の差がありすぎて修練にならない。

レナに至っては、まだ初心者の域を出ていない。


ランスの指導はとてもわかりやすく、わたしの動きの悪いところを余すところなく指摘してくれる。

その無駄な動きが自分でもわかるのに、体が思うように動いてくれないのがもどかしい。


ランスには「毎日一つずつ意識して直していけばいい。」と言われている。

でもわたしは、ついつい欲張ってあれもこれも直そうとしてしまい、結局どれもうまくいかないことが多い。


「今日は雨になりそうですから、早めに買い物に行きましょう。」

お姉様に声をかけられ、わたしはルヴィとハウルを誘って買い物に出かけた。


買い物を終えた帰り道、ポツポツと雨が降り出した。

急いで屋敷に戻り、買ってきたものを整理していると、玄関が、大きな音を立てて開いた。


雨の中、道具屋に行っていたソニアが帰ってきて、玄関で慌ただしく騒いでいた。


「みんな!街の外、祝福の森の外れにグレートウルフがいるんだって!雷で倒れた木に挟まれて、動けなくなってるみたい!」


「道具屋さんで聞いてきたの?」

レナが尋ねると、ソニアは頷きながら続けた。


「うん。雨の中、雷の被害を確認しに行った人たちが見つけたんだって...。」

「グレートウルフとなると危険が伴いますね。簡単に助け出すわけにもいかないでしょうし、私たちも協力しに行きましょうか。」


ランスが言うと、ルヴィもすぐに頷いた。


「そうですね。何かお手伝いできることがあるかもしれません。急いで向かいましょう。」


そう言うなり、ルヴィとランスとソニアは玄関から飛び出していった。

わたしもハウルと一緒に後を追った。


ランスはエクリプスに乗り、ソニアを抱え上げる。ルヴィはリッキにまたがり、わたしとハウルはライズに乗って通りへと駆け出した。


祝福の森に近い北西と北東には、それぞれ小さな門がある。

ランスはソニアの指示に従って、エクリプスを北東の門へと走らせていた。わたしたちもその後を追う。


門を抜けると、すぐに森が広がっていた。遠くに、森の木々が燃えている場所が見えた。

わたしたちはそちらへ向かう。


火のまわりでは、大人たちが数人、遠巻きに様子をうかがっていた。わたしたちは馬を降り、慎重に近づいた。


「あそこに誰かいる...でも...人間だよね?」


ソニアが指さした。

ここからでは、倒木のあたりに何かが動いている程度にしか見えなかったけれど、目の良いソニアにははっきり見えたのだろう。

ただ、ソニアには少し天然なところがあるから、きっと何かと見間違えているに違いない。


雨は小雨になっていて、これから落雷の心配はなさそうだった。


ランスとルヴィが、倒木のほうへと歩き出す。

すると、周りにいた大人たちから声がかかった。


「危ないから、下がってなさい!」


けれど、ルヴィは落ち着いた声で答えた。

「私たちにも、お手伝いできることがあると思います。危ないと判断したら、すぐに下がりますので、どうか少しだけ手伝わせてください。」


大人たちは顔を見合わせ、「無理はするなよ。」と言って、わたしたちを送り出してくれた。


倒木に近づくと、確かに誰かが倒木を押しているのが見えた。そのとき、押していた人影がこちらを鋭く睨んできた。


咄嗟に、ルヴィが大きな声で話しかけた。

「私たちは手伝いに来たのです!グレートウルフを助けたいのです!どうか、手伝わせてください!」


すると、人影は低く唸り出した。

人間ではないのかもしれない。


ランスが数歩前に出る。その姿に、人影の唸り声はぴたりと止まった。


「もう大丈夫でしょう。グレートウルフを助け出しましょう。」


ランスがそう言うと、ルヴィとハウルは倒木に向かって歩き出し、わたしとソニアもそれに続いた。


近づいてみると、人影は少年だった。体には毛皮を巻き付けている。言葉は通じない。遠い国から来たのだろうか。


グレートウルフの後ろ脚が、倒れた木に挟まっていた。

その体はとても大きく、熊よりも大きいように見える。


「魔法で倒木を持ち上げます。その間に、後ろ脚を引っ張り出してください。」


ルヴィがそう指示すると、倒木が魔法で少しずつ浮き始めた。

その隙に、ハウルが力いっぱいグレートウルフの足を引き出す。


足が抜けたのを確認して、ルヴィは倒木をゆっくり元の場所に戻した。


けれど、グレートウルフの後ろ脚は、不自然な角度に曲がっていた。きっと骨が折れているのだろう。


「みんな、グレートウルフの体を押さえてくれないか?足の骨を戻したい。」


ランスの声に、わたしたちはすぐにグレートウルフの体を押さえた。

少年はまた唸り声をあげていたけれど、ランスの圧におされて、手も足も出せずにいるだけだった。


ランスはグレートウルフの後ろ脚を持ち上げ、慎重に引っ張りながら、元の形に戻した。

それから倒木を切り出して添え木を作り、骨折した脚に添え、ツタでしっかりと縛り上げた。


今度はルヴィが、骨折した足に魔法をかけている。


「完治させることはできませんが、痛みを和らげて、回復を促すくらいはできます。これで、自然に治るのを待ちましょう。

 ただ、完治するまでここに置いておくわけにもいきませんし...私たちの屋敷で保護しましょうか。この少年のことも気になりますからね。」


「わたしたち、食べられたりしないかしら?」

冗談まじりにそう言うと、ハウルが真面目な顔で返してきた。


「グレートウルフは賢い種族だから、むやみに人を襲ったりしないよ。リルは口が悪いから分からないけど。」

「なによ、それって口の悪い人は食べられるってこと?そもそも、言葉が通じるのかしら?」

「賢い種族だって言ったでしょ。ハハハハハ!」


そんな軽口を叩き合っていると、ルヴィが何かに気づいたのか、別の倒木の根元に歩いていった。


「こちらにも保護が必要なものがいました。...鳥の雛ですが、なんの雛でしょうね?」

「まあ、雨もだいぶ落ち着いてきましたし、今のうちに帰りましょうか。」


わたしたちは近くにいた大人たちに、屋敷へ連れて帰ることの了解を取りつけると、みんなで帰途についた。


グレートウルフは、大人しく骨折した脚をかばいながらついてくる。その後ろを、毛皮をまとった謎の少年が、とぼとぼとついてきた。


屋敷に戻ると、まずグレートウルフと少年をお風呂に入れ、冷えた体を温めてやった。

それからタオルで丁寧に拭き、客間に布団を敷いて休ませた。二人はすぐに横になり、静かに眠りについた。



翌朝。


いつものように朝の修練を終え、わたしはお姉様と一緒に朝食の用意をしていた。そこへルヴィが、自室から降りてきた。


昨日、ルヴィとランスが連れてきたグレートウルフと少年。少年はまだ唸るだけで、人間の言葉を話さない。


「ルヴィ、あの大きな狼さんと小さな子、何を食べるのかしら?生肉なら少しはあるけど、量はそんなにないわよ。」

わたしが尋ねると、ルヴィは少し考えてから答えた。


「ランスが降りてきたら、試したいことがあるんです。上手くいけば、言葉が通じるかもしれません。」

「ルヴィでも、狼さんは怖いのね。」

「リル!」


わたしがつい余計なことを口にしてしまうと、すぐにお姉様にたしなめられる。

けれど、わたしはそれを余計なことだとは思っていない。聞かなければ分からないことだって、きっとたくさんあるのだ。たぶん、問題なのは言い方なのだろう。

でも...それを直そうとは、あまり思っていない。


「怖いですよ。グレートウルフを見るのも初めてですし。...ランスが平気でいられることの方が不思議なくらいです。」

「試したいというのは、どのような方法なのですか?」


お姉様が問いかけると、ルヴィは少しだけ胸を張った。


「念話という魔法を試してみようと思うのです。

 知能の高い動物とは、魔法で会話できるのですよ...と言っても彼は人間ですから、恐らく問題なく会話ができるはずです。」


「やっぱりルヴィって、動物と話せるんだ。」

「いえ、今まで試みたことはありませんから、うまくできるかどうかは...。」


「でも、リッキやライズとは話してたじゃない。」

「リッキたちは、念話を使わなくても、意志が自然に伝わるんです。」


そんな話をしていると、ランスとハウル、ソニア、それにレナも自室から降りてきた。アンフィは、いつものように食事の準備ができるまで部屋から出てこない。


「ランス、あの二人と話ができるか試してみたいんです。一緒に来てもらえますか?」

「ルヴィ一人だと怖いんですって。」

「流石のルヴィでも二対一では分が悪いですからね、わかりました。一緒に行きましょう。」


ランスはそう言って、ルヴィと一緒にグレートウルフと少年が休む客間へ向かっていった。



「ルヴィにも怖いものがあるのかな?」

「さっき、狼さんのこと怖いって言ってたわよ。」

「それは、リルが余計なことを言ったから、話を合わせただけじゃないかな?」

「余計なことって、なによ、ハウル!」


「ははは、朝からリルとハウルは元気だね。僕もグレートウルフは怖いけど、あのきれいな毛並みには触ってみたいな。」

「ソニアは勇気があるな。」

「ルヴィが仲良くなったら、あの狼さん、わたしのこと乗せてくれないかしら?」


そんなふうにおしゃべりしながら手を動かしていたけれど、気づけばわたしの手は止まっていた。

アデルお姉様の声が飛ぶ。


「リル、手が動いていないわよ。ソニアもハウルも、手伝ってくださると嬉しいのですけれど...。」

「アデル、ごめんなさい!僕、何をすればいいかな?」

「ソニアとハウルは、テーブルをきれいにしてもらえますか?」


そうしているうちに、ルヴィとランスが戻ってきた。


「二人とも、生肉でいいそうです。ただ、客間で食べたいと言っているのですが...アデル、準備できますか?」

「もちろん大丈夫ですよ。でも生肉だけじゃ寂しいでしょうから、私たちの朝食と同じものも一緒にお出ししましょうか?」

「そうですね。アデルにお任せします。私とランスで運びますから。」


「ちゃんと会話できたのね。狼さんは、なんて言ってたのかしら?」

「残念ながら、会話ができたのは少年のほうだけです。彼の名前はギーヴと言うそうです。狼さんは彼の母で、名前はイヴァだそうです。」


「へぇ、不思議な家族ね。ルヴィが拾った二羽の雛も、狼さんのお子さんだったりして。」

「リル、また手が止まっていますよ。」


お姉様にまた叱られてしまった。

その間に、ルヴィとランスは料理をキッチンワゴンに載せ、客間へと運んでいった。


入れ替わりに、アンフィが自室から降りてきた。


「少し早かったかの。まあ、客人が優先じゃから、仕方ないのう。」

「アンフィは、あのグレートウルフが怖くないの?」


ハウルが尋ねると、アンフィはあっさりと答えた。


「グレートウルフは賢いからの。ここでわらわを襲えば、その後どうなるか、きちんと考えられる生き物じゃ。

 むしろ、警戒すべきはあの少年よ。何をしでかすかわからぬからな。」


「アンフィは、ルヴィより冷静に物事を判断できるのかな?」

「ハウルよ、わらわが何年生きておると思っておるのじゃ?ルヴィは、あの若さであれだけ冷静な判断ができるのは、見事なものじゃよ。」


そんな話をしていると、ルヴィとランスが客間から戻ってきた。



朝食を食べ終えると、ルヴィが皆をギーヴとイヴァに紹介したいと言ったので、わたしたちはそろって客間へ向かうことにした。


客間では、ルヴィが無言で集中していた。

どうやら、ギーヴかイヴァと魔法で話をしているらしい。その静けさが、かえって空気を張りつめさせていた。


やがてルヴィが顔を上げて、みんなに向かって言った。

「皆さん、ありがとうございます。」


そして、静かに引き揚げようとしたが、アンフィだけがその場に残った。


イヴァと真正面から向き合い、無言のままじっと見つめ合っている。どうやら、アンフィも魔法でイヴァと話をしているようだった。


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